第12話 聖職者


大学卒業後、すぐにこの高校に赴任した。昔から教師になりたかったわけではなかったが、いわゆる’’安定の職’’を求めていた私は自然に教師を選んだ。定年まで働き、その後は優雅な老後生活を送ろうと、平凡な人生設計だった。


初出勤の日は、新任の先生紹介がある。私は他の先生方と横並びになって、体育館の舞台へ上がった。


「初めまして。国語科を担当する安藤夏希です。2-3組の担任でもあるので、2年生の皆さんは、これからよく顔を合わせるのではないかと思います。どうぞよろしくお願いします」と挨拶もほどほどにして、舞台の階段を降り始めた時誰かと目が合った。

それがあの子だった。年の割には大人びた顔立ち、長い手足、健康そうな身体。私は目をそらせなかった。


偶然にもその子は自分のクラスの生徒だとのちのホームルームで知った。やはり、綺麗な子だ。またも目が合って、思わずそらしてしまった。

聖職者の私がじっとひとりの異性、しかも生徒を見つめるなど許されない行為だ。だから呆気にとられてしまった。向こうから話しかけてくるなんて、私が見ていたことはバレていなかったのか。心の奥底ではねるトキメキを鎮める。しかし、彼はおかまいなしに私に近づいてきた。彼氏いるの、どこに住んでるの、なぜ教師になったのと、毎日立て続けに質問された。私はそのどれも答えることができず、聞こえていないふりをしていたのだが。その子にはれっきとした恋人がいたから。ずっと見ていたから分かる。放課後待ち合わせて帰っていくのも目撃した。羨望の眼差しでその様子を見ていたのが、私である。

私は彼の恋人になりたかったのだ。精神のイカれた奴と思われるかもしれないが、5つも年下の子どもを愛してしまったのだ。誰にも漏らすことのできない秘密だった。



「先生って俺のこと好きでしょ?」


いつものように質問を無視し続けていると、突然その言葉が耳に入ってきた。さすがにこれを無視することはできなかった。私の目をじっと見つめ、真剣な表情で聞いてきたのだから。


「なんでそんなこと聞くの?」


質問に質問で返すという、答えにはならない答えを出した。


「視線を見れば分かる。先生、俺のことただの生徒と思って見てないでしょ」


あの時、3秒ほど見つめた自分が憎い。本人にバレては元も子もない。ここは言い訳しても意味がないと考え、素直に認めることにした。


「そうよ。好きよ。異性としてね、でもだからってどうこうなりたいわけじゃないから安心して。彼女と別れてなんて絶対言わないから」


この時、彼の顔がぐっと近づいた。私の顔に影ができ、唇が重なり合った。互いにひくこともなく、貪りあうようにキスをした。


「うちにくる?」


普段なら絶対に言わない軽はずみなことを言ってしまった。

返事はもちろんOKだった。目の前の女をモノにできるという悦に入っていたのだろう。思春期の男子高校生なら、断るまい。彼を自宅に招き入れ、あの行為にふけったのだった。でもこの日限りの約束だったし、1度しかしていない。深みにはまらないために、そういう約束をした。



明日も学校で何食わぬ顔をする。そして「おはよう」と挨拶を交わす。ただそれだけ。どこにでもいる教師と生徒の関係のまま、何事もない毎日を取り戻したかった。










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