第13話 教室
「おはよう」
いつも通り彼にも他の生徒同様に挨拶をした。なるべく視線を合わさず、微笑みながら挨拶をした。
「おはようございます。先生」
ほっとした。以前と変わらない、ごく普通の教師と生徒のやり取りができた。午前中は授業がなかったので、ホームルームが終わると早々に教室を後にした。教室に彼がいるだけで自分が教師ではなく、ただの女になってしまいそうだった。彼は確実に私の中で普通の生徒ではなくなっていた。いっそのこと担当クラスを変えてほしいと思ったが、そんな融通利くわけがない。新卒で入ってきたばかりの私の話なんて、校長は聞く耳を持たない。はいはい、そんなこと言わずにもう少し頑張ってみましょう。誰もが通る道ですからなんて言われて、自席へ戻るように促されるだけだ。女子トイレをもう少し綺麗に工事してほしいと女子生徒の半数から要望が来ていることを伝えても、みなさん我慢してますから、第一そんなお金うちの学校にはありませんよと軽く流したハゲおやじだ。まぁそんな人が校長だから、私はもう自分で解決するしかなかった。午後最後の授業の時間が迫っている。こんな時に限って私のクラスの授業だなんて。現代文の教科書を用意しながら、嘆く。今は『檸檬』を進めている。檸檬の味のようにきっぱり、さっぱり彼とのことは忘れよう。そんなことを思いながら、教室へと向かった。
「今日はここまでです。何か質問がある人は終礼後にお願いします」
こんなことを言っても質問に来た人は彼ひとりだけだった。毎回毎回ご丁寧にきちんと質問を用意している。そして私を口説く。この日もそうだった。
「先生、昨日のことなかったことにしようとしてるでしょ?でもそうはいかない。
俺はもう先生しかいないんだ」
「何を言っているの。約束したじゃない、1回きりだと。私はもうあなたとは普通の教師と生徒でいたいのよ」
「無理だよ。だって、先生のこともっと好きになったんだよ俺。もうこの気持ちを抑えることはできない」
「いくらあなたが私のことを好きでも、終わりよ。世の中には許される関係と許されない関係があると思う。私たちは後者。許されないのよ、絶対に。だから私も忘れる。あなたも忘れなさい」
彼がこっちをにらむ。年頃の男の子だ。こちらがいくら言っても、仕方ないのだ。
嫌なことは嫌だし、好きなことは好き。極端にしか彼は今考えられない時期なのだ。
ダメだ、もう許してしまいそうになる。私だって彼が好きなのだ。でもこれは倫理的に許されない。にらむ彼に近づき、手を重ねる。
「分かってほしい。わたしも職を失いたく無し、あなたも退学にはなりたくないでしょ?」
「別に、俺は学校辞めてもいいと思ってるけど」
「そんなこと言わずに、ちゃんと卒業してもらわないと先生も困るから、
お願い。辞めにしましょう」
「最後に一つだけ俺の要望を聞いてくれたら、俺も忘れる」
おっ、案外素直な子じゃないと感心したのも束の間、不意に唇を奪われた。5秒、いや10秒ほどたっただろうか。気づけば彼はいなくなっていた。
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