第9話 語られる真実part Ⅱ
愛はいじめられてなんかいなかった。そう気づいたのは美沙が彼と話しているのを盗み聞きしてしまったからだ。私は1週間の頑張ったご褒美で学校の屋上に行くのが好きだった。屋上で深呼吸し、肺に新鮮な空気をいれる。昔から人付き合いが苦手だったので、ひとりでリラックスする時間が必要だった。だからあの時ドアノブを握ったのに、捻らなかったのは聞き覚えのある声が聞こえてきたという特別な事情があったからだ。開ければ私がいることがばれてしまう。ドアに耳をしっかり当てて、話を聞こうとした。風が強かったせいでよく聞こえなかったが、この言葉だけは耳にすっと入ってきた。「浮気」ー。
何度もこの言葉が繰り返し聞こえてくる。そうか、彼は浮気していたのかと確信した。彼女が最近元気がないのは、いじめられていたからじゃないと知って安堵した。
でも、じゃああの時の傷は一体何なのだろう。体育の授業前、女子は隣の教室で着替えなければならなかった。彼女はいつも恥ずかしいのか、みんなとは少し離れた場所で着替えるのが習慣で、それに対して一度美沙が聞いたことがあった。
「なんで、いつも離れた場所で着替えるの?別に同じ女子なんだから恥ずかしくないでしょ」
「ちょっと私昔から人がいる場所で着替えるのが苦手なんだ。家でも小学生くらいから一人でお風呂に入るくらいだし」
みんなはへえーと言っただけで特に気にしていない様子だったが私には心当たりがあった。少し前の体育の授業前、忘れ物をして教室に戻ってきたとき彼女の胸の下に赤黒い痣が見えた。間違いない。白い身体にその傷は目立っていた。
いじめられてると思ったのはその傷を見たせいだった。ただ、彼女は誰からも好かれる性格だったし、人の恨みを買うような人間じゃない。私が一番そのことをよく理解しているつもりだった。だから、いじめている人間なんて見当がつかなかった。クラスでの彼女は明るかったし、ただちょっと元気がないように見える時もあったけれど、誰しもそれなりに気分の浮き沈みはあるだろうからそれほど気にすることと思えなかった。自分でも馬鹿だと思うが、私以外の2人がいじめているんじゃないかと疑ったりもした。そんな考えはすぐに捨てられないほど、十分に美沙と遊子には何か隠していることがあるようだった。美沙はやけに彼女に話しかけるし、遊子は不機嫌でいることが増えた。ただ問い詰める勇気には私にはない。いつも助けられているばかりの私にそんな力がないことは分かりきっていた。でも私の知らないところで起こっている何かを突き止めなければ、私はずっと置いてけぼりだ。愛が困っていたら私が今度は助ける、そう決意していたんじゃなかったのか。弱い自分が嫌になった。足が震えて一歩が踏み出せない。手汗がひどくてカバンの持ち手の色が変わり始めた。どうしようどうしようどうしよう。
「愛へ
何か困ってることはあるんだよね。私に教えてよ。隠さないで、今度は私があなたを助けたい ヒカリ」
そう携帯に打ち込んで返信を一晩中待ったが、朝になってもまだ返事はきていなかった。宛先を間違ったのかもしれないと送信BOXを開いて確かめたけれど、確かに愛に送っていた。もしかして私は愛に必要とされていないのではないかと深く落ち込んだが、美沙からのメールで吹っ切れた。
「もしかして愛にメールしてきたかな?あの子昨日から体調崩してて、うちで泊まって休んでる。携帯が一回メールを受信したっぽいのは見たんだけど、ちょうど電池がきれちゃって。うちに合う充電器がなかったから、そのままなんだ。園田ヒカリって名前がちらっと見えたから、そうかなと思って連絡した。だから返信なくても気にしなくて大丈夫だからね 美沙」
良かった。本当に良かった。ただの電池切れで、私はまだ愛に必要とされていると思えた。学校に行ってすぐにでも愛に話をしたかったけれど、その日は土曜日だったので返信を待つことにした。
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