第36話 迷走2
五日が過ぎた……。
今だ釣れない。
「なあ、大鮫魚……」
「なんすか~?」
「私は、なんで釣りを始めたのか、覚えているか?」
「……精神統一っす」
そうだったかな? そうだったかもしれない。
だけど、素手ならば、簡単に捕獲できる魚相手に、五日間もなにをしているのだろうか。
「そこが、ヘーキチさんの弱点ですな~。なんでも、ステータス差で片そうとするんじゃなく、たまには技術を覚えた方がいいっすよ~」
むっ? 私の弱点だと?
いいだろう……。釣りの技術。習得してやろう。
私は、再度川と対峙した。
「……殺気が駄々洩れっすな~。今の一瞬で魚が逃げましたぜ?」
ぐっ……。落ち着け私。相手は自然なのだ。霊力を抑える。
更に、十日が過ぎた…………。
今だ釣れない。
「……この道具ではダメだな」
私の結論だった。道具と餌が悪い。
決して、私の腕が悪いわけではない。
霊力を抑え、〈隠密〉により気配を遮断しているのだ。私は、地蔵よりも気配がないだろう。
鳥が止まり、糞をして行くほどだ。
そして、針の先まで感じ取る感覚も得た。技術はかなり向上しているはずだ。
「そんじゃ~、人里に行きましょうか~」
「む? もしかして、道具を購入するのか?」
「自作してもいいっすけど、正解を見ておいた方が早いんじゃないっすか~? それに、ヘーキチさんだとあり得ない発想をしそうだし~。オーパーツを発明して、後世に影響を及ぼすと問題でっせ~」
一理あるな……。時短と行くか。
私は、久々に腰を上げた。膝に溜まった枯れ葉が落ちる。それと、鳥の糞を洗い落とさないとな。
大鮫魚に案内して貰い、近くの村へ。
道具屋で、竿、糸、針と餌を買う。いや、豚肉及び川魚との交換とさせて貰った。
大きな川沿いの村だけあって、釣り道具が豊富だな。
網まで売っている。だが、今日は網は買わない。釣り道具だけだ。
「まいどあり~」
なんで関西弁なのだ? ここは、古代中国だぞ?
まあ、突っ込まないが。
買った道具を見る……。
「大鮫魚。これで、釣れると思うか? 餌は、穀物の粉だぞ? 竿も私には普通の竹にしか見えないのだが……」
「道具は悪くないっすね~。後は、釣りの腕だけでっせ~」
これが正解なのか?
面白い……。
川に魚がいなくなるまで、釣り上げてやろう。
私は、新しい目標を得て、期待しながら川へ戻った。
◇
百日が過ぎた。
今だ釣れない……。
「どうなっているんだ……。なにが起きているというのだ……」
場所を移動し、餌を研究して、魚の生態まで調べ上げた。
だが……、釣れない。
「致命的に下手くそっすな~。師匠を探した方がいいっすよ~」
「ぐぬぬ……」
独学では、無理があるのか……。
私は、釣りを止めて、釣り人を探した。
術の〈隠密〉を発動させる。そして、〈索敵〉だ。
川の上流に、釣り人を発見する。
術の〈望遠〉で、その様子を観察することにした。
「いや~、入れ食い状態だな~」「んだんだ。近年稀に見る豊作だわさ~」
こいつらが邪魔していたのか……。
「いやいや。関係ないですって。気になるならもっと上流に行きましょうよ~」
大鮫魚が、久々にまともなことを言う。
確かに頭に血が上っていた。川には、魚が大量に生息している。
彼等は関係がないかもしれない。
それよりも、道具を観察する。違いがあるはずだ。
「ヘーキチさんと、同じ道具っすよ? あの村で売ってた釣り道具っす」
確かに、なんの違いもない。
餌も、穀物を丸めたモノだ。
「なにが違うというのか……」
その日は、日暮れまで釣り人を観察し続けた。
◇
日暮れから、大分時間が過ぎた。今は、真夜中だ。
だが、私は移動できずに思案していた。
「……分らん。何故、彼等の針には、魚が食いつくのだ? 道具も同じにしたというのに」
「気配は、殺すだけじゃないんすよ~。魚を引き寄せる気配もあるんすよ~。殺気の反対っすな~」
気配? そうなのか……。
魚を引き寄せる気配。確かに、私にはない技術だ。
「分かった。その気配を覚えよう。釣り人の気配……。面白いじゃないか」
私は、釣り人のイメージトレーニングしながら上流に向かった。
「私は、釣り人……。釣り人……」
「……分かってんのかな~」
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