第3話 追手

「なんだ……、あれは?」


 騎馬の集団が、一直線に私の方向に向かって来た。

 明らかに、私に向かって来ている。距離は、まだ8キロメートルある。


「崑崙山の追手か? 術の〈隠密〉を見破られた?」


 いや、それはない。仙人なら遁術や飛行で来るはずだ。あれらは、下界の兵隊のはずだ。だが……、50年も縁がなかったのに私を追いかけてくる理由があるのか?


 思案していると、騎兵が取り囲んで来た。馬は、速いな。私の歩く速度と同じくらいだ。

 豪華な服を着た人が、前に出て来る。

 戦場でそんなに着飾っていたら、狙い撃ちされるぞ?

 戦場の経験がないのか、頭が悪いのか……。


「我が名は、陳桐ちんとう! 殷王朝の将軍である! 貴様が、崑崙山の道士か?」


 え? だれ?

 いやいや……、将軍と言ったか? それと、仙気を感じる……。

 私が手合わせしたいのは、こいつじゃない。

 そして、崑崙山の仙人・道士ではない……。もしかすると、金鰲島の仙人か?

 少し思案する。


「いいえ、違います。私は道士ではありません。人違いです。崑崙の道士なら、東の国に向かっていると思いますよ」


「はえ?」


 面倒なので、帰って貰おう。それに事実だ。私は、道士ではない。


「う、嘘をつくな。ネタは上がっているんだ! 崑崙山から降りて来たのは、貴様で間違いない!」


 なんだ、バレているのか。なら聞くなよ。


「ふぅ~、やれやれだぜ……」


 陳桐が怒ったのか、武器を抜いて来た。なんとも挑発しがいのある奴だ。

 そして、気が付いた。


「む? それは、宝貝パオペイではないのか?」


「知ってんじゃねぇか! やはり仙人界に縁のある者だった。そして、嘘がバレたな!」


「ちっ……。それで、なんの用だ?」


 思わず、口に出してしまった。あれほど望んだ宝貝パオペイだったのだ。それを、目の前の人物が持っている。

 つまり、目の前の人物は、仙人か道士ということになる。

 正直羨ましい。もしかして、自慢しに来たのか?


「貴様は、殷王朝にとって害となりえる。ここで始末させて貰う!」


 私は、ため息を吐いた。

 え~と。殷王朝は、東の国の名前だよな?


「なんだ、金鰲島からの勧誘ではないのだな……。期待して損した」


 次の瞬間に、陳桐が投擲して来た。

 火を纏った釘かな? 奇跡としては、余り凄くはないが、宝貝パオペイには変わりない。

 私は、術の〈収納〉を展開した。


「なんだって~!? 俺の『火竜鏢かりゅうひょう』が消えた!?」


 アホい。私の情報は得ていないのか?

 仙人界で、私は術のみで道士や仙人と対等に渡り合ったというのに。〈収納〉による宝貝パオペイ無効化など、常套手段だ。

 触れられないので、何時も返していたが。


 陳桐を見る。

 汗が止まらないみたいだ。もしかして、武器はこれだけだったのか?


「無駄な殺生はしたくない。部下と共に帰れ。それと、私を追って来れた理由を聞いておこう」


 私がそう言うと、陳桐が合図して、部下の騎兵が襲って来た。


「本当に、やれやれだぜ……」





 陳桐の部下は、全滅した。いや、殺してはいない。無力化か……。

 槍だろうが剣だろうが、私の皮膚を傷つけることなどできない。

 術の〈硬身化〉だけで、武器を全て壊してやった。

 それに、私が少し霊力を開放しただけで、馬が恐慌状態となる。

 騎兵は、次々に落馬して行った。この時代には、あぶみがまだ発明されていないので、太ももで体を固定しなければならないのだ。簡単に落馬してくれる。

 ちなみに、仙人骨がなくても霊力を使えるのは、私だけだそうだ。師匠もこれだけは理解できないと言っていた。

 まあ、努力の成果だな。


 騎兵の中には、それでも立ち上がり、私に武器を向けて来る者もいた。その者は、少し撫でてやると吹き飛んでしまう。

 霊力でステータスを底上げした私に、下界の者が太刀打ちできるわけもないだろうに。数人吹き飛ばしたら、陳桐の部下は、降参して来た。


 これでも、50年もの間、仙人界で修業をしたのだ。

 なめて貰っては困る。

 私は、陳桐にガンを飛ばした。


「ひ、ひぃ~~」


「これも命数なのだろな……。部下は見逃してやるが、陳桐。貴様だけは、討ち取らせて貰う。覚悟しろ!」


「はっ、話が違う。才能もなく追い出されたと聞いたのに~」


「それは、合っているよ」


「ぎゃ~」





 陳桐の部下は、衣服と食料の提供を申し出た。

 彼等は、友好的に譲ってくれたのだ。これで、当分の間は、衣食に困らない。

 現地調達は運が絡むのだ。それに、虎ではなく羊の肉が食べたい。


 それと酒だ。

 50年ぶりの酒……。涙が出てしまった。


 陳桐の部下は、深謝して帰って行った。陳到の遺体を持って。

 それと、どうして私を追いかけられたのかは、陳桐しか知らないとのこと。吐かせてから、手をかけるべきだったか……。後々、面倒になりそうだ。


 私は馬を一頭貰った。

 馬は、私の歩く速度より遅いかもしれないが、私は騎獣が欲しかったのだ。

 慣れない乗馬を楽しみながら進んで行く。

 羊の干し肉を齧りながら考える。

 しかし、美味いな。


「もぐもぐ。それにしても、金鰲島も出て来たのか……。急いで逃げた方がいいかもしれない。戦争に巻き込まれるのはごめんだ」


 〈収納〉に入っている、宝貝パオペイも問題だ。触れないのだし。

 『火竜鏢』と言ったか?


「途中で仙人に出会うこともあるだろう。売り払うか……」





 陳桐……哀しいやられ役。カマキリの妖怪仙人。でも結構有名?

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