第2話 下界へ

「さて、追手も撒いたし、何処へ向かうか……。下界は広いんだよな~」


 東の国に行くように言われたので、東には行かない。従ってやらない。

 北か、南か、……西か。

 私は、落ちていた木の枝を拾った。

 それを、地面に立てる。


「ほっ!」


 手を離すと、棒が倒れた。


「だから、東はないんだって……」


 棒は、東の方向に倒れたのだ。

 だめだ、偶然や運には頼れない。落ち着こう。慌ててもいいことなどない。

 私は、倒木に腰かけた。

 ここは、情報の精査からだな。七十二年間の知識を総動員する。


「まず、北の情報はない。人は住んでいるのかもしれないが、国として成り立っていない場合もありえる。そして、冬場は寒いことだけは知っている。生きて行くのに厳しい土地だな」


 都会に憧れている私には、選べない選択だ。

 シティーボーイにもなりたいし、50年ぶりに肉を食べたい欲求もある。調理された肉料理だな。

 それに下界で生きて行くには、職を得なければならない。私は猟師が妥当だと思う。もしくは、狩人かな。獣や害獣を狩るか。


 それと下界にも猛者はいる。そういう人物ほど、国に優遇されて高い役職に付いていることを知っている。

 将軍というやつだ。旅の目的の一つとして、将軍と手合わせしたいというのがある。

 無人かもしくは、国として成り立っていない可能異性がある土地か……。

 北はなしとする。


「次は、南だ。他の宗教が一大勢力を築いていると聞いた……」


 高度な文明が発達しており、街もでき上がっていると聞いた。知見を広げるために行ってみたいかもしれない。ただし、宗教が違うので混乱を招く恐れもある。

 南は……、ありだな。

 一度、保留とする。


「最後に西だが、仙人界と繋がりがあると聞いたことがあったな」


 時々、西方の賢人が訪ねて来たのを覚えている。

 最悪、通報されて東に向かわされる恐れがある。今は、追跡を振り切りたい。

 あのクソ師匠がなにをして来るか……。

 西も危なそうというのが、私の思案した結果だった。


「南に行ってみるか……」


 私は、立ち上がった。

 そして、方向を決めて歩を進めた。

 ……南は、太陽の方向でいいんだよな?





「ふん! ふぅぉぉぉ~~~~~~~~~~りゃ!」


「ガオー……ォ」


 ――ドカン、ボキン、ドサ……


 虎の首が折れた。

 不意打ちして来たが、〈索敵〉の術を持つ私に不意打ちなど効かない。

 カウンターで、グーパンチを喰らわした後に、私は素手で虎の首をねじ切った。

 どこぞの大人気漫画の第一王子ほどではないが、獣に腕力で負けることはない。


 しかし、見知らぬ土地というのは、危険だな。

 知識のみで知っている危険生物が、こうもたやすく徘徊しているとは。下界の民も大変だ。

 未開の地というのもある。早く安全な都会に移動したいものだ。

 野生動物は、害獣とは言えない。襲って来るので倒したが、無意味な殺生は好まないのが本音だ。

 また、少し進むと、それが目に付いた。


「……象が沼に嵌っている?」


 周囲に仲間と思われる象が、心配そうに見ている。


「安心しろ、助けてやる」


 私がそう言うと、象たちが道を作った。野生生物とはいえ、意思疎通ができるのだな。

 私は荷持ちを置き、沼に入り、象の脚を持ち上げた。

 思った通り重いな……。

 私自身が沼に沈まぬように、術を発動させる。移動系……、遁術だ。



「象という生物には驚かされたものだ。担いでみたのだが、とても重かったな」


 沼に嵌って動けなくなっていたので、担いでみたのだが……。危うく私が沼に沈むところだった。

 沼から助けてやると、象たちは一目散に離れて行ってしまった。

 怖がらせてしまったようだ……。


「懐いてくれれば、騎獣にと思ったのだが……。まあ、足は遅いし騎獣にする意味はないか。もっと、かっこいい馬とかがいいよな~」


 私は、少し肩を落とし、再度歩を進めた。

 途中に川があったので、行水を行う。それと、泥で汚れた衣服も洗濯だ。


 湿地帯、森、山岳地帯……。そして草原。


「大分、遠くに来たものだ」


 衣服が乾くまで暇だったので、この数日を思い返していた。

 私は、50年も同じ場所にいたのだ。

 なにを見ても新鮮に感じる。


「それにしても、腹が減ったな……」


 荷物となっている、虎を見る。

 いや、術の〈収納〉に入れていたので、荷物にはならなかったのだが。


「もう、仙人界との縁は切れたんだ。……いいだろう」


 私は、虎の解体に取りかかった。



「ふう~、皮剥ぎ完了。肉は焼けたかな?」


 虎の皮は、街での資金に変えるつもりでいる。資金は下界で生活するためにも必要だ。売れたらいいな。お金が欲しい。

 そして、50年ぶりの肉に齧りついた。仙人になるために修行をする者は、なまぐさものを断たねばならなかったからだ。


「……かなり臭いな。虎ではなく羊の肉が食べたかったよ」


 私は、不満を言いつつ、肉を食べた。

 残った部位は、再度、術の〈収納〉で保管する。時間停止機能があるのだ。腐る心配もない。


 服を着て立ち上がった時だった。私の、〈索敵〉になにかかが引っかかる。

 背後から、誰かが近づいて来るのが分かった。


「10キロメートル先だが、真っすぐにここに向かっている? こんな何もない場所なのに? 目的は……、私だよな?」

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