Bパート:ガ〇プラを作るってレベルじゃねーぞ!

 帰宅したと同時にけたたましくコール音がポケットより鳴り響いた。


 まるでどこからか監視でもされているかのようで、あまりのタイミングの良さにハルカも忌々しそうにスマホを取り出す。


 ディスプレイに表示された相手は、大変よく知っている。

 それだけにますます、忌々しさが心の中で増大した。

 もう今日の分の仕事は終わっただろうに……。

 くだらない用件だったら明日にでもぶん殴ってやる。

 そう誓いながらハルカは着信に応答した。



「もしもし?」

《おぉ、出た出た。もう家に着いたのか?》

「今帰って来たばっかりだよ」



 受話器越しから聞こえる、陽気そうな男の声にハルカは盛大に溜息を吐いた。



「それで、俺にいったい何の用だヨミ。今日の仕事ならもう終わったはずだろう」



 ヨミ――ハルカがそう呼んだ男はからからと笑って相変わらず陽気な態度を崩さない。


 だが、しばしして陽気な口調は打って変わって真剣みを帯びる。

 ハルカは、ヨミの口調の変化についてよく知っていた。


 普段は陽気で、若干鬱陶しいとさえ思える程なのだが、いざ有事の際に発する雰囲気は近寄りがたい威圧感さえある。


 口調もその特徴の一つで、決まって何か良からぬ事態が起きた場合は今のように真剣みを帯びたものへと変化する。


 今日の仕事は終わっているのだが、悠長にしている暇はどうやらないらしい。

 これは特別手当の一つでも出してもらわないと。

 そんなことをふと思いながらも、ハルカはヨミに先を促した。



《いや、今回はまだ仕事という段階じゃないからそこまで気負う必要はない。だがな、注意喚起と言うことでお前にも連絡しておこうと思ってな》

「注意喚起? それほど危険なことなのか?」

《とりあえずお前、今テレビは見られるか?》

「テレビ?」



 と、言われるがまま、普段からあまり使うことなくもはやインテリアと化しつつあるテレビを、ハルカは久方振りに点けた。


 相変わらず、テレビで流れる内容はどれもこれも等しくつまらない。

 こんなものを見て、いったい何が面白いと人々は思うのだろう。


 やらせ、真実とは程遠い報道、明らかに見る価値などないのに不思議で仕方がない。


 それでも見ろと言うのだからハルカは素直に従う他なく、適当に大した魅力もない番組を淡々と切り替えたところで、ふとあるモノが視界を固定させた。


 ヨミの言う注意喚起というのは、恐らくこれで違いなかろう。

 全国各地にて、失踪者が相次いで出ている。


 気になる内容と言えば現段階ではこれぐらいなものだったから、それに基づきハルカもヨミに尋ねる。



「もしかして、この連続失踪者のことか?」

《そのとおりだ。今テレビでも報道されているように、ここ最近全国で相次いで連続して失踪者が出ている》

「しかし、これは俺達に何か関係があるのか?」

《確かに、ニュースを見てる限りじゃ物騒なのは当然だけど俺達機関・・が動くほどのことじゃあない。何かテロリストとか、怪しい宗教集団とか、人間様・・・が原因だとすれば警察なんかが動けばいい――普通だったらな》

「普通だったら?」

《早い話が、俺達の同業者・・・がこの失踪者のリストの中に入ってるってことだよ》

「じゃあ、この事件は――」

《あぁ、怪異・・の可能性が非常に高い》



 単なる一般市民だけが犠牲者となっていたならば、ヨミの言うように同じ人間が仕業である可能性は極めて高かった。


 大規模な組織であれば全国で行方不明者を出すことだって、多分そう難しい話じゃない。やろうと思えばやれなくもないはずだ。


 だが、自分達と同じ同業者こっち側の人間がやられたとあった現在いま、無関係だと言う主張は通用しない。



(今回の事件は怪異・・が絡んでいる……か)



 せっかくの休日が台無しになってしまいそうだ。


 自嘲気味に小さく笑った後、ハルカは傍らに置いた仕事道具愛刀をそっと優しく愛でるように撫でた。


 とにもかくにも、怪異絡みであれば悠長にしている時間は惜しい。

 行動するならば、今がいい。



「それで、今回の怪異はどこの誰かはわかっているのか?」

《それについてなんだが、いや今回はマジでさっぱりなんだわ。俺達も現場に行って色々と調べてみたりしたんだけどな、これと言った痕跡がまったくなかったんだよ……》

「痕跡が、なかった? ちゃんと――」



 調べたのか? この質問はここではあまりにも愚問すぎるため、最後まで言い切る前にハルカは喉の奥へとグッと押し込む。


 長く仕事を共にしてきているからこそ、ヨミと組織の操作能力がずさんでないことは、ハルカ自身が一番よく知っている。


 痕跡一つ残さないとは、今回の怪異はどうやらかなり用心深くやり手であるらしい。


 気を付けなければ、こっちも同じ轍を踏む。

 それだけは是が非でも避けたいところだ。



《まぁ、とりあえず詳しい情報はまたこっちに頑張って調べとくからよ。お前も十分に気を着けろってこった。あぁ、後で失踪者の詳しい情報とかのリストを端末に送っとくから、確認しといてくれ》

「あぁ、わかっている」

《――、よっし! それじゃあ仕事の話はこれでおしまいっと。ところで今日の仕事の報酬なんだけどよ、どだった?》



 さっきまでの真剣な様子はもう明日の彼方へと消え去り、いつもの陽気な態度を振る舞うヨミにハルカはふっと笑みを浮かべる。



「――、俺の報酬分ならとっくにもらってるよ。残りは明日にでも取りにきてくれ」

《おいおい、俺はこれでも忙しい方なんだぞ?》

「とか言って、どうせゲームやアニメを見てるだけなんだろ?」

《いやいやいや、それよりももっと重大なことさ》

「ほぉ、それじゃあその重大なこと言うのはなんなんだ?」

《それはだな……人形作りだ!》

「……人形?」と、ハルカ。



 これは、単なる偶然なのか? ついさっき自身が【夢現の遊技場ドールショップ】にいたばかりに、ついそんな風に思ってしまう。


 しかし、ヨミが人形作りとは、これは実に珍しくはある。


 細かい作業が苦手だといつも豪語しては、書類仕事からのらりくらりと逃げようとするあのヨミが、人形作りだなんて高度な技術を要する娯楽に没頭しているのだ。


 自分でなくとも同じ組織の人間であればきっと驚いたに違いあるまい。



《おいおい、言っておくけどガ〇プラでガン〇タンク作るのとはわけが違うんだぜ? なんてったって超ウルトラグレートな人形だからな。芸術品と言ったって過言じゃあないぞ》

「……スーパードルフィー」

《おっ! なんだなんだハルカ! お前もスーパードルフィー知ってたのかよ!》

「あ、いや、知っていたと言うか今日知ったばかりだと言うか。実はちょっとした縁があってな。俺もそこで――」



 四体も購入した、と言いかけたところでハルカはハッとした。



「……いや、なんでもない。俺も確かにあれは、芸術品のようにきれいだなと思ったよ」

《お前もそう思っただろ? そのまま購入……あぁいや、この界隈じゃあお迎えって言うんだけどよ。お前もそうすればよかったのに。それだったら同じドール愛好家として会話でも楽しめたのによ》

「愛好家って、たった一日で名乗っていいものじゃないだろ。それにドールと一緒にお前とお茶でもしろと? 俺にはそっちの方が地獄だな」

《氷のように冷たい男だなぁ、お前は》



(あ、危なかった……言わなくて本当によかった……!)



 もしあの時、馬鹿正直に購入したなどとのたまおうものなら、組織の中でダントツウザいことで有名なヨミのことだ。


 お茶会をしろだとのしつこく何度も絡んでくる光景が、ありありと脳裏に浮かぶ。

 寸の所で踏み止まった己を、ハルカはすこぶる本気で称賛した。



《よっし! それじゃあこのベテラン人形職人ドールスミスの俺様が我が心の友、ハルカにドールのなんたるかを見事伝授して――》

「仕事終わりで疲れているからもう寝ていいか?」



 やっぱり、思いっきりぶん殴るために明日招いてやってもいいかもしれない。



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