第二話:不思議な夢
Aパート:人生初の異世界転移!?
ハルカがいたそこは、まさしく地獄絵図と呼ぶに相応しい場所だった。
かつては、多分多くの人の活気でわいわいと賑わっていただろう。
町全体の規模と人々の暮らしから察するに、容易に当時の光景が目に浮かぶ。
もっとも、赤々と激しく燃える炎に包まれた
家々を喰らいつくす勢いで炎はその激しさをより苛烈にして、遠くでは断末魔が絶えず聞こえる始末。
道中、黒く焼き焦げたそれが放つ異臭が鼻腔を容赦なく突き、かつて人だったものと察するのに、そう時間は費やさなかった。
どこなんだ、ここは……。
(どうして俺は、こんな場所にいるんだ……? この地獄はなんなんだ!?)
ハルカの記憶の中に、目の前に広がる光景は一切記録されていない。
生まれて初めて目にする光景に加えてこの有様だ。
狼狽するなという方が無理というものであるし、いずれにしても佇んでいてはいつ被害が己にも及ぶかわからない。
ひとまず、安全な場所へと向かった方がいいだろう。
果たしてこの地獄のどこに安全な場所があるのかは定かではないが、すぐ傍まで迫る火の手にバーベキューにされるよか遥かにずっとマシだ。
燃え盛る街並みをハルカは北へ進んで、どうやら大通りのようだ。
広々とした道に商店と思わしき建物もちらほらと見かける。
ここが町で一番賑やかだった場所に違いない。
今となっては人気もなく、焼死体があちこちにゴロゴロと転がる地獄街道でしかないが。
「クソッ……こっちも安全とは言い難いな」
その時だった。
視線の隅に何かが写る。
(女の子……?)
物陰の隅、縮こまるようにしてしゃがみこむ四人の少女をハルカは
この地獄がどうやって生まれたかは、この際どうでもいい。
考えるだけ無駄というものであり、今するべきは人命の安全確保である。
周りの大人たちはいったい何をしている! 大人に見放された幼き少女達が唯一できた防衛手段が、小さな身体を互いにギュッと寄せ合って少しでも恐怖を緩和せんとする姿は、大変目に痛々しい。
とにかく、見つけた限りは放っておくことはできまい。
「大丈夫か!?」
「あ、あの……」と、少女。
よくよく見やればこの娘は、人間ではない。
ふさふさとした毛並みは実に触り心地が良さそうだ……狼のような耳と尻尾が目立つ。
彼女だけではなかった。
残る三人にも同様に翼、耳、角……本来人間には備わっていないものがそこにある。
同時に、ハルカの胸中ではある違和感が生じた。
(俺は……この娘達のことを知っている?)
それはまずありえない。
この場所も、彼女達も、今日がはじめての邂逅なのだから。
しかしどうしても
ハルカ一人だけならばいざ知らず、四人の命をも預かるとなると猶更のんびりとしていられない。
「立てるか?」と、ハルカ。
差し伸ばした手を、四つの小さな手がひしっと強く掴んだ。
「か、帰ってきてくれたんだねハルカお兄ちゃん!」
と、さっきまで恐怖に支配されていた
涙目ながらもぱっと花を咲かせる獣耳の少女に、ハルカははてと小首をひねった。
困惑するハルカを他所に、残る少女達も一斉に泣きついた。
「お兄様……逢いたかったよぉ」と、身の丈はあろう群青色の翼を生やした少女。
「兄上様……よくご無事で!」と、虎柄の耳と尻尾を生やした少女。
「兄君……どこへ行ってたのだ!」と、鹿のような角を持った少女。
呼称は個々それぞれで、しかし一様に兄と慕ってくる。
何故今日であったばかりのこの娘が俺のことを知っている? まだ一度として名前を明かしておらず、だと言うのにあたかも初対面じゃないような言動が、余計にハルカを困惑に誘った。
「――、とりあえずここは危険だ。早く安全な場所へと行くぞ」
火の手はすぐそこまで迫っている。
火あぶりという残酷手で凄烈な死に方を、この娘達に味合わせるわけにもいくまい。
何がなんでも、安全な場所までこの少女達は自分が守る。
何故だかふと、そんな強い決意のようなものが心に芽生えたことにハルカは違和感を憶えたが、地獄街道と化した大通りを五人でひたすら走った。
「――、出口だ!」
距離にしておよそ十数メートル。
そこだけまだ火の手が及ばず、西洋甲冑を纏った男達がちらほらと見受けられる。
この町全体が中世の西洋を彷彿とするものばかりであふれていた。
騎士の一人や二人、いても確かになんら違和感はなかろう。
少なくとも自身の環境に騎士も西洋風の建物も無縁であったと言うこと。
突然目覚めた矢先、見知らぬ世界がそこに広がっていた。
これじゃあまるで――異世界転移のようだ。
そんなことを脳裏の片隅に浮かべたハルカは騎士達の下まで急ぐ。
出で立ちの違和感についてはこの際どうでもいい。
「おーい! この娘達のことも頼む!」
「まだ生存者がいたのか! よく無事だったな……!」
「何があったかは知りませんが、とりあえずこの娘達を――」
不意に、耳をつんざく
キィン、と甲高い音は不快感しかなく、それでいて心に一抹の恐怖を植え付ける。
視線の先、見たこともない異形がぞろぞろと炎の中より現れた。
姿形は様々、共通している部分は人型。成人男性ほどの体躯に、鋭い牙と爪以外の武装は一切なし。
殺意を明確に、動物的本能のようにただなりふり構わず襲うわけでない。
だとすれば自ずと彼ら異形が、この町を地獄に変えた張本人たちで相違なかろう。
ならば、ハルカがここでするべきことは一つしかない。
幸いにも着の身着のまま。いつの間にか、
「――、その娘達を連れて安全な場所へ」
「い、いったい君はどうするつもりだ!」
「俺はここで
「ハルカお兄ちゃん!」と、狼耳をした少女。
悲痛な叫び声にハルカはちらりと視線をやって、一言。
「――、俺は、お前達の兄貴じゃない……!」
地を蹴って異形達へと立ち向かった。
咆哮と共に異形達もハルカへと肉薄する。
丸太のように太い剛腕を振り下ろし、大気をごうと唸らせては鋭い風切音を爪が奏でる。
直撃すれば死は免れまい。
逆に言えば直撃さえしなければ、どうということはない。
すらりと鞘より抜き放った白刃が、一閃。
一陣の銀閃が中空に走れば鮮血と断末魔が赤く輝く夜空へと上がった。
名刀『
身体の一部とさえ言っても過言ではないそれを巧みに操り、肉に滑らせ骨を断つ。
(実力自体は、さほど高くないな……!)
最後の一匹を袈裟斬りにばっさりとハルカは斬り捨てた。
どかりと地に崩れ落ちるのを見届け、濃厚な鉄の香りがつんと鼻腔を刺激する。
敵影は、なし。今ので最後だった。
妖怪、の類にはどうしても思えない。
ハルカがそうと判断した理由は、長年の経験からくる言わば直感であった。
一先ず安全の確保はできたと確信してホッと息を小さくもらすハルカに、強烈な頭痛が襲った。
ずきりと、走る痛みは思わず片膝を着いてしまうほどで。
頭をがつんと鈍器で殴られたかのような錯覚さえも憶える。
実際には、殴られてたりなんかはしない。
この頭痛はいったい……。
「――、さん。――、さん……お客さん。つきましたよ」
「……え?」
ハッとした顔でハルカが周囲を見やれば、燃え盛る街並みもあの少女達の姿も、影も形もない。
独特な臭いに包まれた密閉空間に聞き慣れたエンジンの音。
そして目の前できょとんとした顔をする男……タクシードライバーにようやく、ここがタクシーの中ということに気付いた。
(そうだった……俺はあの後タクシーで帰ったんだっけか)
「お客さん、なんだか顔色が悪いようですけど……大丈夫ですかい?」
「あ、あぁ。問題ない。ありがとう――これ、お代で」
遠ざかっていくタクシーを見送って、しかし随分と
「今日はもう、さっさと休むか……」
住み慣れたアパートを前に、ハルカはもそりと呟いた。
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