第一話:夢現の遊技場

Aパート:ドールショップ

 ハルカがいるその場所は、人気の多い大通りから大きく外れた路地裏だった。


 とうに日は山の向こう側へと沈み、清々しいぐらい青かった空も今や、上質な天鵞絨びろうどの生地を敷き詰めたかのような空へと変わっている。


 散りばめられた星が宝石だとすれば、天空はさながら宝箱だと言ったところか。

 いずれにせよ、ハルカの本日の予定はすべて終了している。

 後は自宅に戻り明日が訪れるまで、のんびりと時間をすごすだけ。

 従ってわざわざ自宅から反対方向へ行く必要など皆無である。


 だというのにハルカの足はどんどん路地裏を進んで、自宅から離れていくばかり。

 この先にはどうせなにもないのに……。


 そうとわかっていながらも、足を止めないばかりが進んでいるのだから、ハルカも己を嘲笑する他なかった。


 どうせ何もない――ただ今日は、いつもならほぼ確実に当たるはずの直感が外れてしまう。



「あれは……?」



 こんなところに店なんかあったのか、というのが率直な感想で。


 だとすれば、わざわざ人気がほとんどない路地裏でなくてもよかったのでは、ともハルカは思わずにはいられなかった。


 【夢現の遊技場】――それがどうやら、この店の名前であるらしい。

 どのような店なのかは、入店してみないことには定かではない。

 だがオシャレな外観からは喫茶店と言うイメージが強くハルカの胸中に芽生える。

 喫茶店だと仮定すれば、猶更もっと人目に付く場所に出すべきだろうに。


 経営者の趣味嗜好が大きく関与していそうだが、到底理解できないとしてハルカは踵をくるりと返す。


 喫茶店らしき店があることは、なんとなくだがわかった。

 かと言って入店する義理も用事もハルカにはまったくない。

 店があるとわかっただけでも有益な情報だと言えよう。

 これ以上長居する道理はないので早急に自宅にて休もう。

 そう思っていたはずの意志とは裏腹に、肉体はまるで何か不思議な力に吸い寄せられるように、気が付けば件の店の扉をゆっくりと開いていた。



「いらっしゃいませお客様! ようこそ私の【夢現の遊技場】へ!」

「……え?」



 店員の明るい声にハルカはハッとした顔で、その女性を見た。


 年齢は、恐らく20代前半と言ったところか。とても若々しくて生命力がきらきらとあふれている。


 栗毛のポニーテールが歩くたびに揺れるように、女性を象徴するそれも上下にたゆん、たゆんとリズムよくバウンドする。


 なかなかのモノを持っているらしい。

 もちろん、じっくりと眺めようものなら相手には不快感しか与えず立派なセクハラであるので程々に切り上げる――が、時折チラチラと見るのだけは、男としての性故どうしてもやめることができない。


 そんなハルカの下心を知ってか知らずか、嫌な顔一つすることなく陽光のように優しく眩しい笑顔を保持したまま、その女性は元気よく口を切った。



「ところでお客様は当然のご利用についてははじめてですよね? それでしたらまずは当店のご利用について色々とご説明を――」

「あ、いやその、申し訳ないんだが俺は別にここに用があってきたとかじゃないんだ」



 完全に冷やかしであることにはなんら変わりなく、申し訳ない気持ちを精一杯言動に示してハルカは静かに頭を下げた。


 経営する以上儲けは必要不可欠であるし、ならば冷やかしの客ほど迷惑なものもない。


 そうとわかっても女性の表情かおはどこか困ったような、しかしやはり笑みだけは崩すことはなかった。



「そうですか……それならば、致し方ないですね」

「本当に申し訳ありません。あの、因みになんですがこの店はいったい何を――」



 売っているんですか? そう尋ねるよりも先に回答の方からハルカの前に姿を見せる。


 【夢現の遊技場】が何を生業としているかは、周囲を一瞥いちべつすれば一目瞭然だ。


 耐性や知識がないものがこれらを見やれば、ひょっとすると恐怖を憶え不気味がるかもしれない。あくまでパーツ単体・・・・・で考えた場合。


 それらすべてが合わさった完成した代物を目にすれば、そのような感情もきれいさっぱりに吹き飛ぼう。



(確か、これってスーパードルフィーって言うんだったか?)



 スーパードルフィーについて、ハルカの持つ知識はあまりにも乏しい。


 だが、一つだけ確かなのはこれまでの球体関節人形とは一線を画す代物だということ。


 値段にすればざっと10万円以上はするこの人形は、大人でさえも容易に手が出せない娯楽ではあるが、その価値に見合うだけの魅力は確かにそこにはある。


 一種の芸術品と評価してもなんら違和感はあるまい。



「ここは、スーパードルフィーを取り扱ってる店なんですか?」

「えぇ、そのとおりです。あっ、申し遅れました。私はこの【夢現の遊技場】の経営者をしております、日下部ひさかべ かえでと申します」

「あ、お、俺は……ハルカって言います」

「ハルカ様、ですか。とても素敵でかわいいお名前ですね!」

「か、わかいいですか……」

(そんなこと言われたのははじめてだな……)



 それはさておき。


 冷やかしでこのまま帰ると言うのもなんだか気が引ける。

 ハルカに人形を愛でる趣味嗜好はこれっぽっちもない。

 従って【夢現の遊技場】にあるものすべてが無用の長物に等しい。


 手頃で邪魔にならないものは……。辺りを今一度一瞥いちべつして、ハルカはあるものに視線を固定する。


 手頃なものを探していたのに、今視線の先にあるそれは見るからに手頃ではない。

 同時に売品であるかもどうかわからない。


 非売品であれば購入は不可能だが、この時のハルカは不思議なことに、欲しいと言う気持ちが強く芽生えた。



「ん? ハルカ様。もしかして……これがお気になられていますか?」

「あっ……」と、ハルカ。



 楓が指摘したそれは、四体の人形だった。




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