5・フルボッジウムの後で

『僕もう、疲れちゃったよ』

 股間を抑えゲンナリした顔をしていた社長を先に帰し、蓮たちは映画館近くのカフェにいた。


「蓮は意外と耐性あるのね」

「どこ見てるの、悠」

 蓮の股間にさりげなく視線を送る悠。蓮は肩をすくめた。

 向かい側では何やら三多と蒼姫がめている。

「まだ揉んでるの?」

 悠の言い間違いに、ぎょっとする蓮。

 ”揉めてるの間違いじゃ”と小さく零すも、三人には聞こえていないようである。


「揉んではないぞ、揉めてる」

 言い直した蒼姫に、”そんな細かいこと、どうでもいいわよ”と悠。

 蒼姫の隣の三多は笑っている。

 それにしても何故このカファにはインドの曲が流れているのだろうかと蓮は天井を見上げた。とても軽快な曲ではあるが、店内の雰囲気とはミスマッチである。

「蒼姫は少し鍛えた方がいいぞ、俺のように」

 片肘をテーブルにつき軽く顎を乗せていた三多が親指を自分自身に向けて。

「鍛えるって股間をか?」

 泌尿器科の話が始まったのかと思ったらそうではなかった。

「理性をだよ」

 三多は、どや顔で。蒼姫があからさまに嫌な顔をしている。


「この珈琲ゼリー可愛い。無糖ちゃんが乗っている」

「無糖ちゃん?」

 三多と蒼姫を放置して悠はメニューを眺めていた。まったくもって自由な人たちだ。

「そそ。某珈琲メーカーが生み出したキャラ。女性に缶コーヒーを買ってもらおうとしたのが始まりらしいんだけど」

 悠はメニューの一角を差して。

「四種のネコキャラがいて。ブラック無糖、カフェラテ、ミルク、モカなんだけど……ミルクは自販機では買えないの」

 確かに自動販売機で缶の牛乳は見たことがない。

「お店限定なの。でも可愛いのは断然、無糖ちゃん」

「へえ」

 つまり、お店では無糖を注文してもミルクが必要になる可能性を考えて作ったキャラがミルクらしい。


「このミルクはいわゆる植物性油脂で作っているあれ?」

「ううん。牛乳みたいね」

 なるほど、それで店だけなのかと納得した。

「初めは入手方法が限られていたんだけど、最近はプリンなんかも出てるから」

「へえ」

 珈琲よりもキャラの方が人気が出てしまった為、関連商品がたくさん出ているらしいが販売期間が短気な上、次々と展開されていくらしく一部の商品はプレミアもついているとのこと。


「この商品が人気なのはお洒落可愛いからだけど、関連の文具が人気なのは壊れたら無料で修理してくれるからなのよ」

「そうなんだ?」

「こんな世の中でしょ? モノを長く大事に使って欲しい。開発者の願いなんだって」

 有料にすれば結局、新しいものを買うことになるだろう。しかもそれは手に入り辛い。そうなると、結果飾るだけになってまうだろう。それでは意味がない。

「素敵だね」

「そうでしょ? わたしこれ注文するわ。磁石付きクリップ型付箋がついてくるんだって」

「へ、へえ」

 磁石で止める形の付箋らしい。 

「四枚セットだから、全種類入っているんだわ」

 嬉しそうに、店員を呼ぶための専用呼び出しボタンを押す悠。

 何だか分からないが、悠が嬉しそうならそれでいいかと蓮は思った。


 店員が注文を取りに訪れ、悠が目的のメニュー名を述べる。 

 その後、蓮たちを見渡し”他にご注文は?”と問う店員。

「腹減ってきたな」

「言われてみれば」

 三多と蒼姫は問われてからメニューに視線を向け、お奨めとなっていた海鮮丼のセットを注文した。

「蓮も何か頼む?」

 悠に問われ、

「じゃあ、俺も海鮮丼のセットを」

と店員へ無意識に微笑みかけるとすかさず蹴りが来る。

「いたっ」

 蓮を見てほんのり顔を赤らめた店員は注文を復唱し、お辞儀をすると去っていく。


「痛いよ? 悠」

 困ったように眉を寄せ、悠の方に視線を向けるとひきつった笑みを浮かべてている。

「池内は彼女いるのに愛想振りまいたらダメだって」

 悠の不機嫌な理由を説明するように、蓮へ注意をする蒼姫。

 ”なるほど、そういうことかと”納得しつつ、謝罪の言葉を述べれば嬉しそうな顔をした。そんな彼女を可愛いなあと思う蓮であった。

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