5・波紋を広げるその名前
人生と選択の連続であり、苦悩の連続であり、そして葛藤の連続でもある。
すなわち、それが人生だ。
蓮は今、女性社員に、
「このおまんじゅう美味しいけれど、何て名前なの?」
と聞かれ、真実を告げるべきか悩んでいた。
素直に片玉饅頭と告げるべきか、それとも温泉饅頭と嘘をつくべきか。
誰しも無意識に”股間”を美味しいと思って食べていたという事実は、突きつけられたくないものだ。
だが社長のデスクにあんなオブジェがあるのだから、予想くらいはしているに違いない。
だがここはナチュラルかつ可愛く表現し、うやむやにした方がいいのではないか? と思うのである。
ただそれでもセクハラは否めない。
でも聞いてきたのはあっちだ。
”ええい! ままよ”と自暴自棄になり返答する。
「正式名称は言えないが、片方のおたまたまだ」
何故か余計に生々しい感じになった。
相手の女性社員がお茶を吹く。
どうやらこれは失敗のケースらしい。
「ちょっと何してるの?」
と悠。
「いいところに来た、受付お嬢。マダムにタオルを差し上げてくれ」
「彼女は未婚よ!」
「失礼、マドモアゼル」
蓮が慌てて言い直すが、彼女は笑っている。
悠からタオルを受け取った彼女は、
「美味しいけど、その……なんていうかアレだったのね。やっぱり原材料はタンパク質?」
「は?」
流石の蓮もこれには疑問符。
「どうみても、小麦粉、砂糖、卵に餡だろう」
蓮は変なところで真面目だった。
彼女が冗談を言っていることに気づいた悠は、蓮に対し肘鉄を食らわす。
「痛っ」
「ごめんなさいね。ちょっと冗談が通じないもので……えへへ」
悠は相手に謝ると蓮の腕を引く。
「もう、冗談で言っているんだから」
ひそひそ声で告げられ、
「本気かと思った」
と蓮。
「本気で言うわけないじゃないのよ」
「そうとも言い切れない」
「何言ってんの、もう」
チラリと先ほどの女性社員に視線を向ければ、業務に戻っていた。
「それより、帰りにカラオケ寄っていかない?」
”リベンジの為に練習するの”という悠に、蓮は残念そうな表情を浮かべる。
人生とは葛藤の連続だ。
いつでも真実が相手の為になるとは限らない。
「諦めてなかったの?」
悠が下手なわけではない。
三多たちが巧すぎるのである。
「止めた方が……」
「なによー! 蓮はわたしが三多くんたちに負けたままでもいいと思っているの?」
むしろ、そこまでして勝ちたい理由がわからないが。
「カラオケは地味に疲れるし、明日の業務に差し支えると思うんだよね。それよりも……映画でも観に行こうよ。気分転換に」
「うーん」
すこし不服そうな彼女に映画の上映時間一覧を向ける。
すると、
「これ、観たかったの!」
と良い反応。
「一八五番目の殺人~男たちの賛歌~」
「何それ、どんな話?!」
蓮は退社後、悠とクレイジーなコメディを観に行くことになったのである。
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