3話 その男、彼女溺愛につき

Side:悠

1・大好きなので

「とりあえず、家に帰ろうよ。風邪引いちゃうし」

 ”ね?”と蓮を見上げると、彼は離れがたいという顔をする。

 

──家でだって、いくらでもハグできるのに。

 くう! 可愛い。


 悠は心の中で悶絶した。

 今すぐ壁に額を打ち付けたい!

 だがそんな奇行に走っては彼を心配させてしまう。


「ん!」

 代わりに悠は目をつぶってキスをせがんだ。彼のことだ、きっと赤くなって困っていることだろう。それでも数秒待つと、その柔らかい唇が押し当てられた。

 彼の唇が離れたのを感じ、目をあげると赤い顔をして横を向いている。口元に手の甲をあてて。

 受動と能動で言動にギャップがあり過ぎるのも悠にとってはツボなのだ。

「蓮、大好きだよ」

 職場ではイカレたことばかり言う彼。

 社長に対しての言動はもはや名物。

「俺も……」

 悠の告白に彼が優しい柔らかい笑みを浮かべる。

 ぽかぽかのお日様みたいだ。


「その顔! 他の人に見せちゃダメなんだからね」

 むぎゅっと抱き着けば、

「へ?」

と間の抜けた声を出す。


──蓮は自分の良さ、全然わかってない。

 でもいいの。分からなくて。


「さあ、乗った乗った」

 悠は彼から離れると、蓮を助手席に押し込む。

 合コンという名の飲み会について来て良かったと思った。あのまま放っておいたら、誰かにお持ち帰りされたかもしれない。


──それはないか。

 三多くんと蒼姫くんがいるし。

 あ、蒼姫くんは来てなかったんだっけ?


 社長へのおかしな言動は本人の意思だとして、悠へのおかしな言動は大方おおかた三多と蒼姫のせいだと理解した悠は、改めて『打倒! 三多と蒼姫』という意向を固めた。

 知らないところで恨まれる三多と蒼姫には悪気はない。

 蓮が素直すぎるのが問題なのだ。


「何か、不穏なこと考えてない?」

 助手席の蓮がシートベルトを締め、眉を寄せて問う。

 ”そんなところばかり勘が良いんだから!”と思いながらも悠は、

「そんなことないわよ?」

とアクセルを踏み込んだ。


 三多も蒼姫も悪い人ではない。

 それは悠も重々承知。

 二人が居なければ、今こうして蓮とおつき合いはしてないだろう。

 しかし彼らは蓮の性格をわかっていない。


──熟知されてても嫌だけれど。

 でも、言葉には気を付けて欲しいの!

 蓮は気にしちゃうから。

 それだけなら良いんだけれど、奇怪な言動起こすから!


「俺、この曲好き……」

 蓮は少し座席を倒し、目を閉じて腕を組んでカーナビから流れる音楽に耳を傾けていた。

「車のCMで流れていたやつだね」

と悠。

 車内には『STAY TUNE』が流れている。

「ねえ、蓮」

「うん?」

 悠は蓮の高すぎず低すぎないその声音が好きだ。

「僕って言って」

「は?」

 蓮は悠の脈絡のないおねだりに困惑したのだった。

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