5・遠慮がちなので

「痛っ」

 悠にペチっと額を平手で弾かれて、思わず額に手をやる蓮。

「蓮のバカ」

「なんだよ……」

 涙目で悠を見つめ返すと、彼女はムッとしている。

「わたしの話しちゃんと聞いてた?」

 悠が何故、怒っているのか……

「参加したくて参加したって言ってない。不可抗力だったの。断り切れなかったわたしにも責任はあるとは思うけれど、そんな風に言うのは酷いわ」

 ”止めてくれて、嬉しかったんだから”と再びぎゅっと蓮の背中に腕を回す悠。蓮はおずおずと抱きしめ返す。


「ヤキモチ妬いたの?」

と彼女に問われ、

「うん」

と素直に肯定する。

 すると悠は更に背中に回した腕に力を入れ、

「蓮、三多くんと仲いいよね」

と切り出す。

「うん。同期だし……」

 蓮は何を言われるのだろうと、身構えてしまう。


「三多くんは良い人だと思う。でも蓮とは性格も違うし、考え方も違う。彼に悪気がなくても、蓮はそのことで傷つくこともある」

 悠が何を言わんとしているのか分からず、黙って話を聞いていた。

「だから、三多くんの言いなりになっちゃダメなの」

 ”心配なんだよ”と言う悠に何といえば良いのか分からず、唇を噛みしめる。

「蓮は人付き合いとかそういうの、優先するのわかる。大事なのもわかるけど……嫌なら嫌って言わなきゃ伝わらないんだよ?」


 三多は同期の中でも一番つきあいやすかった。

 それは彼が人当たりが良くて、分け隔てなく接する人だからだと思う。

 他にも仲のいい人がたくさんいる中で、何故かいつも蓮と一緒にいることを選んだ三多。

 それについては蓮も以前から疑問を持っていて、

『営業って結局、どんなに仲が良くてもライバルだからさ』

と彼は笑った。

『池内って誰ともつるまないだろ? 噂話とかもしないし』

 蓮がつるまないのは、群れるのが苦手だからだ。


 嫌なことを嫌と言えない。

 空気を大事にしたい。

 しんみりしたのも苦手。

 元カノと別れてからは変人扱いされていたので、一人でいる方が楽だったというのもある。その中で三多だけが変わらなかったから。


「我慢する関係は、仲が良いって言わないの。蓮がいくら三多くんを友達だと思ってても、それは友達って言わない。わたしとも同じなんだよ」

 だからちゃんと言ってと悠は言う。

「怖いよ」

「何が?」

と悠。


「だって、また別れようとか言われたら……俺」

 口ごもる蓮に、悠の様子が変わる。

「それは……付き合ってるとか言っているだけで、半年経ってもデートにすら誘ってくれないからでしょ!」

「いや……だって……」

 どうやら藪蛇やぶへびだったようだ。

「形だけの恋人って何?! わたしは……」

 クスンと悠が泣きまねをするので、蓮は慌てる。

「結構楽しみにしてたのに……」

「いや、あのですね。その件に関しては」

 蓮の背中を嫌な汗が駆け抜けたのだった。

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