第18話 岩壁

 ガリガリガリ、ゴリゴリゴリ。ごっくんこ。ガリガリガリ、ゴリゴリ……ごっくん。


 ネコウサが岩を囓っては飲み込んでいる音が辺り一面に響く。


(あんな硬いもの食べて大丈夫なのか?)

(あの岩は拙者でも刃が立たないでござる。歯だけに)

(ツッコまねぇよ。それよか全部飲み込んでいるようだが)

(このあとのダイエットが大変そうでござる)


「あ、あの。神獣様……」

「あの、協力いただいていることは良く分かるのですが」

「あの、そのやり方では」

「ゴリゴリはぁはぁ。なんだモん。ボクのやり方に問題でもおえっ」


「神獣様の健康に問題がありそうなのですが」

「そのペースでは我らが掘ったほうが早そうな」

「ガリガリ。そ、そうかモん。そうかも知れないモん。よし、分かった!」


 というなりネコウサは脱兎の如く駆けだした。


「神獣様? どこへ行かれるのですか?!」

「ちょっと、その、あれだ。ほんにょこにょんにほあってほひふへほー」


(なんだって?)

(言わんとすることが言葉になっていないでござるな)

((でも、するべきことはひとつしかないなでござる))


 わけの分からない言葉を聞かされたコロボックルたちは、なにかの呪文なのだろうかと考えながら、ともかく各々でできること(手に持てる岩をどける)をするのであった。しかしそのペースは遅く絶望的な時間が過ぎていった。


(我、忘れられているでござる)

(ど、どんまい……)


 一方、コウイチはといえば。


 やつらを追いだしてやっとゆっくりできる。こちらに転生してから、いきなり襲われるわ知らないうちにスキルが発動するわで謎だらけだ。この混乱ぎみの頭を整理したかったのだ。まずはこの結界って能力を、もう少し詳しく知っておきたい。


 ケツ! ケツ! ケツ! 


 ふむ。大きさはある程度自分でコントロールできるようだな。やはりイメージか。1メートル四方で作れと思いながらやると、1.2メートル四方の結界ができるようだ。……多少の誤差は気にしなくて良いんだよ! この辺は慣れだ、慣れ。きっと。多分。


 そしていろいろいじっていて分かったのだが、この結界をつまんで引っ張ると、糸のようなものが出て切る。この糸を引っ張っても結界を動かせるのだ。


 この糸が不思議なのは、引っ張るだけじゃない。押すこともできるのだ。2,3本糸を出せば、結界を自在に動かせる。しかも軽いので振り回しても疲れない。


 なかなか楽しい糸である。いろんな大きさの結界を作って、レゴブロックのように積んだり倒したりして遊んでいたら、ネコウサが帰って来た。


「おい、収穫はどうなった。たくさん獲れ痛だだだだ」

「ほんなことはぼうでもいいもん。すぐにボクと来るモんがぶっ」

「痛たたたた。お前はすぐ噛みつくやつだな。行動じゃなくて言葉で話せ。なにがあったんだ」


「咬むカムカムカム」

「噛みつきながら喋るな!」

「咬むとComeのシャレだったモん」

「やかましいわ! ん? 俺に一緒に来いってことか。獲物は家の中で食べるぞ。お前らと違って俺は潔癖どわぁぁぁぁ」


「お主のボケに付き合ってる暇はないモん。さっさと来て欲しいモん」

「ボケなんか言ってない! 分かったから、一緒に行くから。ともかく耳に噛みついて俺にお願いするのやめろ!」


 まったくどっちがご主人様だよ、痛ててて。


「それでなにがあったんだ?」

「こっちだモん びゅー」

「お前は考える前に身体を動かすのも止めろ。あぁもう、先に行きやがった。俺を案内するんじゃなかったのかよ。扉を開けたり閉めたりする描写をするヒマもなしかよ」


 仕方なく俺はネコウサを追いかける。どうやらあのご神木に向かって走っているようだ。走りながら俺は考える。どうしてネコウサだけが帰ってきたのか。そしてものすごく慌てている。これはワンコロになにかあったと考えるべきだろうか。


「そうだろ? 乙」

「あれ? 乙? 寝てるのか? 肝心なときに役に立たないやつだなもう」


 そしてご神木に到着した。そして。


「こっちだモん」


 そこから右に90度に曲がってまた走り出す。そして3分ほど走ると。


「こっちだモん」


 今度は左に45度ほど曲がった。なんでこんなふらふらしてるんだ。さすがにちょっと疲れてきたぞ。


「今度はこっちだモん」

「な、なあお前、本当に行く方向は合ってるんだろうな」

「間違いないモん。ボクが通った通りに走っているモん」


 ネコウサが通った通り?


「今度はこっちだモん」

「なにがあったのかぐらい教えろよ」

「崖崩れだモん」


 こんな平原で崖崩れなんかあるわけ……ってあの山のところじゃないのか?


 右手遠くに小さな山が見える。丘と言ったほうが近いかも知れない。


「ちょっと待て、ネコウサ。ストップだ」

「なんだモん。もう疲れたモん?」

「いや、崖崩れって、あそこに見えている小さな山のところじゃないのか?」


 山とはいっても標高はせいぜい300メートル程度だろう。だがそこ以外に崩れるような崖があるとは思えない。


「その崖までお前が走って何分ぐらいかかった?」

「時間なんか分からないモん」

「それもそうか。どうしてこんなぐねぐねした道をたどってるんだ? あの山ならまっすぐ行けばすぐだと思うのだが」


「そんなこと分からないモん。最初に獲物を追いかけて走った通りにたどっているだけだモん」

「ああ、だからこんなぐねぐね……もうあの山で良くね?」


 位置関係をまったく理解していないネコウサは、家を出てから通った道順そのままをトレースしているようだ。逃げる獲物を追ったその道順をそのままに。


「あの山って……そうかも知れないモん」

「あの山以外にそれらしい場所はこの辺りにはないだろう。ともかく行ってみよう。お前の後を付いていくといつになったら着くか分からん」

「そ、そうするモん」


 山に近づくと絶壁の岩が現れた。クライマーが喜びそうな岩壁だ。


「崖崩れなんて見当たらないな。こことは違うのかな」

「いや、ここで良いモん。この向こう側にトンネルがあって、そこが埋まってしまっているモん」

「ほんとにこの山で間違いないか?」

「間違いないモん」


「ところでネコウサ、振り向いたところにある家は見えるか」

「見えるモん」

「このアホが!」

「いくらご主人でもアホはないモん!」

「家からほんの2,3キロメートルじゃねぇか! どんだけ大回りさせたんだ。だからアホと言ったんだ」

「そ、それ、それはそうかもだけど。ともかく助けるモん」

「どうやって?」


「…………」

「考えなしに俺を呼びに来たのか。アホの二乗!」


 そこに木こりの格好をした小人が現れた。


「神獣様ではございませぬか。こちらにいらしたのですね、探しましたよ」

「あ、ああ。うん。待たせたモん」

「やはりそうでしたか。私たちもそうではないかと思ってこちらに来てみたのです」


「そ、そうであろう。我は神獣であるからモん」

(意味も分からずまだ威張ってるようだな)

(我にも意味不明でござる。でもご主人殿を連れてきたようでござる)


「崖崩れの岩をどけるより、ここから穴を掘ったら早いかも知れないと思いまして」

「そ、そう、その通り。ボクもそう思ったモん」

(ちゃっかり乗ったぞ!?)

(ここまで来るともう特技でござる)


 よく分からん会話をしている。このちっこい子供はネコウサの友達なのか。そしてワンコロたちも現れた。無事でなによりだが、オツはこっちに付いていたのか。お前は誰の貴神だよ。


「まあ、それはともかく。お主の仕事だ。さっくりとやっておしまい」

「なにをするんだ? それよりなにがあったのか説明してくれ。ネコウサの言ってることはさっぱり分からん」


 俺たちが向かい合っている岸壁より1キロメートルほど左側(岩壁がカーブしているため見えない)に、洞窟の入り口があるらしい。そこがなにかの原因で崩れて生き埋めになっている人がいるとのことだ。


「それは大変だ。俺の手には負えない。帰ってご飯をももももも」

「なんとかするモん!」

「ふがふがふが、なんともなるかぁ! 短いシッポを口に入れるのも止めろ!」


「咬むなとかシッポがまずいとか、我が儘なご主人だモん」

「まずいとは言ってないが」

「いや、それはネコウサが悪い」

「分かったモん……」

「俺の言うことは聞かないくせに、オツには従うんだな」


「それと光一。お主はまだ気づいておらんようだが」

「俺に察しの良さを求めるな」

「やれやれでござる」

「そうだった。だからはっきり言おう。ここから穴を掘って中の人たちを助けるのだ。お主にはそれができる」


「万能工具とかあるのか?」

「そんな便利な農具をくれる神様はいない」

「別のラノベの話をしている場合ではないでござるが」

「お主にはもっと良いものがあるだろうが」

「だから察しの良さを求め……待てよ、あれか? あれなのか?」


 多分違うだろうなぁと思った読者の方々は、もうこの物語から離れることはできなくなりました。ご愁傷様でござりまする。

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