第19話 ひのきのぼう
「ふぁいやーぼーる!!」
し~ん。
「ういんどいんぱくと!!!!」
し~ん
「らいとすぴあー!!」」
し~ん
「ちっとも掘れんじゃないか!」
「「「だからそっちじゃないモんござる!!!」」」
くっそ3匹にツッコまれた。
「我がもう匹扱いになっておるようだが。そうじゃない、お主が使える魔法は結界魔法だけであろうが」
「どうして攻撃魔法とかが使えると思ったモん?」
「火と風と光を一通り試したでござるな」
「水は無駄だと思ってやらなかった俺を誰か褒めろよ」
「全部無駄だっての。お主が使える魔法は他にないだろうが」
「それはそうだが、それだけじゃつまらんだろ。これなんかどうだ?」
「ひのきのぼう!!」
「もう呪文ですらないでござる」
「そんなものあとで買ってやるから早く結界魔法を出せ」
「ほんとだな? よし、それなら……えっと。それで結界をどう使えと? こんな岩山を覆るほどの結界なんてムリだぞ」
「ひのきのぼうで買収されたモん?」
「覆ってどうするんだ。穴を掘って中の人を助けるんだよ」
「あの結界、柔らかいからぶつけても跳ね返るだけだと思……だから俺を真正面から見て圧力かけるなワンコロ。ケツっ!」
ワンコロの視線から逃れるように結界魔法を発動した俺は、このあと奇跡を見ることになる。
俺の放った結界魔法が岩にめり込んだのだ。
「「「「おお?! おおっ、おおおぁ!!!」」」
いつの間にか増えた観客が一斉に驚きの声を上げた。いや、一番驚いているのは俺なんだが。
「まさか本当に岩をくり抜くと……いや、なんでもない」
「あれ、くり抜いているのか。ただめり込んだだけのように見えるが。ところで、なんでお前が驚くんだ。こうなると分かって指示したんじゃないのか。当てずっぽうか、適当か」
「そういうとこだけ気づかなくても良い。それよりあの結界を引っ張り出してみろ」
「あんな重いもの、動かせるはずはないだろ」
「いや、お主はネコウサたちを入れた結界を動かせたのだから、あの岩の入ったやつだって動かせる……のではないかと思ってな」
「適当か!」
結界は2メートル立方でイメージしたので、2.2メートル立方ぐらいになっているはずだ。こんにゃろめが。花崗岩だと比重は2.5ぐらいだっけ? とすると20トン以上の重さになる。とても人が動かせる重さではない。そうだ。
さっき練習したように、俺は岩をくるんだ結界に糸を付けると。
「ネコウサ、これを咥えて引っ張ってみろ」
「なんでボクが!?」
「力仕事はお前らに任せることになっている」
「「ふぁぁ!?」」
「さっしが悪いくせに眷属扱いがひどいモん」
「関係あるか! さっさとやれ!」
怒られてしぶしぶ糸を引っ張るネコウサ。まさかこんな重労働が……と思っていたが結界はいとも簡単に外に出てきたずるずる。比重2.5の花崗岩を中に閉じ込めたままである。
「「「「「おお?! おおっ、おおおぁ!!!」」」」
いつの間にかさらに増えた観客が一斉に驚きの声を上げた。もう20人ぐらいになってるぞ。どこから涌いたんだ。
「い、意外とボクって力持ち?」
一番驚いているのはネコウサのようである。
「ほんとに結界で岩をくり抜いたぞ。すごいな」
オツ、お前もか。
「眷属でもアレを引っ張れることに驚いたでござる」
ワンコロもお付き合いか。
「すごいのはお主の能力だ。だが、まだ貫通はしておらん。そのまままっすぐ掘ってみろ」
「分かった。次引っ張るのはワンコロ、お前な」
「任せるでござる」
それから3個4個5個と2.2メートル立方の花崗岩を結界で掘り抜き岩を引っ張り出した。眷属どもが。
やがて直方体のトンネル穴がぽっかり開いた。そして10数回目の結界魔法をかけたとき。
「ん? なんか手応えが違うぞ? もしかしたら?」
「おおっ、いよいよでござるか」
「温泉にでも当たったか痛い!」
「普通に考えろ。貫通したのだろう。ワンコロ、引っ張ってみろ」
「姿がないくせにツッコみがきっついな、オツは」
「その前にご主人殿、もう岩を置く場所がないでござる」
「掘り出したでかい岩で俺たちの居場所もなくなりそうだ。ネコウサ、お前が整理しろ。これでは巨大迷路だ」
「お主の指示通りに置いたのに。最初から良く考えてから指示するモん」
「お前に言われたくねぇよ。上に積んでもいいからともかく道を作れ」
「モ~ん」
「それでは最後のひとつ、引っ張るでござる」
それまで真四角な岩ばかりであったのが、最後のやつは半分くらいしかなく、残り半分に人が入っていた。中に閉じ込められていたコロボックルたちである。
「わ、わぁわぁわぁ。岩に、岩に食われた。お岩さ~ん」
「お岩さんはお皿を数える人だろわぁわぁわぁ」
「それはお菊さんな、わぁわぁわぁ」
「なんかやかましいのが出てきたぞ?」
「おお、お主ら! よくぞ無事……無事なのか、これ?」
「お菊さん、ここから出してくれぇぇ」
「誰だよ、それ。あの神獣様。この結界? からこいつらを出していただけませんか?」
「うむ、分かったモん。コウイチ、やれ」
「なにを?」
「閉じ込められた3人の結界を解除してやるでござる」
「ああ、そういうことか。それならそうと言え。カイ!」
(ご主人殿がネコウサ殿に命令されていることはスルーで良いでござるか?)
(本人が自覚してないのなら良しとしよう)
「「「「「おお?! おおっ、おおおぁ!!!」」」」
3人を無事に救出すると、またさらに増えた野次馬が一斉に驚きの声を上げた。もう50人ぐらいになってる。だからどこから涌いたんだよ。ところで、この山と積まれた岩をどうしよう。このままでいいか?
「岩はその崖から落としてしまえばいいだろう」
「そうするか。このまま置いておいても邪魔だものな。おい、ネコウサ」
「またボクかモん」
「文句を言うな。これを谷底に落としてしまえ」
「ちょっと待ったぁぁぁぁ!!」
なんだ? どうした? いましゃべったのは誰だ? どこにいる?
「こっちこっち」
「どっちどっち?」
「みさ~げて~ごらん」
「わぁ、いたっ! いつのまにそんなところに?」
「NGKかよ。さっきからお主に付いて回っていた商人さんだ」
「商人さん?」
「そう。それを捨てるなんてとんでもない」
「やけに俺のいた世界に精通しているようだな」
「まあ、ちょっとあってね。私はムック。この辺りじゃ有数の商店・ムックしゃんの店主だ」
「自分の名前におかしな愛称を付けた店名かよ。普通は逆じゃないのか。それで? これが必要なのか?」
「ああ、それ、売れると思うんだ」
「これを売る? こんなのただの花崗岩……ああ、そうか」
「どきっ」
「断面を見て気がついた。これを磨いひょひゃひょひょひょひゃひょぉぉぉ。くすぐったいわっ!!」
「男は黙って御影石」
「俺が言いかけたことを自分で言ってどうする。磨いて売るつもひゃひゃひゃひゃだから止めろ!」
花崗岩とは、石英、長石、黒雲母を成分とする岩石である。日本中どこにでもある岩だが、表面に欠陥(穴とかクラックとか)がなく3つの成分が満遍なく分布しているものは、ピカピカに磨くと「御影石(最初に御影地区で作られたから)」と呼ばれる高級建築資材となる。墓石にもなってたな。
ムックしゃんはそれが欲しいと言っているのだと俺は理解した。
「内容はあってますが、名前が間違ってますね」
「それじゃ、これをどこに置く? 大きくて邪魔じゃないか」
「あ、この辺りに積んでおいてください。あとから削りに来ます」
「そうか、じゃあ。3つぐらいずつ積んで。よっこらっせっと。こんなもんかな。ではカイ!!」
結界を消すとちょっとだけ地面が揺れたが、崩れることなく岩は収まった。
「ありがとうございます。あ、神獣様、囓らないでください!!」
「モん?」
どうして囓っちゃダメなのかって顔をしている変態のことは放っておくとしよう。こんなもの俺たちには無用の長物だ。売るなり削るなりしてもらえばいい。
その後、まだトンネル内に残っていた人たちも全員の無事が確認され、称賛と感謝の嵐であった。
ネコウサが。
「なんでだよ!!」
「いまごろ遅いモんもぐもぐ」
「ご相伴にあずかるでござるぐびぐびびび」
「お前ら食べて飲んですっかりご機嫌だな、おい」
「我もいただいているぞもにもに」
「オツ、お前が一番不思議だよ」
お頭とかいう人(コロボックルだが)にぜひにと言われて案内された小さな村。そこで歓待を受けている俺たちである。ネコウサたちはともかく、俺はなんか落ち着かない。
「ほれ、これでも飲んで景気を出せ」
「それをいうなら元気だ。いや、俺は酒、飲めないから」
なんで落ち着かないのか。それは食って飲んで騒いでる連中があまりに小さいからである。あのお頭と呼ばれていたのが一番背が高いが、それでも身長は1メートルほどしかない。あとはみな俺の腰まであるかないかのこびとである。ほとんどガリバーの気分であるが、それはまだいい。どうにもいたたまれない問題がある。
お頭もさっきのムックしゃんも、全部幼女(ロリ)だからである。しかしツルペタばかりではない。ちゃんとぽんきゅっぽんな幼女もいるのである。
「お主なら狂喜乱舞になるかと思ったがもぐもぐ」
「やかましいわオツ。実態もないくせに食いながらしゃべるな」
「それはもういまさらだモん」
「俺だって2次元なら多少は刀剣乱舞もするが」
「狂喜乱舞、な」
「そうかもだが、これはリアルだぞリアル。触ればちゃんとそこにはいろんなおっぱいとか尻とかがあるんだぞ。それなのにヘタに話かけたら通報案件じゃないか」
そもそもここに誘われたときに。
ネコウサ殿にはぜひに。ついでにそちらのわぁお! まさかのタイガーウルフ……様!? 人語を解するタイガーウルフなんてここ数百年現れてないと聞きまするが。さすがは神獣様のお友達ですな。トンネル開通に手伝っていただいたことは覚えております。ぜひ我らが村にお越しくだされ。そちらのエルフさんは帰ってもらって良いですよ?
「あんまりな扱いだな、おい!!」
っていう俺の立場だったのである。肩身が狭いったらありゃしない。
「あ、こいつもボクらの仲間だモん。一緒に誘ってやって欲しいモん」
「こいつってなんだ、こいつって」
「さようですか。それなら仕方ありません」
「仕方ないってなんだよ」
そんなわけでやってきたのだ。そして村の広場的なところで宴会となった。
「いやぁ、素晴らしい機転でしたな、神獣様」
「もぐもぐ、うん、そうだモんむぐむぐ」
「あんな硬い岩をあんな簡単にくり抜くなんて、ものすごい魔力ですな」
「もぐもぐ、うん、そうだモんむぐむぐ」
「今日は驚くことばかりです。この獲物だって神獣様が獲ったものでしょうに、我らのために提出していただき感謝です」
「もぐもぐ、うん、そうだモんむぐむぐ」
(それ、我が狩ったわんにゃんキツネでござるが)
(おかしな名前の魔物だな、おい。それをどこに保管しておいたんだ?)
(先代より受け継いだほお袋でござる)
(ハムスターかよ。先代って?)
(昨日食べた魔石でござる、ってご主人殿もこっちの会話に混ざってるでござるな)
(ああ、あれか。それにしてもウサぴょん7匹とわんにゃんキツネ11匹が入るとは。でかいほお袋だな)
(コウイチの知るところのアイテムボックスというものであろう。容量は我にも分からん)
(なんか仲間はずれにされているみたいで気分が良くないモん)
お前の部下扱いされてる俺が一番気分良くねぇよ。
さて。村人にはシカトされている。()付きじゃないと話もできない。食べ物はありがたいが、ただ骨付き肉を焼いただけの素っ気ない料理。飲めない酒。落ち着かないしいたたまれないし。
うむ、四面楚歌だな。
「用法が違うと思うモん」
「肩身が狭いが抜けてるでござる」
こうして夜は更けていった。
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