第10話 ワンコロ

 結界を作ったのはいいが消すことができないまま、俺はネコウサとすっかり大人しくなったワンコロの入った結界箱? を持って、ネコウサが見つけた家に向かった。


 どうやらこの結界を動かすには俺の身体の一部が接触していないとダメなようである。放置するとずっとその位置にとどまっている。たとえ空中であっても、である。不思議な現象である。


 家はすぐに見つかった。


「なんだこれ……」


 開口一番、俺の感想である。


「驚いたモん」


 ネコウサの感想である。


 俺には普通の日本家屋に見えた。いや、どう見ても日本家屋である。低い生け垣と飛び石。その奥にある玄関扉とその左側には縁側が続く。そして外国映画で良く見る郵便受け。


「なんで郵便受けだけ洋風なんだよ!」

「ツッコむとこ、そこモん?」

「こんな危険なところにこんな無防備な家を建てて大丈……むぎゃっ!」


「どうしたモん?」

「痛たたた、鼻をぶつけた。ここになんかあるぞ。なでりなでり、これは結界か」

「無防備じゃなかったモん」

「だな。そうなると入る方法を探す必要がある。まずはこの結界全体がどこまであるか確かめてみよう。どこかに入る場所があるかも知れない」


 結界を手で触りながら一回りしてみた。一片が約50メートルもある巨大な結界であることが分かった。だが入れそうな入り口もすき間もない。


「上がどこまであるか分からんが、でかい結界だ。その家なら10棟ぐらい建てられそうだ」

「そんな余分に結界張ってどうするつもりなモん」

「さぁな。入ってみれば分かるかも知れないが、どうやってこれを壊せばいいか」

「壊す前提モん!?」


 ちょうど俺の手にはそこそこのサイズと質量のある箱のような物体がある


「いやいや。そこそこじゃないモん。ボクらが中に入っていることを忘れては」

「これ、ぶつけてみよう」

「いやいやいや。止め、止めるモん! ボクらの命がぎゃぁぁぁぁ」


 2,3メートルほど離れたところから軽くぶつけてみた。


 ぼよよよーーんと跳ね返っただけだった。結界はどちらも凹みさえしない。


「ひぃぃぃ。止めるモん。ぶつけるならそこらの石を拾わぁぁぁぁぁ」


 1メートルぐらいのところから思い切りぶつけてみた。


「ぎゃぁぁぁぁぁ。目が、目が回るぅぅぅぅ」

「きゃんきゃんきゃんきゃん」


 ぼよよよーーんと跳ね返っただけだった。


「ダメか。ぶつかった一瞬だけ凹んだように見えたが、まるで透明なゴムだな」

「目が目が目が」

「ぐるぐるぐるぅぅ」


 結界の中にも被害はないようである。


「被害だらけだモん!! 全身の毛が抜けたかと思ったモん!」

「壊すのは不可能だと分かったのは、一応の収穫だ」

「ボ、ボ、ボクらの尊い犠牲があったことを忘れてはダメモん」

「壊すのがダメなら、鍵を探すしかないか」

「最初からそうするべきモん!」


「この郵便受け、怪しいよな」

「怪しいモん?」


 金属の棒を地面に突き刺し、その上にネコウサならすっぽり入るぐらいの筒が接続されている。筒の両側にはフタがあり、ここに郵便物を出し入れするのだろう。しかも、これは結界の外だ。


「防犯意識の低いやつならここにカギを隠しておくものだが……さすがに中にはないか」

「いったいどこから郵便とか送ってるモん?」

「俺が知るわけがないだろ。おや? 裏になにか出っ張りが……」


 平坦であるはずの筒の裏側を指でなぞると、出っ張りを感じた。なんだろう、これは外れるのか?


「なぞりなぞりなぞり。ダメだ外れそうにない。ただのデザインか。それにしては不自然は膨らみだが」

「なんか呪文とかあるのかもモん」

「だったらお手上げだな。そんな都合良くカギの」


 その瞬間であった。その出っ張りは俺の手の上に落ちてきた。


「はぁぁぁ?!」

「ラノベあるあるモん」

「やかましい。カギが呪文かよ。それとなんだこのスマホみたいなものは」


 それは手のひらにすっぽり収まるサイズの金属らしき白い塊であった。長さは20、幅10、厚み3センチメートルほどで、ずしりと重い。


「ここに隠してあったということは、この家に入るのに必要なものだと思うのだが」

「それ、隠してあったうちに入るモん?」

「セキュリティぼろぼろの家だな。しかし使い方が分からん。どこから見てもただの白い金属だ。ぶつけてみるか?」


「だからそういう短絡思考止めるモん。壊したら終わりモん」

「それもそうだ。お前らと違ってこれは貴重だからな」

「いやいや、ボクらも貴重モん!」

「きゅいんきゅいん!」


「なんかお前ら、やけに仲が良くなってないか?」

「不戦同盟を結んだモん」


 会話ができるのか。それにしても不戦同盟とか生意気な小動物どもだ。しかし、それよりもこれをどうすれば良いのか……。


「きゅぅぅいきゅきゅ」

「なんだって?」

「そのカギをあの壁に当ててみろ、と言ってるモん」

「通訳乙。当ててみろって、どこでも良いのか?」


「きゃいっきゅい」

「どこでも良いらしいモん」

「やってみよう。結界ってどこまでだったかな……むぎゃっ!」

「お主も学習しないやつモん」


「痛ててて、やかましいわ。結界はここまでか。それで、これをそっと……うわぉおっ」


 いきなり引きずり込まれるように俺は結界の中に放り込まれた。結界が消えたりするわけではないようだ。このカギを持っているものだけが中に入れるのだろう。


「あぁ、びっくりした。あやうくカギを落とすところじゃないか。もうちょっと穏やかに入れるようにしやがれ」


 ネコウサたちは外に残されたままである。


「良し。これで今晩の寝床は確保した。まずは良かった良かった」

「良かった良かったではないモん! ボクらも中に入れて欲しいモん」


「お前らはどうせ俺の結界の中だ。どこにいたって同じだろ?」

「そういう屁理屈を言うからお主は嫌われるモん。この結界からボクらを出す方法を考えて欲しいモん。それには一緒にいないとダメモん」

「分かった分かった、やってみるよ」


 俺は一旦外に出て、ネコウサたちの入った結界を手に持って再び結界にカギを当てた。


「おっ、入れたな」

「入れたモん」

「わんわんわん」


 俺の身体に接触していれば一緒に入れるということのようだ。


「完全に犬ころになってるな、そいつ。名前はあるのか?」

「わわわんわんわわんきゃん」

「我が輩はタイガーウルフと呼ばれる魔物界最強の」

「ワンコロな」

「きゃんきゃんきゃきゃきゃん?!?!」


 なんか文句があるようだったが面倒くさいのでワンコロと呼ぶことにした。どう見たってただの犬……ちょっとおでこに2本の角のようなものが生えかけているが、気のせいだろう。


「なんか気の毒モん」

「最強ってお前も最初そう言ってたしな、本人申告の最強なんか当てになるわけないだろ」


「拙者、まだ若いがこの辺りでは最強の魔物なのに、ぐすっ」

「喋った?! なんでいきなり!?」

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