第9話 ぐるぐる

 木に登ってから3時間近くが過ぎた。


「と、とも、ともかくだ。ここからその家に行かないことにはなんともならない」

「それはその通りだモん。だけどどうやって?」

「お前を囮にして、ワンコロが食べているうちに俺だけそっと」

「いいかげんその発想から離れるモん」


「いや、じつは、そのぐらい切羽詰まってるんだ」

「何がモん?」

「う、うんこがしたい」


「なんだそんなこと、すればいいモん」

「こんなとこでできるかぁっ!」

「どこに怒鳴る理由があるモん。パンツおろしてするするっとすればいいモん。誰も見てないモん」


「お前が見てる」

「面倒くさいやつモん。じゃあそのときは上に登っていてやるモん」

「下のワンコロも見てる」

「ぶっかけてやればいいモん」

「できるかっ!」


「ボクにはさっぱり分からんモん。もう勝手にするモ……あっ、おい!!」

「そもそも俺は尊厳を守る会のパキッ……パキ?」


 ネコウサが叫んだのと、俺の乗っていた枝が折れたのはほぼ同時だった。


「こんなところでケツぅぅぅぅ!!!??」


 というところまで叫んだことは覚えている。その時点で終わったと思った。せっかくもらったこちらの人生。スローもなにも1日持たずに終了である。俺は目をつぶり来たるべく衝撃を覚悟した。次のドラフト会議はいつあるのだろうか。それとも合同トライアウトとかないだろうか。もう贅沢は言わないから誰かスカウトしてくれ。あと、なるべく痛くないように死ねますようにぼよん。


「なんだぼよんって!?」

「ボクにツッコまれても。なんか柔らかいものにぶつかって止まったモん」

「落ち葉のクッションでもあったのか。それにしてはワンコロの姿が見えないがどこに行った?」

「下、下。下を見るモん」

「うわぁおっ!!」


 がうぅぅぅがぅぅわんがぅ。


 ネコウサに言われて俺は下を見た。そこには俺に飛びかかろうとする何匹ものワンコロがいた。しかし、そのキバは俺には届かない。ワンコロ共はこの半透明の膜の下だ。


「あぁ、びっくりした。ネコウサ、魔法を使ったな」

「ボクじゃないモん。これはお主が出した結界だと思うモん」

「結界? 俺にそんな起用なことができるはずはないが」

「落ちる瞬間、なんて言ったか覚えてるモん?」


「えっと、なんだっけ。咄嗟のことだからはっきりとは。そうだ、うんこをするために、こんなところでケツ出せるか、とかなんとか言ってるうちに落ちたような」

「きっとそれだモん。それが呪文だったモん」


「俺は魔法使いになっていたのか」

「それより、ちょっと離れたとこにいた1匹がこっちに飛びかかろうとしているモん! この高さだときっと届いちゃうモん」


 俺の結界? だかなんだかは、ほぼ2メートル立方の直方体で、真下にいたワンコロたちを閉じ込めて、しかも落下する俺たちを受け止めてくれたのだった。


 しかし安心するのはまだ早かった。次の危機が迫っていたのだ。


「敵は1匹か。それならお前をおとりにしてそのスキに」

「その発想から離れろと言ってるモん。いま結界でこいつらを閉じ込めたばかりではないか」

「そ、そうか。あいつも閉じ込めればいいのか」


「そうだモん。早くさっきの魔法を」

「えっと、なんて言えばいいんだ?」

「落ちるときに言ったセリフの中に呪文があったモん。それを言うだけで良いモん」


「さっき落ちるときに言ったセリフはずいぶんあるんだが、そのどれだ?」

「それらしいのはひとつしかなかったモん。もうやつはすぐそこにいる早く唱えるモん!!」

「よ、よし、分かった。きっとこれだ」


「こんなところで!!」


 しーん。


 あれ? 発動しないぞ? 違うのか。


「お主はバカじゃないのか?」

「なんだと、眷属の分際で……っていま言ったの誰?」

「結界魔法だからケツでいいであろうが」

「そ、そうか。それもそうだな」


 ケツっ!!


 きゅいん。きゃるるるる、ぎゃぎゃぎゃぁ


「ふう、うまくいった。で、今の声はいったい?」

「ふぅじゃないモん。ボクも一緒に閉じ込めてどうするモん。早く出すモん。なんか戦いを挑まれてるモん。痛い痛い、このこのこ、この野郎めガブッ」

「ぎゃんぎゃんぎゅるるるるがぁぁぎゅる」


 狭い入れ物の中で小動物が組んずほぐれつする様は、ちょっと可愛いものがあるな。あ、そうだ、大事なことを忘れていた。


「早くなんとかする……どこに行くモん!!」

「ちょっと、その木の影でうんこしてくる」

「まったく、人間とは不便な生き物モん」

「がうがうがう(まったくだ)」


「さて、スッキリしゃっきりしたところで、お前らの処遇だが」

「なんでもいいから早くここから出して欲しいモん」

「うむ、出し方が分からん。しかしこれ、結界を作った位置で固定される……おっ、簡単に動かせるじゃないか、ほれほれ、くるくるくる、おお、回すこともできるのか、これ。くるくるくる」


「こ、こらっ、回すな、目が、目が、回るぅぅぅあぁぁ」

「ぐるぐるぐる、ごろごろごろごろ」


 なんか楽しい。もうちょっとだけやってみよう、くるくるくる。


「意味のないこと止めろ!!! ぼかっ!」

「痛いっ! 誰、いま叩いたやつ?」

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