012 消えた二人



 放課後、病院から電話が掛かってきて琴菜が死んだことを伝えられた。

 すぐに病院に行きますと答えてから、俺は電話を切った。

 だが、俺は病院に行く気はなかった。

 行ったとしても琴菜が生き返ることはないし、状況はなにも変わらないと分かっている。

 ならば、この渚鈴葉の体で朝比奈海斗の状況を確認しておくことの方が大切だと思った。

 屋上から落下して死んでいるのか、それともギリギリ生きているのか……。


 俺は屋上へと足を運んだ。

 屋上の鉄扉は鍵がかかっているため外に出られない。

 しかし、この固く閉ざされた鉄扉がもうすぐ開くことを俺は知っている。

 俺は鉄扉の前で優太が来るのを静かに待った。


「あ、渚さん。なんで、こんなところに?」


 優太は俺を見ると驚いていた。

 まさかこんなところに誰かがいるとは思っていなかったようだ。


「屋上で気分転換をしようと思ってさ。でも鍵が閉まってるみたい」

「……そっか、じゃあ開けてあげようか? ちょうど僕も屋上に用があるからさ」

「え? まさか鍵を持ってるか?」


 俺はわざとらしく訊いた。

 優太が鍵を持っていないことを俺は知っているが、渚鈴葉は知らない。


「いや、鍵は持ってない。だけど開ける力はある。危ないから少し下がってて」


 優太は鉄扉の前に立つと、少し腰を落として構えた。

 そして、気合とともに拳を突き出した。

 ドガンッと激しい音がなったかと思うと鉄扉が大きくへこんでいた。

 優太は歪んだ鉄扉を引き抜くと、それを床に投げ捨てだ。


「……すごっ」

「どう? 驚いた?」


 優太は得意げな笑顔を浮かべた。


「人間業じゃないな」

「すごいでしょ? この力は先輩がくれたんだ」


 優太は嬉しそうに自分の拳を見つめた。

 まるで初めて買ってもらったおもちゃを喜ぶ子供のようだ。

 自分の手に入れた力に陶酔している。


「……武藤か」

「あれ? 知ってるの? 先輩」


 俺が先輩の名前を言い当てると優太は驚いた表情を浮かべた。


「武藤から全部聞いた。これから優太が屋上で何をするかも、だいたい分かってる」

「……そう、良かった」


「その力で不良をとっちめないのか?

 そのために力をもらったんじゃなのか? それなのに……」


 ……なぜ屋上から身を投げるのか? お前はそれで良いのか?


「……そうだね。もしまたそんな機会に遭遇すれば、力を使うかもしれない。

 だけど、その機会はもうないと思う。

 それに力を手に入れたら、なんだか満足しちゃったんだよね。

 たとえば、欲しいおもちゃがあるとするでしょ。

 おもちゃを手に入れる前は、喉から手が出るほど欲しい。もし手に入れたら一生大切にするって思うけど。

 いざ手に入れると、あれ? なんでそんなに欲しいって思ったのかなって急に熱が冷める。そんな感じ」


 優太は自分の想いを吐露した。

 力を持つことに満足しており、力を使うことにあまり興味はないらしい。

 買ったおもちゃを大切に保管するタイプ。

 暴れまわるよりは断然マシだ。


「そうか、もう良いんだな」

「うん、ありがとう。気を使ってくれて」


 優太は笑うと屋上へと歩み出た。俺もそれに続く。

 薄暗い場所から明るい場所へ急に出たため、一瞬だけめまいがした。

 しばらく優太と並んで空を見つめていると、どこからか琴菜がひょっこりと現れた。


「あ、噂の幽霊だ。やっぱり渚さんにそっくりだね。

 それが先輩から貰った力? ドッペルゲンガー的なヤツ?」


 優太は琴菜の幽霊を俺の能力だと勘違いしているようだった。


「いや、この子は妹の琴菜。私たち双子なんだ」

「……こんにちは」


 俺が紹介すると、琴菜は小さくあいさつをした。


「あ、そうなんだ。渚さんって双子だったんだ。知らなかった。

 僕は渚さん、じゃなくて鈴葉さんのクラスメイトの桜木優太。よろしくね」


 優太は俺と琴菜を見比べて、ホントにそっくりだなーと言葉を漏らしていた。


「琴菜はずっと入院してて……。今は武藤の力で霊体になってる」

「妹さんが力をもらったってことは、もしかして渚さんが選ばれし三人のうちの一人?」

「ま、そうなるね。優太のお姉さんと一緒の立場ってこと」

「そう、じゃあ、妹さんは……」


 優太は琴菜の死を察して、寂しそうな表情を浮かべた。


「ねえ鈴葉。私の体、前よりも薄くなってない?」


 琴菜は自分の体を見回してそんなことを言った。

 たしかに昼休みの時より存在感が薄くなったように感じる。


「それは本体が死んだからだと思う。さっき病院から連絡があった」

「そう。じゃあ、じきに私は消えるんだね」


 琴菜は当たり前のように自分の死を受けれていた。


「渚さん、妹さんはもう?」

「お察しの通り、琴菜はもう死んでる。霊体の方も長くはないと思う。今はアディショナルタイムって感じかな」

「そうなんだ。じゃあ僕も頑張らないと。妹さんの死を無駄にしないためにも」


 優太は気合を入れた。やはり飛び降りは怖いのだろう。

 初めて優太と出会ったときは正気を失っているように感じたが、実はまともで恐怖に打ち勝つために、わぜと演じていたのかもしれない。

 そして、優太はスマホを取り出すとなにやら操作を始める。


「今、姉ちゃんにメッセージを送った。

 たぶん、すぐにここへ来ると思う。

 二人はどうする? 見学していく?」


 優太はスマホをポケットにしまいながら、そう訊いてきた。


「見届けるよ。だけど邪魔をしたくないから隠れてる」

「そう、わかった」


 優太はうなずくと、俺たちから視線を外して空を見上げた。

 俺と琴菜は屋上の出入り口付近の物陰に移動して、身を隠した。

 少しすると、桜木ひなたと朝比奈海斗が屋上へやってきた。

 二人は優太に注目しているため、物陰に隠れてる俺たちにはまったく気づく様子はない。

 俺たちは二人の背中越しに優太を見つめた。


 優太たちは少しの間、言葉を交わす。

 二人が懸命に説得するが優太はそれを聞き入れない。

 優太がフェンスを怪力で引っこ抜き、飛び降りる準備をする。

 そして優太が落ちる。

 桜木ひなたが身を乗り出して止めようとするも間に合わず、続くように落下。

 そんな桜木ひなたを朝比奈海斗が掴むも、支えきれずに道連れになった。


「…………」

「…………」


 俺と琴菜は言葉を失っていた。

 自分が落下するのは嫌だ。だが誰かが落下するの見るのも同じくらい嫌な気分になる。


「ふ、二人も一緒に……」


 琴菜がかすれるような声でつぶやいた。

 優太が落ちることは予想していたが、桜木ひなたと朝比奈海斗は予想していなかったようだ。

 三人が落下すると初めから分かっていた俺でさえショックを受けている。

 琴菜のショックは間違いなく俺よりも大きいだろう。


「まさか二人も落ちるなんて……」


 俺は知らないフリをして琴菜に合わせた。

 この時の渚鈴葉は、二人が落ちることを知らない。

 未来を知っているのは中身が同じ時間を何度もループしている俺だからだ。

 俺と琴菜はフェンスが外された屋上のふちに移動した。

 そして、恐る恐る下を覗く。


「…………」


 コンクリートの地面には血が飛び散っており、一人の男子生徒が倒れていた。

 悲惨な光景を見て、俺はすぐに目を背けた。

 しかし、隣の琴菜はそのままじっと下をのぞき込んでいる。


「……琴菜、もう良いよ」


 なんとなく琴菜には惨状を見てほしくないと思った。

 俺が止めるも、なぜか琴菜は下を見続ける。

 そして、ぽつりと不思議なことをつぶやいた。


「……おかしい」

「おかしいって、何が?」


 俺は下を見ないように、琴菜に訊いた。


「三人落ちたのに、一人しかいない」

「――えっ?」


 俺ははっとした。

 ショッキングな光景に動揺して当たり前の異変に気付けなかった。

 再び下を覗く。そこには一人の男子学生しか倒れていない。

 おそらく倒れているのは桜木優太だ。桜木ひなたと朝比奈海斗の姿がない。

 一体、二人はどこに消えた?


「下に行こう」


 俺たちは屋上を後にした。

 早足で現場に向かっている最中、途中の廊下で天音綾花と出くわした。


「あ、渚さん。部屋にいないから探してたんだよ。

 他のみんなもどこにいるんだろ? これから儀式をやるっていうのに……」


「ごめんなさい。いろいろと用事があって……」


 儀式のことをすっかり忘れていた。

 武藤いわく魔導書は魔王の差し金。儀式を行っても世界は救われない。

 それに桜木ひなたと朝比奈海斗が落下した今、儀式を行うこと自体が難しい。


「そうなんだ。ま、いいけど……それで、その隣の子は? 渚さんにそっくりだね。

 体も透けてるし、もしかして例の幽霊?」


 綾花が興味深げに琴菜を見ていた。


「あ、はい、双子の妹の琴菜です。見ての通り今は幽霊ですね」

「……こんにちは、渚琴菜です」

「私は二年の天音綾花。……あ、ちょっと待って」


 軽い挨拶を交わすと、綾花は肩にかけた小さな鞄から魔導書を取り出した。

 おそらく魔導書と会話をしているのだろう。


「天音先輩は魔導書と会話ができる」

「あれが噂の……」


 琴菜は訝しげに魔導書を見つめた。

 武藤からは魔王の手下だと言われている魔導書。いわゆる敵側だ。


「……琴菜さんからは魔王の気配を感じるってジルニトラが言ってるんだけど?」


 魔導書との会話を終えた綾花が、言いづらそうに口を開いた。

 琴菜は武藤勇者の力で能力を覚醒した。その残滓を魔導書が感じ取ったのだろう。

 綾花は魔導書が勇者の仲間で、武藤を魔王の仲間だと思い込んでいる。

 ……さて、どう伝えるべきか。


「何かの気配を感じるのであれば、それは魔王じゃないと思います」


 俺が言葉を選んでいる間に、琴菜が答えていた。


「魔王じゃない? では何?」

「勇者です。私は勇者の力によって、力を覚醒させました」

「え? 勇者? でもジルニトラが……」


 綾花は琴菜の言葉に困惑している。

 今まで魔導書を勇者側と思い込んでおり、それを琴菜が真っ向から否定したのだから当然だ。


「言いづらいんですけど、その魔導書こそが魔王の手下なんです。

 天音さんはずっと騙されていたんです」


「あなたは、何を言って……」


 綾花は衝撃の事実をつきつけられて、言葉を失った。

 直後、鞄に入っていた魔導書が光り出して空中に浮かび上がった。


「ジルニトラ、何を?

『この二人は魔王の洗脳を受けている。危険なため一時的に拘束する』

 ……分かった。ごめんね、二人とも。ジルニトラがそう言ってるから」


 綾花が魔導書の言葉を通訳してくれて、何をしようとしているのかが理解できた。


「『戒めの鎖。彼の者を拘束せよ。チェーンバインド』」


 光る魔導書を手に、綾花が呪文を唱えた。

 魔導書の前には光の魔法陣が描かれ始める。


「やばい、逃げるぞ琴菜!」

「う、うん!」


 俺と琴菜は、その場から急いで逃げ出した。

 振り返って様子を伺うと、ちょうど魔法陣が完成したところだった。

 魔法陣からは無数の光の鎖が生える。それが俺たちを捕まえようと意志を持って迫ってきた。


「きゃあ!」


 すぐ後ろで琴菜の悲鳴が聞こえた。

 琴菜は光の鎖に捕まり、身動きが取れなくなっていた。

 一瞬、助けに向かおうと思ったがやめた。俺ではきっと助けられない。


「琴菜! くそっ」


 俺は廊下を曲がり、階段をジャンプで一気に飛び降りる。


 ……やばっ、これちょっと高いぞ。


 そう覚悟を決めた瞬間。

 空中で光の鎖に拘束され視界を奪われ、そのまま意識を消失した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る