011 選択
昼休み、俺は待ち合わせ場所の裏庭に向かった。
俺が行くと、すでに武藤と幽霊の琴菜が待っていた。
「鈴葉、私のことが見える? どう、すごいでしょ? スケスケ~」
琴菜は無邪気に半透明の体でくるりと回った。
幽霊は見える人、見えない人、声が聞こえる人、聞こえない人と認識に違いがある。
もちろん俺は琴菜の姿が見えるし、声も聞こえている。
「学校に通いたいなら幽霊じゃなくて、自分の体で。
手術を受けて健康になってからでいいのに……」
健康な体にならなければ、根本的な問題の解決にはならない。
幽霊の体では自分の机は与えられないし、ましてや友達もできない。
本質的に学校へ通っているとは言えない。
幽霊になって学校の敷地内に入っても、ただ虚しいだけだ。
しかし、残念なことに学校に通っていない琴菜にはそれが分からないのだ。
「宝くじが当たってたら手術を受けるよ。
そういえば、もう結果は出てるかな? 鈴葉は知ってる?」
半透明の琴菜が呑気に訊いてきた。
もう結果なんでどうでも良い、そんな雰囲気を琴菜から感じた。
……俺の勘違いだろうか?
「結果は確認したよ。二枚ともハズレだった」
俺は誤魔化さずに正直に答えた。変に希望を与えても良くない。
「……二枚とも? あれ? 私のは分かるけど、どうして朝比奈先輩の番号まで鈴葉が知ってるの?」
琴菜はショックを受けるかと思いきや、俺の言葉の違和感を指摘してきた。
「え? ああ、今日廊下ですれ違ったときに、見せてもらったんだよ先輩に」
俺はそれらしい嘘をついて誤魔化した。
渚の中身が朝比奈海斗ということは極秘事項だ。
それに武藤が異世界人だったと分かった今、ヘタなことは言えない。
まだ敵か味方か、判断がついていないのだから……。
「そっか、良かったハズレてて……」
なぜか琴菜は胸をなで下ろしていた。
「どうして? 普通は残念だって思うんじゃないの?」
俺は意味が理解できず、琴菜に質問した。
やはり手術を受けるのが怖いのだろうか?
「もし当たってたら未練になるから……」
琴菜の言葉に嫌な予感を覚えた。
それは屋上で優太と対峙したときの感覚に似ている。
「……未練って何?」
「もっとこの世界で生きたいって思うことだよ」
「それはつまり……。今はもう生きたいと思ってないってこと?」
「…………」
琴菜は答えなかったが、否定しないことが肯定だと物語っていた。
よく分からないが琴菜は自分が死ぬことを受け入れている。
「鈴葉、信じられないかもしれないけど、武藤さんは異世界人なんだよ。本物の!
私にこの力をくれたのが何よりの証拠。
力をくれる代わりに約束をしたの。武藤さんの異世界を救う協力をするって」
琴菜は自分の正しさを証明するように語った。
「武藤が異世界人だってことは信じるし、その異世界を救おうとしてるのも分かった。
だけど、それと琴菜が死ぬことになんの意味がある?」
「それについては俺から説明しよう」
黙って話を聞いていた武藤が一歩前に出た。
「俺は異世界ヴェラルクスからやってきた勇者アーサー。
俺の世界は今、魔王ヨルギスによって滅亡の危機にある。
俺は世界を救うために魔王と戦った。
しかし、魔王の力は予想以上に強大で倒すことができなかった」
武藤は悔しそうに唇をかみしめた。
その気持ちは俺にも理解できた。
なぜなら俺は勇者アーサーとなって戦った夢を見ていたから、敗北する悔しさは知っている。
「俺は戦いに敗れ、そして殺された。
だが俺には力があった。それは魂を回帰させ時間を巻き戻る能力。
俺は魔王に戦いを挑んだ以前の時間に戻って、やり直すことにした。
そして、また魔王に戦いを挑んだ。
何十回と繰り返し戦ったがすべて敗北。勝てる見込みは一切なし。
だから、秘術を使うことにした。
その秘術とは、異世界の強力な力を持つ魂を回収し、自身の力にするというもの。
俺は自分の魂を異世界に飛ばし、この男の体を依り代にした。
そこで強力な力を持つ三人を見つけた」
「桜庭ひなた、渚鈴葉、神崎仁。この三人か?」
俺はなんとなく三人の名前を挙げた。
「その通り。その三人の魂を回収できれば、俺は魔王を打ち倒すだけの力を得ることができる」
「なら、琴菜は関係ないんじゃないか?」
琴菜は三人に含まれていないのだから。
「魂の回収には重量制限に似たものがある。
三つの魂をそのままの状態で持ち帰ることはできない。
だから、魂を軽くする必要があった。
その方法は世界との繋がり、未練を絶つこと。
対象のもっとも親しい人物の死を見せることで、魂を強制的に軽くすることができる。
渚鈴葉の魂の回収には、渚琴菜の死が必要なんだ」
「……そういうことか。だから桜木優太は……」
桜木優太の死は、桜木ひなたの魂の回収に必要だった。
だから武藤が優太に力を与え、自殺するように誘導した。
なるほど合点がいった。
「そう、桜木優太も俺の協力をしてくれることになっている。
……放課後、桜木優太は死ぬ」
あっさりと武藤は自分の犯行だと認めた。
俺がこうなってるのも全部こいつの所為だ。
こいつが落下事故を引き起こした犯人。すべての黒幕。
「つまり、お前は自分の世界を救うために、人殺しをしているってことだよな。
それが勇者のやることか?」
俺は武藤をにらみつけた。
「ああ、そうだ。この世界の数人の命をささげることで、俺の世界が救えるなら安いものだろう。
もしかしてお前はこう言いたいのか?
『この世界の人間は、お前の世界の人間よりも価値があるから殺すのは間違っている』と?
命に順位付けをして、助ける人間と切り捨てる人間を選ぶ。それは独裁者の考えだ。
ましてや、この国は民主主義だろう。
感情に流されて短絡的な考えをしているのはお前だ。
俺は一人の姫を守る勇者ではなく、世界を守る勇者なんだよ」
「…………」
武藤の言う通り、俺は桜木ひなたや渚鈴葉に感情移入をしている。
二人の大切な人には死んでほしくないと心から思う。
それと同時に武藤の事情も理解して何も言葉がでなかった。
これはトロッコ問題だ。正解はない。
少数を犠牲にして多数を助けるか。何もせず多数を見殺しにするか。究極の二択。
「お前の言い分も分かる。
この世界の人間に俺の世界を救う義理はないってことぐらいは……。
それを俺が無理やりに手伝わせている。……すまない」
武藤は頭を下げた。
「武藤さん……」
隣に立つ琴菜が武藤に同情的な瞳を向けた。
「……琴菜は、それで良いのか?」
俺は最後に琴菜の気持ちを確認する。
「うん、ただ病院で寝ているよりは、誰かの役に立ちたいから……」
「そっか……」
俺は考える。
渚鈴葉だったら、この後にどんな行動を取るだろうか?
武藤に協力をするか、それとも武藤の邪魔をするか。
俺は勇者アーサーの夢を見たことがあるから、直感的に武藤が本物だと分かる。
しかし、渚鈴葉は異世界の夢を見たことがない。
それに光の儀式をすれば、犠牲はいらないのではないか? と考えるはずだ。
「武藤、一つ質問して良いか?」
「なんだ」
「私たちは今日の放課後に光の儀式をする予定になっている。
それじゃ、世界は救えないのか?」
「……ああ、天音綾花の所持している魔導書が言っているやつか。
アレからは魔王の気配を感じる。おそらく罠だ。
何かしらの方法で俺の後を追ってきたのだろう。俺の邪魔をするために。
儀式をしたところで、俺の世界が救われることはない」
武藤は断言した。
「魔導書の方が勇者で。反対にお前が魔王の手下という可能性もあるよな?」
「先にコンタクトを取ったのは魔導書の方。俺を疑うのも当然か。
こればかりは信じてもらうしかない」
「魔導書が言う光の儀式をやってからじゃダメなのか?」
「ダメだ。罠だった場合、取り返しがつかない。
みすみすと三人の力を奪われるわけにはいかない。
そうなればすべてが終わりだ」
……どうやら、ここで決断するしかないようだ。
「琴菜はこいつを信じるのか?
お前を公園に呼び出しておいて、すっぽかした奴だよな? ゼロカロリーって」
「公園に呼び出したのは、私が急死してもおかしくない状況を作るためだと思う。
それは病院への配慮か、自己保身かは分からない。
学校帰りの学生を見せつけることで、私に学校へ行きたいという願いを抱かせ。
その願いを叶える代わりに協力するよう誘導したのかもしれない。
たぶん武藤さんは他にも色々とヒドイことをしていると思う。
だけど、武藤さんは自分の世界を救うために必死だった。
直接的に人を殺さないのは、その体の持ち主への最低限の敬意なんじゃないかな?
だって有無を言わせず、私を殺せば済む話でしょ?」
琴菜は琴菜なりに色々と考えていたようだ。
たしかに武藤の行動は、まどろっこしいところがある。
それが儀式の制約か、それとも自分自身の理念かは不明だが……。
琴菜の言い分にも一理ある。
さて、ここまでくればオリジナルの渚鈴葉も決断するだろう。
渚鈴葉が武藤を信じても違和感がないような会話の流れを作り終えた俺はゆっくりとうなずく。
「そこまで言うのなら、私も武藤を信じる」
俺がそう言うと武藤と琴菜は表情をやわらげた。
「結論が出たな。ならば渚琴菜には死んでもらう。
ちょうど良いことに今、渚琴菜の魂は肉体と分離している。
この繋がりを切れば自然と渚琴菜は死ぬ。……良いな?」
武藤は琴菜に確認する。それに琴菜は無言でうなずいた。
琴菜から生えていてた一本の糸のようなものを武藤は手刀で切った。
「あれ、なんともない?」
琴菜は半透明の自分の体を見回して呟いた。
「これで渚琴菜の本体は数時間後に死ぬ。
本体が死んでも、霊体はすぐには消えず数時間は持つだろう」
「そうなんだ。それじゃあ、もう少し学校を探検してようっと」
琴菜は納得すると、ふわふわと校舎の中に入っていった。
「あとで、お前の魂を回収させてもらう。放課後は学校に残っててくれ」
そう言い残すと武藤も裏庭から去っていった。
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