008 妹
放課後、優太と美咲は別々に教室を出ていった。
二人は付き合っており、これからデートをする予定だ。
そのことを知ってるのは俺しかいない。なぜなら他のクラスメイトたちには秘密にしているから。
どうして付き合っているのを隠しているのは分からない。
恥ずかしいと言っていたが、からかわれるのが嫌なのだろうか?
小中学生ならば間違いなく周りがはやし立てる。
しかし高校生ぐらいになれば、そこまでだろう。他にカップルなんてたくさんいるし、珍しくもない。
おそらく二人は別々に帰ったフリをして、どこかで合流するつもりなのだろう。
そのデートの最中にトラブルが発生して、優太が美咲を置いて一人で逃げてしまう。
それが原因で謎の先輩につけこまれ、屋上から落ちることを優太が選択する。
一体、どんなトラブルが発生するのか、できれば確かめておきたい。
そんなわけで、俺は優太を尾行することにした。
気づかれない程度の距離をとって、俺は優太を追いかける。
同じ電車に乗って、繁華街がある駅で降りた。
そして改札口付近で、優太と美咲は合流した。
二人は並んで歩き始める。
よし、と俺が意気込んだところで、いきなりスマホに電話が掛かってきた。
俺は通話をオンにして電話に出る。
「はい、渚鈴葉です」
その電話は病院の看護師からだった。
どうやら渚鈴葉には
院内は探せるけど院外は難しいので、俺に外を探して欲しいという依頼の電話だった。
さらに24時間以内に発見できなかった場合は、警察に届出を行うとも言われた。
電話の最中、俺は状況が分からずに混乱していた。
ただただ看護師に不審がられないように話を合わせることに全力を注いだ。そしてなんとか電話を乗り切った。
深いため息を吐いて、自分を落ち着かせる。
それにしても渚に妹がいたなんて初耳だ。
このタイミングで病室からいなくなったのも驚いたが……。
思い返すとオリジナルの渚は、キョロキョロと何かを探している様子だった。
俺は財布でも落としたのかと思ったが、どうやらアレは病院を抜け出した妹を探していたようだ。
俺としては優太と美咲の尾行を続けたいのだが、妹の捜索をしないわけにはいかない。
渚もきっと妹の捜索を優先したはずだ。
しかし、俺は妹の顔が分からない。
「……そうだ。スマホに妹の写真があるかも! 確認しよう」
俺は心の中で渚に謝罪してから、スマホの中の写真フォルダを開いた。
ちょうど渚と妹の二人が写っている写真を見つけた。
そこで、またも俺は驚愕する。
渚鈴葉とその妹の琴菜は、まったく同じ顔をしている。
――つまり双子だ。
俺は琴菜を探して街を歩き回った。
すると、同じ学校の制服を着た男子生徒を見つけた。
もしや優太か、と思ったが違った。
「……なんだ武藤か」
肩を落としたところで、視界が一瞬だけゆがむ。
そして、先ほどまでとは別の場所に俺は立っていた。
「え、なんだ?」
俺は混乱する。しかしすぐに事態を把握した。
これは短期ループだ。スマホの時計も巻き戻っている。
オリジナルの出来事を再現できなかった場合に起きる謎の現象。
俺が桜木さんだった時に何回も発生したアレだ。
あの時は朝比奈海斗が部屋から去るのを引き留めなかった時に発生していた。
「あっ!」
俺は思い出す。
琴菜探しに夢中になっていたが、俺には他にもやらなければならないことがあった。
それは朝比奈海斗と出会って、透視能力を披露すること。
オリジナルの渚がやったことを俺がやらなかったから、短期ループが発生したのだ。
琴菜探しを一旦保留して、先に朝比奈海斗のイベントをクリアしよう。
「よお、渚だっけ? 偶然だな、お前も買い物か?」
前から歩いてきた朝比奈海斗が声を掛けてきた。
「こんにちは、アーサー先輩」
無事にエンカウントが成功して、自然と笑顔がこぼれた。
「……アーサー。そう、俺が勇者アーサーだ!
異世界の俺が魔王を倒せるように、儀式を頑張ってくれたまえ」
「……うわぁ、恥ずかしい」
ノリノリで答える朝比奈海斗を見て、逆に恥ずかしくなった。
「うわぁってなんだよ。せっかくノリを合わせたのに、ひでーなー。
お前だって異世界の存在を信じてる。だから儀式に参加するんだろ?」
「まあ、そうですね……」
「それにしても、自分とは無関係の異世界を救ってくれるなんて、渚は良い奴だな」
「…………」
朝比奈海斗に褒められて、なんだかむず痒い気持ちになった。
まるで自画自賛しているような不思議な感覚になる。
「ああ、そうだ。質問があるんだけど、ちょっと良いか?」
「ダメです。今忙しいんです」
俺は拒否する。この時の渚は妹の捜索をしているのだ。
わざとらしく辺りをキョロキョロと見回した。
「もしかして財布でも落としたのか、なら一緒に探すぞ。どんな財布だ?」
「大丈夫です。所持金が『むなしい』じゃなくて。
所持金が6741円のアーサー先輩」
俺はドヤ顔で決めゼリフを言った。
この言葉が渚の透視能力の披露のトリガーになる。
「もしかして、予言か?」
朝比奈海斗がまさかといったような顔で驚いている。
そして、
「ここで俺が財布の中身を確認しなかったら、その予言は外れるな」
悔し紛れの悪あがきを口にしていた。
「予言じゃないですよ。私は見たままのことを口にしただけですから」
渚の本来の能力は透視能力だ。
しかし、俺がその能力を再現している今の行為は、予言とも言えなくはない。
なんせ俺は未来の出来事を知っており、その情報で透視能力があると見せかけているのだから。
「え? 予言じゃないのか? まあ面白そうだし、ちょっと確認してみようかな……」
朝比奈海斗は財布の中身を確認した。
「どうですか? 当たってました?」
「……当たってる。ってことは、渚も超能力者ってことなんだよな?」
渚の能力を知りたい朝比奈海斗は目を輝かせていた。
その期待に満ちたキラキラの瞳。それが今の俺には眩しく感じた。
この時の朝比奈海斗はこれから起こる困難を何も知らない幸せいっぱいの能天気ヤロウなのだ。
自分に秘められた力があり、それが何なんかを知りたくて街をぶらついている。
……きっと今の俺は、目の前の朝比奈海斗とは違って瞳の輝きを失っている。
「ふふふ、知りたいですか? なら今度、おいしいものでも奢ってください」
「ああ、分かった。でも、あんまり値の張るのは無理だからな」
「はいはい、わかってます。それこそ本当に財布の中身がむなしくなっちゃいますからね」
「ははは、それは助かる。それで?」
朝比奈海斗は早く能力が知りたいようで前のめりになっていた。
「私の能力は、透視能力です」
「……透視能力。クレアボヤンスか」
「物を透過して見ることができる能力です」
「つまり、俺のズボンや財布を透過して中身を見たってわけか」
「はい、そうです」
予定通りに渚の能力を再現できて、俺はほっとしていた。
「ということは、今も俺の裸を見てるってことか」
朝比奈海斗は両手で自分の股間を覆った。
「……ほほう、ふむふむ」
俺は朝比奈海斗の股間に熱視線を送った。
「おい、どこを見てやがる」
朝比奈海斗は股間を隠したまま、体をくねらせた。
後輩に股間を凝視され恥ずかしがる朝比奈海斗を傍から見ていたら、なんだか俺の方が恥ずかしくなってしまった。
「安心してください。先輩の体に興味はありませんので」
「めちゃくちゃ凝視しておいて、よくそんなセリフが吐けるな」
「先輩を少しからかっただけです。本気にしないでください」
朝比奈海斗の体なんて、毎日見ているし見飽きている。
ループ前の渚がやっていたから、俺もやったに過ぎない。
「では私は用事があるので、これで失礼します」
そう言って俺は早足に去っていった。
朝比奈海斗から見えない位置にやってきて、一息つく。
短期ループが発生していないということは、再現に成功したということだろう。
さて琴菜を探そうかと思った矢先に、優太と美咲が目の端に入った。
「琴菜を探すついでに尾行する。いや、この場合は尾行のついでに琴菜を探すか?
まあ、どっちでもいいけど」
というわけで、優太と美咲の後を付けることにした。
俺は二人に気付かれない適切な距離を取って尾行する。
二人は恋人らしく手を繋いで楽しそうにデートを楽しんでいるように見える。
しばらくして二人は大通りを外れて、ちょっとした裏道に入っていった。
それを追いかけるように三人組の男たちも裏道に入っていく。
俺は物陰から様子を伺った。
「ねえ、そこのカップルさん。幸せそうだね。
俺たちにも、その幸せを分けてほしーなー」
金髪の男が優太と美咲に声を掛けた。
「何か用ですか?」
優太たちが立ち止まると、男たちは周りを囲んだ。
「だーかーらー。幸せを分けて欲しいって言ってんの」
「意味が分かりません。……がはっ」
きっぱりと言い放った優太の腹に、金髪の蹴りが直撃した。
優太は腹を抱えて、うずくまった。
「優太、大丈夫?」
美咲は心配そうに優太の傍に屈む。
「これで分かってくれたかな?」
三人の男たちはギャハハと下品に笑った。
「それじゃあ、財布の中身を全部出してくれるかな?」
「ほんとにすみません、許してください。すみません、ごめんなさい。お金は持ってません」
優太は男たちのむちゃくちゃな要求にただただ謝り続けた。
「何度も言わすんじゃねえよ。いいからさっさと出せ」
「――美咲、逃げるよ!」
優太は立ち上がると、美咲の手を引いて走り出した。
「おっと。逃がさねえよ」
金髪が美咲の手首を掴んで引き留めた。
美咲は優太と男の両方から引っ張られて悲鳴を上げる。
「痛い! 離して!」
美咲の悲鳴を聞いて、優太は美咲の手を放した。
結果、美咲は男たちに捕まってしまう。
「優太、助けて!」
「……ごめん」
優太は助けを求める美咲を残して、一人で逃げ出した。
影から見ていた俺の元に、優太が全力で走ってくる。
気付かずに通り過ぎようとするので、俺は優太の腕を掴んで引き留めた。
「優太、一人で逃げるのか?」
「な、なんで渚さんが……」
「このまま美咲を置いて逃げていいのか? きっと後悔するぞ」
俺は演技することを忘れて優太に問いかけていた。
「良いわけない! でも相手は三人なんだ。僕一人じゃどうしようもない。僕には無理だ。
美咲を助けたいなら、渚さんが自分で助ければ良いだろ。できるんならね」
「……ああ、わかった。そうするよ」
売り言葉に買い言葉で、つい俺はそう言ってしまった。
優太がきょとんとした表情で俺を見つめていた。
言ってしまった手前、行動せざるをえない。
それに短期ループも発生してないし。
俺は男たちの方に向かって歩き始める。
優太は俺の背中をしばらく見つめた後、その場を走り去っていった。
心のどこかで、優太が心を入れ替えてくれるかもと期待したが、期待通りにはならなかった。
「あなた達、カツアゲなんて、みっともないマネはやめなさい」
俺は不良達を睨み付けて、そう言い放った。
「なんで、鈴葉が……」
美咲が俺を見て驚いていた。
「カツアゲじゃねえよ。ただお話ししてるだけだよ。なあ?」
男が美咲に同意を求めるが、美咲はうつむいて返事をしない。
さてどうやって美咲を助けるか。殴り合ってもまず勝てない。ここははったりしかない。
「社会のゴミは、さっさと消えなさい。もうすぐ警察が来るからね」
「クソがきが下手な嘘を付きやがって、これは少しお仕置きが必要だな」
不良が近づいてきて、手を振り上げる。
渚のミニマムな体で男に殴られたら、数メートルは吹き飛ぶに違いない。
俺は恐怖で身をすくめた。
「…………」
しかし、いつまで経っても殴られることはなかった。
恐る恐る顔を上げると、
「レディに手を挙げるとは、紳士的ではありませんね」
金髪の手を掴んだ神崎が目の前に立っていた。
「なんだてめぇ? うぜえな。おい、お前らやるぞ」
手を掴まれた金髪が後ろを振り返ると、二人の男はすでに地面に倒れていた。
そして、二人の男を踏みつけるように神崎の妹、詩季が仁王立ちをしていた。
詩季が男二人を倒したのだ。さすがはキャットテールの中の人。
ヒーローは伊達じゃない!
「まだやりますか?」
神崎が笑顔で男に問いかける。
「悪かったよ。俺たちの負けだ。勘弁してくれ」
戦意喪失した金髪が両手を挙げて、敗北を宣言した。
金髪は倒れている二人を起こすと、早足で逃げ去っていった。
「あ、あの助けて頂いてありがとうございます。本当に助かりました」
美咲が神崎兄に頭を下げてお礼の言葉を言った。
「無事でなによりです。
それにしても、同じ学校の生徒が不良に絡まれているところに偶然、通りかかるとは思いませんでした」
「偶然?」
俺の口から自然と言葉が漏れた。
神崎は未来予知の能力者だ。この場に現れたことが偶然には思えなかった。
「渚さん、なんですか?」
神崎が俺に笑顔を向けた。
その笑顔からは、部外者がいるところで能力の話をするなという無言の圧を感じた。
俺は神崎の能力を知っていたが、この時の渚が神崎の能力を把握していたかは不明だ。
「いや、なんでもないです。本当に助かりました神崎先輩」
「え? もしかして鈴葉の知り合いなの?」
美咲が驚きの声を上げた。
「ええ、まあ、ちょっとした知り合いだね」
神崎兄とは知り合いだが、詩季とはおそらく初めまして。
「ふーん、そうなんだ……」
「そんなことより美咲。優太を追いかけなくていいの?」
「え? ……なんで私が追いかけなくちゃいけないの?」
美咲は急に真顔になって聞き返してきた。
この反応は優太に幻滅して見限ったという感じだ。
自分を置いて一人で逃げたら、そうなってもおかしくはない。
それにしても切り替えが早すぎるように思えるが……。
恋が冷めるのは一瞬なのだろう。
「そっか……」
これは定められた運命。決して変更ができない事象。
未来を知ってる俺は、どうしても幸せな未来になるように変更したいと思ってしまう。
しかし、この世界では不可能。運命は決まっている。
自分の無力さに打ちのめされる。クソったれの神ヤロウめ。
「僕たちはもう行きますね。気を付けて帰ってください」
「はい、ありがとうございました! また学校で!」
美咲が元気よく神崎兄妹を見送った。
「それじゃあ私も行くね。鈴葉もありがとう。助けに来てくれたこと嬉しかった。
……助けられた側が言うのもなんだけどさ、危険なことに関わるのはやめた方が良いよ。
鈴葉は可愛いんだけら、誘拐されちゃうぞ」
「うん、気をつける」
俺は苦笑いを浮かべた。
実際、小柄な渚から見た男たちは予想の1.5倍は大きく感じた。
それほどに渚は小さいのだ。油断したらマジで誘拐されてもおかしくはない。
「そういえば、また制服に着替えたんだね」
「……え? 着替えた?」
美咲の言葉の意味が分からずに俺は首を傾げた。
俺は朝から制服をずっと着用している。着替えた覚えはない。
「さっき見かけたときは制服じゃなくて普通の服だったから。
着替えたのかなーって……。
あれ、もしかして人違いだった? めっちゃ鈴葉にそっくりだったよ」
私服を着た鈴葉を見たと美咲は言っている。だがそれは別人。
つまり俺の探している人物。双子の妹の琴菜だ。
「それ、どこらへんで見た?」
「たしか、病院の近くの公園がある方だったかな」
「ありがと。それじゃ!」
俺は美咲と別れて、公園へと向かった。
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