004 可愛い後輩?


 神崎兄妹と別れた後、再び渚と出くわした。

 渚は一人で公園のベンチに、ぽつんと座っている。

 何をするでもなく、ただ地面を見つめてぼうっとしていた。

 落ち込んでいるのか、先ほどまでの渚とは別人のような雰囲気を放っている。

 良く見れば、制服ではなく私服に変わっている。家に帰って着替えてきたのだろうか。


「おーい、渚どうした? 無くした財布は見つからなかったのか?」


 俺は元気付けようと、軽い感じで話しかけた。


「……え?」


 渚は俺を見ると、なぜか身を強張らせた。


「おいおい、どうした? まるで知らない人間にいきなり話しかけられたような反応をしやがって。

 さっき会ったばかりで、まさか記憶喪失にでもなったのか?」


「……あ、あの誰ですか?」


「お、ノリが良いじゃん! 俺は朝比奈海斗。お前の学校の先輩だよ。

 そしてお前は渚鈴葉。思い出したか?」


「……ああ、思い出しました。先輩」


 渚はパンッと手を叩いて大きく頷いた。


「そりゃ良かった。マジで記憶喪失になってたら、病院へ連れていくところだった」

「…………」


 渚は悲しそうな笑みを浮かべた。

 ……服を着替えてベンチにいたってことは、誰かと待ち合わせでもしていたのか?

 それで待ち人にすっぽかされて途方に暮れていた。ま、そんなところだろう。

 ここは一つ、元気つけてやろう。先輩だし。


「そうだ。小腹減ってないか?

 さっき何か奢るって約束したし、クレープでも買ってくるよ。ちょっと待ってろ」


 俺はクレープ屋の屋台に走って、適当なクレープを二つ買って戻ってきた。


「ほら、俺の奢りだ。苺とチョコ、好きな方を選べ、なんなら二つとも食っていいぞ?」

「あ、ありがとうございます」


 渚は申し訳なさそうにクレープを受け取ると、じーっとそれを見つめた。


「どうした? そんなにクレープを見つめて、まさか俺が毒でも入れたなんて思ってんのか?」


 俺がそう言うと、渚はフルフルと頭を振って否定した。

 そして恐る恐るクレープに口を付ける。

 最初はゆっくりだったが、途中から食べるスピードが上がり無我夢中で食べ始めた。

 相当お腹が減っていたのか、しらばく甘いものを制限してたかのとちらかだろう。

 小さいながらにも良い食べっぷりだ。見ていて気持ちが良い。


「美味しいか?」

「とーっても美味しいです!」


 渚は満面の笑みで俺に答えた。

 その素直な笑顔に俺は少しだけドキリとした。

 気を取り直して、俺も食べ始めようかと思った矢先に、渚は完食していた。

 渚は俺のクレープをチラリと見た後、すぐに視線を外した。


「ああ、そういえば俺、あんまり腹減ってなかったわー。

 良かったら俺の分も食べてくれないか? 捨てるのももったいないしさ」


「ホントですか? 食べます食べます」


 渚は嬉しそうにクレープを受け取ると、一気にクレープを平らげた。

 本当は小腹が空いており俺もクレープを食べたかったが、渚の嬉しそうな顔を見られたので虚勢を張った甲斐はあった。


「元気になったみたいで良かった」

「……元気が無いように見えていたんですね。だからクレープをおごってくれた。先輩は優しいんですね」

「勇者は困っている人を救うのが使命だからな」

「勇者ってなんですか? 先輩って意外と子供っぽいんですね」


 渚は小さく笑った。


「まあ、勇者が子供っぽいのは認めるが、いまさらそこをツッコむのは無しだろう」

「ごめんなさい先輩。それで変なことを聞いてもいいですか?」

「ああ、なんでも聞いてくれ」

「先輩って、何カロリーですか?」

「え?」


 俺は意味不明な質問に戸惑う。

 グラムなら体重だが、カロリーはエネルギーだ。

 人間一人をカロリー換算する。普通ならそんなこと考えもしないだろう。

 しかし、俺は以前にネットで調べたことがある。


「そうだな、だいたい8万キロカロリーだな!」

「……そうですか」


 俺がドヤ顔で答えるも、渚は残念そうな表情を浮かべた。

 どうやら渚の求めていた回答ではなかったようだ。


「ちょっと待て。何カロリーが正解だったの?」

「なぞなぞじゃないので、正解はないんですけど。ゼロなら良かったです」

「ゼロって、それはもう幽霊。魂だけになってるって」

「あはは、そうですね」


 渚は笑う。だがどこか寂しそうな感じだった。


「それじゃあ、もう一つ質問です。

 私と先輩ってどんな関係ですか? 恋人ですか?」


「な!?」


 俺はびっくりして噴出した。

 今の渚はボケモードのようだ。まさかマジの告白ではなないだろう。


「んなわけないだろ。今日知り合ったばかりで、お互いのこともまだ全然知らない、そんな関係だ」

「ですよね。ならもっとお互いのことを知った方が良いと思いませんか?」

「うん、まあ……。そうだな」


 元気を取り戻した渚に、俺は押され気味だった。


「先輩、私とデートしませんか?」


 少しだけ頬を染めながら、渚は提案してきた。

 制服バージョンの渚は小生意気だったが、私服の渚は純粋で見た目通りに可愛らしい。

 まるで中身が別人に変わったかのように……。

 そんな渚に誘われて、俺は急に恥ずかしくなってしまった。


「ど、どうしてもっていうなら、付き合ってやらなくもないぞ。

 別に用事があるわけでもないしな」


 用事もないのに街をぶらついていたのは、俺にも何かしらの超能力があると思ったからだ。

 家にいるよりも外の刺激を受けることで、覚醒する可能性を少しでも上げたかった。

 しかし、未だに超能力は覚醒していてない。


「どうしてもです!」


 渚が顔を近づけて元気良く答えた。


「わ、分かったよ。付き合うから」


 俺は恥ずかしくなり顔をそむけた。

 そんな俺にはお構いなしに、渚は嬉しそうに俺の手を取って走り出した。


「おい、そんなに引っ張るなって」

「先輩、早く早く!」


 まるで可愛い娘に手を引かれる父親になった気分だ。

 恥ずかしいけど、ちょっと嬉しい。


「それで、どこに行くんだ?」


 公園を出たは良いが目的地がなければ、ただ歩き回るだけになってしまう。


「ええと、ええと……」


 渚はキョロキョロと周りを見回す。

 しかし、どこに行きたいのか、行くべきなのか、自分でも分からないようで目的地を決められずにいた。


「先輩はどこに行きたいですか?」


 渚は結局、自分では決められず俺に選択権を委ねてきた。


「ゲーセンぐらいしか、思いつかないな」


 今のハイテンションモードの渚は落ち着いてショッピングって感じではない。

 とにかくキラキラして賑やかな場所が良いと思った。


「ゲイセン?」


 渚は首を傾げていた。発音がとっても怪しい。


「ゲームセンター。色んなゲームで遊べる場所。略してゲーセン。どうだ?」

「……ゲーセン。いいですね、そこに行きましょう」


 そんなこんなで俺達は駅前のゲーセンに向かった。


「わー、ぬいぐるだ。可愛い」


 渚は入り口付近にあるクレーンゲームに飛びついて、キラキラした瞳を向けている。

 筐体の中には猫をモチーフにしたぬいぐるみが入っていた。


「その猫のぬいぐるみが欲しいのか?」

「先輩、シャントンですよ」

「しゃ、シャントン? ってなんだ?」


 聞きなれない言葉だった。


「ここ最近、流行り始めた猫のキャラクターです。

 チャームポイントはおでこにある黒いハートマーク。

 キャットテールがつけているお面がシャントンだったので、一気に有名になって。

 先輩、キャットテールって知ってますか?」


「ああ、それなら知ってる。人助けをしてるヒーローだろ? さっきまで一緒だった」

「え? ……冗談ですよね?」


 渚は驚いていた。

 キャットテールの正体は神崎の妹の詩季だ。

 そのことをまだ渚は知らないらしい。


「いやマジ。だって俺、キャットテールと知り合いだから」


 俺は自慢げに答えた。


「またまたー。そんなバレバレの嘘、誰も信じませんよ?」

「嘘だと思ってくれてもいいぜ。どうせすぐに正体を知ることになると思うし」


 学校で神崎と関わっていれば、そのうち嫌でも分かる。

 それまでは知識マウントを取らせてもらって、良い気分を味わわせてもらうとしよう。


「まさかキャットテールの正体を知ってるんですか?」

「まあ、知り合いだからな」

「誰なんですか? 正体を教えてください! 私知りたいです! ファンなんです!」


 渚は前のめりに訊いてきた。

 俺はキャットテールの存在を今日知ったばかりで、その人気を少し怪しんでいた。

 だが渚の反応を見る限り、世間では本当に人気があるようだ。

 詩季にサインを貰っておけばよかったと、少しだけ後悔する。

 貰っておけば渚にサインをプレゼントして恩を売れたのに……。おしいことをした。


「俺からは言えないよ。本人の許可なくべらべらしゃべるのは、マナー違反だからな。

 まあ、学校に行ってれば、そのうち分かるとだけ言っておく」


「学校、学校ですか……」


 なぜか渚は学校というワードに過敏に反応した。

 先ほどまでのハイテンションだった渚は急に元気がなくなってしまった。

 もしかしたら学校で嫌なことでもあったのかもしれない。それを思い出して落ち込んでしまった。


「よし、俺がシャントンを取ってやるからな!」


 場の空気を変えるために俺は意気込んで、筐体に向かった。

 しかし、別にクレーンゲームが得意というわけではない。どちらかというと苦手だ。

 そして当然の如くぬいぐるみは取れなかった。

 もしかしたらクレーンゲームの達人という超能力に目覚めているかもと思ったが、そんなことはなかった。


「ダメだ、俺には無理っぽい」


 俺はがっくりと、うな垂れた。

 カッコイイところを見せるつもりが、逆に情けない姿を見せて面目が立たなかった。


「もう少しで取れそうです。私にやらせてください」


 渚は自分の財布を取り出して、筐体にクレジットを充填させる。

 俺は渚が財布を持っていたことに少し驚いた。

 思い返してみれば、渚は自分から財布をなくしたとは一言も言っていなかった。完全に俺の思い込みだった。


 渚は何度もぬいぐるみの位置を確認すると、慎重にクレーンを操作する。

 そして、一発でぬいぐるみをゲットした。


「やりました先輩! 取れました! 見てください! カワイイ!」


 わーいわーいと、まるで宝くじで高額当選でもしたかのように喜ぶ渚。

 俺の面目はつぶれてしまったが、嬉しそうに笑う渚を見れたらので全部チャラだ。


「良かったな。それにしても、こういう時に能力があると便利だよな」


 渚の透視能力を使えば、見づらいぬいぐるみやクレーンの位置を正確に捕らえられるのでとても役立つ。


「……能力?」


 渚はぬいぐるみを抱きしめたまま、わざとらしく首をかしげた。


「いや、なんでもない。周りに人もいるし、この話はやめておこう」


 筐体から騒がしい音楽が響いているとはいえ、ちょくちょく人が近くを通りすぎる。

 他人がいる場所で超能力の話をするのはよろしくない。

 怪しい組織の隠れ工作員がどこに潜んでいるかも分からない。もし聞かれていたら大変なことになる。


 その後、俺たちはゲーセンを遊びつくした。

 レースゲームやエアホッケーにメダルゲームと、時間を忘れて夢中になった。


「先輩、あれ買いませんか?」


 ゲームセンターを出たところで、渚が宝くじ売り場を指差した。


「……宝くじか。あんまり買ったことないけど、もしかしたら当たるかもな」


 未だに俺の能力は判明していない。もしかしたら超豪運の能力の可能性もある。

 確認しておくのも悪くはないだろう。


「それじゃあ、運試しに一枚だけ買ってみましょう」


 俺と渚は4桁の番号を選択する宝くじを一枚ずつ購入した。

 4桁の数字がぴったり当たると、約100万円の当選金が貰える。当選金は当たりくじの数によって上下する。

 渚は買ったくじをじっと見つめた後、おもむろに口を開く。


「先輩、あのっ! 先輩の買ったくじと私のくじ。……交換しませんか?」

「せっかく自分で番号を選んだのに、良いのか?」

「なんだか先輩の選んだ番号の方が当たる気がするんです。ダメですか?」

「俺は、別に構わないけど」

「じゃあ、交換です」


 俺と渚はお互いのくじを交換した。

 渚の番号は『1931』だった。『6741』ではなかったことに俺は安堵した。


「先輩、今日はすごく楽しかったです! ありがとうございました!」


 ぬいぐるみと宝くじを大事そうに抱きしめながら、渚がお礼を言った。

 こんなにも素直にお礼を言われると、なんだか照れくさい。

 俺の股間を凝視して冷たい視線を向けていたあの渚とは、まるで別人のようだ。

 いったい、いつ俺は渚の好感度をマックスに上げる行動を取ったのだろうか? ……謎すぎる。


「そりゃ良かった。それじゃ、そろそろ帰るか」

「……そうですね、あの先輩、また私と遊んでくれますか?」


 最後の別れかと思うほどの寂しい顔で、渚は俺を見つめた。


「いつでも遊んでやるよ。どうせ学校で顔を合わせると思うし」

「……学校。私もい……」


 渚は消え入りそうな声で何かをつぶやいた。


「ん? 今、なんて言った?」

「なんでもないです! それじゃ先輩、またいつか会いましょう!」


 そう言って、渚はパタパタと走り去っていった。

 別れ際の無理に明るく振舞ったような渚の態度が、俺の胸に不安を残した。

 渚の背中を見送った後、とぼとぼと歩いていると後ろから走ってきた少年に肩を思い切りぶつけられた。

 俺はバランスを崩して、あやうく転びそうになる。

 一方、ぶつかった少年は派手に転んでいた。

 文句でも言ってやろうと思ったが、なんだか可哀相だったので怒鳴るのをやめた。


「……おい、大丈夫か?」


 俺は転がってる少年に声を掛けた。よく見ると俺と同じ制服を着ていた。


「…………」


 少年は顔を上げる。その目は腫れていた。どうやら泣いていたようだ。

 少年はそのまま何も言わずに、走り去っていってしまった。

 誰かに追われているのかと思い、少年の走ってきた方向に視線を向けるが、少年を追いかけてくる人影はなかった。


「なんだ今のは。それにしても肩がイテー」


 俺は肩をさすりながら、家に帰った。


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