003 超能力者たち


 昼休み以降の俺は浮ついていた。

 原因は言うまでもない。桜木さんのテレパシー能力を見せられたからだ。

 俺にも何かしらの超能力があるかもしれないと考えるだけで、ワクワクが止まらない。

 勇者になって魔王を倒しにいくと思い込んでいた、あの頃の気持ちがむくむくと湧き上がってくる。


 放課後、俺が浮かれ気分で街を歩いていると見知った顔と出くわした。


「よお、渚だっけ? 偶然だな、お前も買い物か?」


 俺は儀式に参加予定の一年の渚鈴葉に声を掛けた。

 昼休みに軽くあいさつをした後、すぐに解散になったため神崎や渚とはほとんど話をしてない。

 ここで交流を深めておくのも悪くないだろう。


「こんにちは、アーサー先輩」


 イタズラっぽく笑いながら、渚は挨拶を返した。

 最初は大人しい印象を受けたが、実は小生意気な奴かもしれない。


「……アーサー。そう、俺が勇者アーサーだ!

 異世界の俺が魔王を倒せるように、儀式を頑張ってくれたまえ」


「…………。自分で言ってて、恥ずかしくないんですか?」


 なぜか冷めた瞳を向ける渚。

 ……ノリを合わせたのに梯子はしごを外すなんて、ひどくないですか?


「何も知らない奴にだったら恥ずかしいよ。ただの中二病だと思われるからな。

 でも、お前は関係者。勇者も魔王も異世界の存在も信じてる。

 だから儀式に参加するんだろ?」


「まあ、そうですけど……」


 しぶしぶと認める渚。


「それにしても、自分とは無関係の異世界を救ってくれるなんて、渚は良い奴だな」

「…………」


 俺が褒めると、渚は少し照れた様子を見せた。

 これはチャンス。ずっと気になっていたことを聞けるかもしれない。


「ああ、そうだ。質問があるんだけど、ちょっと良いか?」

「ダメです」


 あっさりと拒否されてしまった。


「なんでだよ。質問ぐらい良いだろう?」

「今忙しいんですよ。アーサー先輩と違って」

「まるで俺が暇人みたいなことを言うなよ。別に間違ってはいないけど……」


 渚は会話をしている間もキョロキョロと辺りを見回していた。

 何かを探している様子だ。


「財布でも落としたのか? なら一緒に探すぞ」


「大丈夫です。所持金が『むなしい』じゃなくて。

 所持金が6741円のアーサー先輩」


「――え? なに言ってんの?」


 不思議なことを言う渚に、俺は戸惑った。


「今からアーサー先輩は財布を取り出して中身を確認します。

 すると所持金は6741円でした」


 渚はニヤりと笑みを浮かべた。

 その不敵な笑みからは自信が溢れている。

 これは……、


「もしかして、予言か?」


 もし渚が桜木さんと同じテレパシー使いなら、俺の心を読める。

 しかし、いくら俺の心を読んでも財布の中身を当てることはできない。

 1円単位までの残金を俺自身が把握できていないからだ。

 となると、渚は別の超能力を持っていることになる。


 たしか天音さんが言っていた。渚は命の恩人だと。

 渚が未来を予知できるのなら、天音さんの危険を察知して助けることも可能だ。


「ここで俺が財布の中身を確認しなかったら、その予言は外れるな」


 ドヤ顔で予言をされて、的中されたらなんだかくやしいので、少しだけ意地悪をしてみた。


「言っておきますけど、予言じゃないです。確認しないのなら、それでも構いません」


 どこ吹く風とあっけらかんの様子の渚。


「……え? 違うの?」


 予言や未来予知ではなく、別の超能力ということだろうか?

 俺は好奇心に負けた。

 財布を取り出して中身を確認すると、渚の言った金額と一致した。

 それと6741円は別にむなしくはない。語呂合わせだと『むなしい』になってしまうだけだ。


「どうです? 当たってましたか?」

「……当たってる。ってことは、渚も超能力者ってことなんだよな?」

「まあ、そうですね」

「何の能力だ? テレパシーでも未来予知でもないんだよな?」

「ふふふ、知りたいですか?」


 小さく笑って、渚はもったいぶる。


「教えてもいいですけど今度、何か奢ってください」

「ああ、分かった」


 俺は渚の能力が知りたくて、反射的に答えた。

 渚は満足そうに笑うと、自分の超能力を明かす。


「透視能力です」

「……透視能力。クレアボヤンスか」

「はい、透視能力です。分かりやすく言うと、物を透明にして見ることができる超能力ですね」

「だから、俺の財布の中身が分かったのか」

「はい」


 渚はその綺麗な瞳で俺を見つめながら頷いた。

 俺はそこで、はたと気付く。


「ということは、俺の裸も見ているのか?」


 両手が自然と股間を隠すように覆ってた。

 渚の視線が俺の顔から、徐々に下がり股間の位置で停止する。


「……じぃーーーーっ」


 渚は俺の股間を擬音付きで凝視していた。


「おい、どこを見てやがる。エッチ!」


 俺は股間に手を置いたまま、内股になり体をくねらせた。

 渚は顔を上げると、なぜか冷めた視線を向ける。


「安心してください。先輩の体に興味はありませんので」

「めちゃくちゃ凝視しておいて、よくそんなセリフが吐けるな!」

「先輩を少しからかっただけです」


 平然と答える渚。恥ずかしがる素振りもない

 異性の裸は、すでに見飽きているのかもしれない。

 異性の裸は見る機会が少ないから価値がある。もし見放題になればおのずと価値は下がる。

 需要と供給。供給過多は値崩れを起こし、一気に価値が暴落する。そういうことなのだろう。


「私は用事があるので、これで失礼します」


 渚は有無を言わせず、パタパタと早足に去っていく。

 俺はその小さな背中を見送った。


「…………」


 質問には答えないと言いつつも自分の能力を教えてくれた渚。

 少し生意気だけど、根は優しい奴なんだと思った。


 それにしても、渚までも超能力者だとは驚いた。

 これはもう儀式の参加者全員が超能力者だと考えても、間違いではなさそうだ。

 そんなことを考えていると、今度は違う儀式参加者を発見した。


「よう、神崎」


 俺は軽く手を上げて声を掛けた。


「これは朝比奈さん。一人で買い物ですか?」


 神崎は丁寧な言葉遣いで質問をしてきた。


「まあ、そんなとこ。そっちは彼女とデートか? うらやましいねぇ」


 神崎は一人ではなく、同じ学校の制服を着た女子と一緒だった。

 長い黒髪、整った顔立ち。イケメンの神崎とお似合いの彼女だ。

 彼女は嬉しそう笑うと、神崎の制服の袖を軽く引っ張った。


「あはは、違いますよ。彼女じゃありません。妹の詩季しきです」


 神崎が苦笑いをして否定すると、隣の妹はちょっと不服そうな顔を浮かべた。

 妹は兄が大好きで、兄はそんな妹に困り気味。そんな関係に見える。


「妹か。どうりでお似合いのカップルに見えたわけだ」

「兄さん兄さん! この方は人を見る目がありますね」


 妹は嬉しそうに笑顔を見せた。

 一方、神崎は困り顔だ。イケメンが困っている様子を見るのは面白い。

 だが、こんなにカワイイ妹に好かれて困るなんて、贅沢すぎる悩みだ。チクショーうらやましい。


「カワイイ妹とデートなんて、羨ましいな」

「妹と一緒にいますが、別にデートではありません」


 きっぱりと否定する神崎。むくれる妹。

 デートの定義は分からないが、兄妹だと違うのだろうか?


「デートじゃないなら、なんなんだ?」

「そうですね。……ヒーロー活動、でしょうか」

「ヒーロー活動?」


 ヒーローと言われて思い浮かぶのは、赤、青、緑などのスーツを着て怪人と戦う人たちだ。


「もしかしてヒーローショーのバイトでもやってるのか?」


 神崎兄妹は背が高くスタイルが良い。舞台映えするし役者志望だったとしても納得だ。

 演技力を高めるために、ヒーローショーのバイトをやっているのかもしれない。

 最近はご当地ヒーローというのもあるようだし。俺が知らないだけで、この街にいてもおかしくはない。


「……兄さん」


 妹が笑顔を消して、神崎を小突いた。


「大丈夫。彼も同類です」

「…………」


 神崎が言うと、妹はしぶしぶと引き下がった。

 俺は雰囲気から察した。これから言うことはマジで。他言無用の内容だということを。


「朝比奈さん、キャットテールをご存知ですか?」

「キャットテール? ああ、聞いたことある。最近、街に出没する変人だろ?」

「――なっ!?」


 妹が俺を鋭くにらみつけた。

 ……え、なに? 俺なんか悪いこと言った?

 先ほどまで、ご機嫌だった妹の態度が180度一変していた。


「猫の仮面とポニーテールがトレードマークの女性ヒーローです。

 車に轢かれそう人を助けたり、大事故が起きるのを未然に防いだりしています。

 決して変人ではありませんよ」


 神崎が肩入れするように説明を加えた。


「え? もしかして、そのキャットテールが神崎なのか?」

「ええ、そうなります」

「ってことは、わざわざ女装して人助けしてんのか?」


 俺は神崎の女装を想像した。

 ちょっとガタイが良すぎるが、遠目ならアリかもしれない。


「正確に言うと、僕はキャットテールの補佐役です。

 詩季がキャットテール本人です」


「ああ、なるほど」


 それなら納得だ。

 妹に視線を向けると、冷たい目をしていた。

 俺がキャットテールを変人だと言ったことを恨んでいるようだ。

 ……うかつだった。


「それにしても、やっぱりお前も超能力者だったんだな。

 まさか妹もだとは思わなかった」


 神崎が超能力者なのは予想していたが、妹は予想外だった。


「僕は未来予知。そして詩季は……。ご想像におまかせします」

「……未来予知。だから事故現場に都合よく登場できるってわけか」


 平和な日本で人助けするにしても、事件事故はそうそう起きない。

 未来予知であらかじめ予見できるなら、効率よく人助けができる。

 妹の能力は、飛行能力、瞬間移動、それとも念動力か。このあたりではないかと予想しておく。

 いつか見る機会が来ると思うし、その時を楽しみにしておこう。


「証明しろ、とは言わないんですか?」


 神崎は俺を試すように訊いてきた。


「すでに本物の超能力者を見ている。それも二人。

 いまさら疑ってもしょうがないだろう」


 桜木さんと渚の超能力を見せられていなければ、神崎の言葉を信じることはできなかっただろう。

 むしろ今は、神崎が超能力者じゃない方が逆に信じられない。

 そのぐらいに超能力の存在を確信している。


「そうですか。では勝手ながら予言を言います。

 朝比奈さんは明日、大変なことに巻き込まれます。覚悟をしておいてください」


「大変なことねぇ。ついに俺の真の能力が目覚めるときが来るのか?」

「かもしれませんね」


 神崎は意味深な笑顔を浮かべる。妹は憐れむような視線を俺に向けていた。

 ……これは本当に大変なことが起きるかもしれない。

 不安はある。だがそれ以上にワクワク感が高まった。


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