愛の溺れかた ending

有理

愛の溺れかた ending

「愛の溺れかた ending」


※途中、愛花役の方に台詞を考えてもらうところがあります。思う言葉を入れてください。


柳瀬 愛花(やなせ まなか)

槙野 譲 (まきの ゆずる)

佐藤 佐和子(さとう さわこ)

佐藤 翔真(さとう しょうま)


巌水 燈(いわみず あかり)※愛花と同一人物です


ずっとあなたの特別になりたかった。



佐和子「ねえ。なんで何も言わないの?」

翔真「佐和子」

佐和子「愛花、ねえ、愛花!」


譲N「僕らを結ぶ黒い布。最後に見たのは彼女の笑顔だった。」


愛花(たいとるこーる)「愛の溺れかた」


____________


翔真N「季節は紅葉が落ちはじめた秋の暮れ。結婚してもうすぐ一年になる。今でも覚えている、あの日、自ら結婚式を台無しにしようとしたこと。」


佐和子「ねー。今年こそツリー買おうよ」


翔真N「今でも覚えている、結婚するんだと思っていた彼女から言われた別れの台詞。」


佐和子「子供ができたらさ一緒にツリー飾るの絵になるじゃん?」


翔真N「今でも覚えている、枯れて腐った花を見下ろす彼女の顔を。」


佐和子「ねえ、聞いてる?」

翔真「うん。ツリーな。」

佐和子「人気のやつとかは今から注文したりするんだよ?」

翔真「ホームセンターとかで売ってるやつでいいだろ」

佐和子「やだやだ!もっとこう、特別感のあるやつがいい!」

翔真「クリスマスにしか出さないんだぞ?」

佐和子「いいの!」

翔真「うーん。」

佐和子「あ!愛花のとこツリーのデザインとかやってないかな?」

翔真「…」

佐和子「久しぶりだし連絡してみようかな」

翔真「ツリーは俺のとこでも探してみるから、とりあえずいいだろ。」

佐和子「そ?あー、でも本当に最近愛花会ってないしついでに。」

翔真「忙しいんだって。ドラマとか映画も監修で入ってたりするんだからさ。」

佐和子「そうだけどー。友達だもん、きっと調べてくれるよ?」

翔真「いいから、少しは遠慮しなさい。」

佐和子「…なんか最近避けられてる気もするし。」

翔真「柳瀬さん?」

佐和子「うん。前ならいつ誘っても時間作って相手してくれてたのにさ。」

翔真「…忙しいんだよ。本当に。」

佐和子「あーあ。」

翔真「何?」

佐和子「さえちゃんも最近忙しいしつまんないなー」

翔真「たまには誰かに頼らず自分で考えなさいって神のお導きだよ。」

佐和子「なにそれ。あ、ねえ、今度愛花と槙野さん?と4人でご飯行こうよ。あの個展の時以来でしょ?」

翔真「…言っとく。」


翔真N「正直、あまり佐和子を彼女に会わせたくなかった。“巌水燈展”最終日。花の甘い香りと腐臭の漂う部屋。壁を覆い尽くすほどの花や木は迫力があり圧感された。展示会に招待された俺たちは別料金を払わないと入れない特別展示室へ案内された。」


------


佐和子「愛花ー!展示見てきた!凄いねー!」

愛花「さわちゃん。来てくれてありがとう。」

佐和子「ねね、初日はもっと綺麗だったんでしょ?初日にも見たかったなあ。」

愛花「じゃあ今度は初日に招待するね。」

翔真「俺までお招きいただきありがとうございます。」

愛花「いえ。佐藤さんにも見て欲しかったので。」

譲「翔真。」

翔真「譲、お前も来てたんだ。」

譲「うん。翔真たち呼んでるって言うから。」

佐和子「あーねえ、愛花も赤似合うね」

愛花「ワンピース?」

佐和子「うん!あんまりそういうの着るイメージなかったけど、すっごい似合う。」

愛花「ありがとう。」

佐和子「さえちゃんも一緒にどうかなーって誘ったんだけどさ」

愛花「…」

翔真「佐和子。」

佐和子「え?何?」

翔真「もっと展示会の感想とか話せよ。」

愛花「いいんですよ。気にしなくて。」

佐和子「そうよー。何言ってんの?翔真。」

翔真「…」

譲「…僕もさっき周ったけど、綺麗だったね。」

愛花「ありがとう。」

佐和子「ね!槙野、さん?は愛花と一緒に住んでるんでしょ?」

譲「はい。」

佐和子「愛花何にも言ってくれないんだもん!」

愛花「聞かれなかったから。」

佐和子「えー!言ってよー友達でしょ?」

翔真「佐和子。さっきの黄色い花、聞かなくていいの?」

佐和子「あ!そうそう、入口近くのね、黄色いかわいい花があったんだけどあれ、なんて名前なのかなーって」

愛花「入口だったらクロッカスかな」

佐和子「結構かっこいい名前だね。」

愛花「花言葉は“青春の喜び”とか“切望”とか。その中でも黄色は“私を信じて”なの。」

佐和子「へー。」

愛花「昔、さわちゃん私に言ってくれたことあったよね。」

佐和子「え?」

愛花「私が仲良しの輪に入れない時、私の手を引っ張って“おいでよ、私を信じて”って。」

佐和子「そんなことあったっけ?」

愛花「あったよ。」

佐和子「結構長く友達だもんねー私達」

愛花「…うん。」

翔真「あの、大分枯れてましたけどなんかコンセプトあるんですか?普通枯れた花は交換したりして展示物保ったりすると思うんですけど。」

譲「そもそも“巌水燈”のコンセプトが“生と死”だからなんじゃないかな。風化を感じる為だと僕は思ってたけど。」

愛花「目を背けてほしくなくて。死んでいくまで見て欲しかったの。」

佐和子「独特よね。だから初日と最終日は入場券すぐ売り切れちゃうんだ。」

譲「でも中には毎日来てくれる人もいるんでしょ?」

愛花「うん。少しずつ変わる花たちを見届けたいって」

翔真「さすが、ファンもしっかりついてますね。」

佐和子「でも私は初日が好きだなー。」

愛花「そっか。」

佐和子「だって原形ない花もあるんだもん。枯れちゃってさ。」

愛花「さわちゃん、この花覚えてる?」

佐和子「この枯れた花?」

愛花「うん。」

佐和子「わかんない。」

愛花「ふふ、枯れない花なんてないもんね。」


------


翔真N「あの日、柳瀬さんの足元で這いつくばっていた花に俺は見覚えがあった。確かに枯れて、色もよく分からなくなっていたけれど。」


佐和子「あ、ここがいい和食。“高砂”ってとこ。」


翔真N「控室の窓にあった白い花。」


佐和子「ね?翔真」

翔真「うん。明日譲に聞いてみる。」


翔真N「彼女は何か吹っ切れた顔をしていたから。」


____________


譲「食事?」

翔真「うん。また4人でどうかなって。」

譲「それ、翔真は賛成してるの?」

翔真「うーん。」

譲「はは。お人好し。」

翔真「うるさい。」


譲N「苦虫を噛み潰したような翔真の顔。巌水燈の展示会以来明らかに距離を置かれていた。会社で顔を合わせても手を上げる挨拶程度。あの日の愛花に何かを感じとったんだとすぐにわかった。」


譲「愛にも言っとくよ。」

翔真「柳瀬さん、怒ってた?」

譲「え?…そんなことないと思うよ。」

翔真「そっか。」

譲「あの日の愛、怖かった?」

翔真「え、」

譲「あの花。ブバルディアっていうんだよ。枯れてた花。あの、佐和子さんの」

翔真「出窓にあった白い花だろ」

譲「…そう。気付いてたんだ。」

翔真「佐和子はそういうの鈍いから。だから俺、」

譲「愛、怒ってるって?」

翔真「うん。」

譲「怒ったりしてないよ。僕もよく聞いたりしないから分からないけど。」

翔真「そうか。」


譲「食事会、きっといいって言うよ。いつにする?予定出しといて。」

翔真「わかった。」

譲「うん。」

翔真「譲、まだ一緒に住んでるのか?」

譲「うん。まだ一緒に住んでる。」

翔真「…進展は」

譲「はは。ないよ。」


譲「僕達が何かになることはないよ。この先ずっと。」


_______________


愛花「食事会?」

譲「うん。」

愛花「…残酷なことするね。」

譲「…」

愛花「私の恋人になってるんでしょ?譲。さわちゃんの中で。」

譲「そうみたいだね。」

愛花「可哀想。」

譲「僕は嬉しいよ。」

愛花「…。」


譲「なに見てるの。」

愛花「みて。この青い湖。」

譲「綺麗だね。北海道?」

愛花「そう。湖は嫌?」

譲「なにが?」


愛花「死ぬの。」


譲「…」

愛花「夜の海。真っ黒なの。見たことある?」

譲「…ないよ。」

愛花「私は青い湖より白波立つ海がいいな。」

譲「愛花。」


譲「僕とは、生きてくれないのかな。」


愛花「うん。」

譲「…そう、だよね。」

愛花「…逃げてもいいよ。」

譲「ううん。」

愛花「ちゃんと生きられなくてごめんね。」

譲「ううん。僕だってそれを望んだんだ。」

愛花「怖いくせに。」


譲N「彼女はどこか吹っ切れて、結婚式の後仕事に没頭した。映画から、CM。街の小さなポスター。今まで断っていた全ての仕事に精を出した。寝る間も惜しんで何かを忘れるように働いた。」


愛花「譲。抱いて。」


譲N「あの日した約束を僕は今でも思い出す。後悔しているのかもしれない。“一緒に死んであげる”。満たされたいと言う彼女の為に、何度も想像した何度も夢で抱いた彼女を精一杯愛すことしかできなかった。」


愛花「譲。食事会行こうか。」

譲「大丈夫?」

愛花「復讐くらいさせてよ。私が死んだ後、少しでも彼女が思い出してくれるように。」


譲N「引っ込み思案で佐和子さんを中心に生きていたあの頃の彼女は、もう微塵も残っていなかった。」


_________________


佐和子N「料亭“高砂”。同窓会でしか行ったことのない高級店。先月その店から出てくる紫ちゃんを見た。その隣に立っていたのは花咲慶一郎。エスコートされる紫ちゃんを見て、私は嫉妬した。羨ましかった。花咲くんは私の初恋の人だったから。だから、わざとここを選んだ。」


翔真「なに難しい顔してんだよ。」

佐和子「そう?」

翔真「ここ、ネット見たけど結構いい値段するんだな。」

佐和子「そ!同窓会でここ使ったんだけどね?美味しくてさ!」

翔真「豪勢な同窓会だな。」

佐和子「私たちの代の生徒会長、お金持ちだったからね。」

翔真「へー。」


料亭“高砂” 桜の間


譲「あ、翔真。佐和子さん。」

翔真「お、早かったんだな。」

譲「うん。愛花さんの仕事も早く終わったから。」

佐和子「愛花ー!久しぶり!」

愛花「さわちゃん。久しぶり。」

佐和子「最近忙しかったんでしょ?全然合わせてくれなかったじゃない!」

愛花「ごめんね、地方とか行ってたから。」

佐和子「え?どこ行ったの?」

翔真「佐和子、とりあえず座ろう。」

佐和子「あ、そうね。」


翔真N「久しぶりに会った柳瀬さんは真っ黒なワンピースを着ていた。最後に見たのが赤いワンピースだったからそのコントラストにゾッとした。まるで葬式を思い出させるような、そんな印象だった。」


譲N「久しぶりに会った佐和子さんは、淡いピンクのブラウスに白いスカート。まさに女性といった服を着ていた。結婚式の時のようなかっこいい印象はなく、柔らかくてふわふわしたそんな印象だった。それを見る愛は愛おしそうで悲しそうで僕は複雑だった。」


愛花「ここ、よく来るの?」

佐和子「ぜーんぜん。この間同窓会で来ただけ!でも、美味しかったんだよー!」

愛花「海老しんじょう。」

佐和子「え?」

愛花「小鉢で出てくる海老の料理。食べた?」

佐和子「えーあったかな?」

愛花「どのコースにも入ってるから食べてると思う。今日教えるからもう一回食べて?美味しいから。」

翔真「柳瀬さん、よくここ来るんですか?」

愛花「はい。打ち合わせとか打ち上げでよく。」

譲「お土産あるんだよ。ここ」

佐和子「お土産?」

譲「そう。ここのだし巻き卵サンド。テイクアウト限定なんだけどいつも持って帰ってきてくれるから。」

翔真「美味そう」

譲「うん。めちゃくちゃ美味い」

佐和子「テイクアウトする?」

愛花「頼んでおいたから、家で食べてみて。」

佐和子「…」


佐和子N「久しぶりに会った愛花は、なんていうかシュッとしていて何でもこなれていた。所作、気配り、マナー全て。それがなんだか無性にムカついた。」


翔真「今日車?」

譲「ううん。」

翔真「じゃあ飲もうぜ」

譲「そうだね。せっかくだし。」

愛花「お酒のメニュー貰おうか」

佐和子「あ、私聞いてくる。」

愛花「さわちゃ、」

譲「…呼びベルでもよかったのに。」

翔真「…はしゃいでんだよ。ここ来たかったみたいだからさ。」

譲「そうなの?」

翔真「さあ。」

譲「何?喧嘩中?」

翔真「いや、同窓会で初恋の相手でもいたのかなーって。思って。」

愛花「そうなんですか?」

譲「愛知らないの?」

愛花「うちの学校、大きな学校だったから学部ごとに校舎別れてたから。」

翔真「相当人数いたんですね。」

愛花「はい。私は美術学部だったので、さわちゃんや紗栄子ちゃん達とは違ったんです。あと由実もお知り合いですよね?」

翔真「はい。」

愛花「由実もさわちゃんたちと同じ普通学部だから由実いなかったらきっとこんなに仲良くしてもらえなかっただろうし。」

譲「取り次いでくれてたんだ。」

愛花「そう。ずっと昔から。」

翔真「最近は会ったりします?由実」

愛花「いえ、もう全然。あ、この間珍しく展示会のチケットペアで買いたいって連絡くれました。」

翔真「あいつ花とか興味ないのにな…」

愛花「そうですよね。珍しいなーと思って。」

譲「2人とも仲良いんだ、由実さん?と」

翔真「腐れ縁だけどな。佐和子紹介してくれたのだって由実だったし。」

譲「…」

愛花「…ね。さわちゃんから聞きました。」

譲「そうなんだ。」


佐和子「お待たせ!貰ってきたよ!メニュー」

愛花「ありがとう、さわちゃん」

翔真「呼びベルあったのにって言われなかった?」

佐和子「え?あー。本当だ!言ってよー!」

翔真「言う前に出て行っただろ」

佐和子「はーもう。恥ずかしい!」

譲「まあまあ、お、結構種類ある。何頼みますか?」

愛花「はじめは、あ、このスパークリング清酒とかどうですか?」

翔真「お、いいですね。」

愛花「さわちゃんもこれ甘いから飲めると思うよ」

佐和子「…」

愛花「さわちゃん?」

佐和子「…うん。じゃあそれにする!」

譲「じゃあ頼みましょうか。」


佐和子N「ぽたぽた、墨汁が落ちるみたいな。モヤモヤして苛々して。愛花の変わってしまった雰囲気が酷く不快だった。」


___________


譲「愛。」

愛花「…何?」

譲「何か作ろうか?」

愛花「さっき食べたばかりでしょ」

譲「吐いたでしょ。」

愛花「…よく知ってるね。盗聴器でも仕掛けてる?」

譲「顔見ればわかるよ。」

愛花「…さわちゃん、久しぶりだったから。」

譲「うん。」

愛花「嫌われたかな。」

譲「…」


愛花「コンビニ、寄って。」

譲「いいよ。」

愛花「今かぼちゃプリン出てるから。」

譲「コンビニのでいいの?まだ開いてるよケーキ屋さん」

愛花「いい。コンビニので。」

譲「うん。すみません、運転手さん。どっかコンビニ寄ってもらえますか?」


愛花N「久しぶりに会った彼女にきっと嫌われるであろう態度をとった。彼女より上に立つような立ち振る舞いをする人は基本的に嫌われる。紗栄子ちゃん以外は。だからわざとそうやった。今まで彼女に合わせていた食事のマナーも、手土産の準備も、お酒を頼む順番も。知らないふりをやめた。どんどん雲行きがあやしくなる彼女。最後は酔ったふりをして踵を返して帰って行った。また暫く次はないだろう。それで、いい。それがいい」


譲「愛」

愛花「ん?」

譲「もう、仕事は落ち着いた?」

愛花「うん。あとアイドルと対談があるのと最後の個展デザインあげたら終わり。」

譲「…そっか。」

愛花「そういえば、仕事関係の人がこれくれたの。」

譲「K1のチケット?」

愛花「うん。好きでしょ?譲」

譲「よく知ってたね。家であんまり見ないのに。」

愛花「録画してたから。」

譲「そっか。」

愛花「プレミアついてるやつだって言ってたよ」

譲「うん。これ、めちゃくちゃ話題になってるやつだもん」

愛花「今月末だよ。」

譲「うん」

愛花「行っておいで」


譲N「彼女は僕にまだ逃げ道をくれる。」


譲「…気が向いたらね」


譲N「僕はたった一枚のチケットを財布にしまった。」


______________


翔真「佐和子?」

佐和子「何ー?」

翔真「今日俺遅くなるから、先夜飯食ってて。」

佐和子「えー。また残業?」

翔真「デザイン案なかなか決まんねーの。先方うるさくてさ。」

佐和子「大変だねー。」

翔真「鍵、ちゃんと締めとけよ。」

佐和子「はーい。」

翔真「…何してんの?」

佐和子「んー?サプライズBOX作ってんの」

翔真「なにそれ」

佐和子「月末さえちゃんの誕生日でしょ?だからプレゼントに!」

翔真「へー。凝ってるな。」

佐和子「可愛いでしょー!」

翔真「うん。」

佐和子「後は、愛花にここ、ドライフラワー入れてもらうの。」

翔真「…柳瀬さんに?」

佐和子「そ!この前頼んだからそろそろできるんじゃないかなー」

翔真「紗栄子さんのって、言った?」

佐和子「言ったよー。」

翔真「…。」


佐和子「何?」

翔真「佐和子。あんまり柳瀬さんに紗栄子さん絡みのやつ頼むなよ。」

佐和子「何で?」

翔真「何でって、」

佐和子「さえちゃんにあげるんだよ。特別にしたいじゃん。」

翔真「…」

佐和子「翔真、愛花のことになるとなんか変だよね」

翔真「そんなこと」

佐和子「遠慮してるっていうか、気遣ってる?」

翔真「…」

佐和子「浮気でもしてんの?」

翔真「っ、ちが、」

佐和子「冗談。」

翔真「…」


翔真「結婚式の後、控室で何か話しただろ?」

佐和子「あー。急に愛花来て片付けしてくーって言ってたやつ?」

翔真「…」

佐和子「そういえば変なこと言ってたな。女の子に告白されたら付き合える?とかなんとか。」

翔真「…。」

佐和子「さえちゃんだったら付き合えるって言った。」

翔真「っ、」

佐和子「ん?何?」

翔真「なんでもない。」

佐和子「え?何かダメなこと言った?」

翔真「いや、仕事行ってくる、」

佐和子「えー?翔真?」


佐和子「あ、行っちゃった。」


翔真N「展示会のあの顔は、そういうことだったのだと、今はっきりとわかった。」


翔真N「会社に着くとすぐに譲のいる部署へと向かった。ホワイトボード、槙野の横には“午後出社”の文字。すかさずかけた電子音はあっけなく人の声へと変わった。」


譲「もしもし?」

翔真「譲?お前今どこ?」

譲「へ?今、出張で北海道だけど。」

翔真「な、午後出社って勤怠書いてあるけど」

譲「ああ、そうだよ。午後には戻るから。」

翔真「…そ、そうか。」

譲「何?慌てて。」

翔真「柳瀬さんは?」

譲「今日は仕事だと思うけど。」

翔真「一緒じゃないのか?」

譲「だから僕出張だって。」

翔真「大丈夫なのか?」

譲「何言ってんの」

翔真「死んだり、しないだろうな。」


譲「…なんで?」

翔真「いや、あ、その、なんとなく」

譲「ああ、僕が前に言った“一緒に死んであげる”って言ったやつのこと?」

翔真「…」

譲「何今更思い出してんの。大丈夫だよ」

翔真「…そうか。」

譲「あ、それよりさ。次、月末、また巌水燈展やるんだって。2人とも来る?」

翔真「月末、」

譲「そう。多分近くなったら招待券届くと思うよ。今度は初日にーって愛、言ってたから。」

翔真「…ああ、うん。楽しみにしてるって、伝えて」

譲「うん。そろそろチェックアウトするから切るよ?」

翔真「うん」


翔真N「月末までは、生きているんだ。そう思うと急な安堵感に包まれた。」


翔真N「途端、違う部署に急に入ったことを思い出して周りを見渡すと、不思議そうに顔を覗かれていることに気がついた。軽く会釈してフロアを出る。社内カフェでアイスコーヒーを買って急足で自分の部署へ戻った。」


_____________


佐和子「もしもーし。愛花?」

佐和子「ねえ、この前頼んださえちゃんのドライフラワー!まだ?」

佐和子「忙しいのわかるけどさー。」

佐和子「うん。当日には会わない。仕事忙しいって言われたから。うん。来月の、頭に約束してる」

佐和子「えー。郵送でもいいよ?」

佐和子「え?そうなの?展示会またやるの?だから忙しいんだー。うん。初日に行きたい。えー嬉しい。翔真にも言っとく。」

佐和子「じゃあその時ね。それがないと完成しないんだから!うん。じゃあまた。」


_____________


愛花N「さわちゃんに頼まれたのはドライフラワーの小さなブーケだった。紗栄子ちゃんが好きそうな花をサプライズBOXの真ん中に入れたいと、そう言った。」


愛花N「会って渡せないから、展示会の特別展示室にブーケと一緒にプリザードフラワーも準備してもらうから取りに来て。そう言った。」


愛花N「今度の展示会は、紗栄子ちゃんの誕生日が初日。だからさわちゃんのための展示会にするんだ。」


愛花N「二度と忘れられないような。そんな1日にしてほしい。」


________________


“巌水展 初日”


翔真N「正直、あまり柳瀬さんに佐和子を会わせたくなかった。またあんなお願いをして、ドライフラワーだけでなくプリザードフラワーまで準備させたと言うのだから。どんなに辛かっただろう。“巌水燈展”初日。花の甘い香りが漂う部屋。壁を覆い尽くすほどの花や木はデザインは違うもののやはり迫力があり圧感だった。」


佐和子N「係の人に招待状を見せると前と同じ特別展示室へ案内された。」


翔真「うわ、」


佐和子「すごいね。」


翔真N「いろんな種類のバラ。壁に這うアイビー、鮮やかなマリーゴールド。他にも沢山の花やグリーンで壁一面を埋め尽くしていた。」


スタッフ「佐藤 佐和子様、ですよね。」

佐和子「は、はい」

スタッフ「巌水より、荷物を預かっております。」

佐和子「あ、さえちゃんのやつだ!きっと。」

スタッフ「お持ちしますので、奥の部屋へどうぞ。」

佐和子「まだ部屋あるんですか?」

スタッフ「はい。お2人だけをお通しするよう申しつかっております。」

佐和子「はあ、」


翔真N「前回はこの奥に部屋なんかなかったはずなのに、と不思議に思いながら佐和子と2人奥の部屋へ通された。」


佐和子「…」

翔真「っ、」


佐和子N「大きなモニターを囲うように、敷き詰められた白い花。その花には酷く見覚えがあった。十字に咲く花びら。」


-------


佐和子「この白い花、可愛いね」

愛花「ブバルディア?」

佐和子「そんな名前なんだ。」

愛花「うん。花言葉は羨望とか」

佐和子「羨望…」

愛花「他にも、夢とか親交とかね、いろい」

(被せて)佐和子「それさ控室の出窓に飾れないかな、」

愛花「…さわちゃんの控室に?さわちゃんがしたいならできると思うよ?でもなんで?そんなにこの花気に入った?」

佐和子「そういうんじゃないけど。花言葉が気に入った。」

愛花「そう?」

佐和子「私のドレスさ、彼より先にさえちゃんがみる約束してんだよね。」

愛花「…そ、うなんだ」

佐和子「さえちゃんは私の憧れだからさ。羨望。似合うでしょ?」

愛花「そう、だね。」


------


佐和子「…ブバルディア」


翔真N「敷き詰められたブバルディア。白くて小さい花々の集合体は、恐ろしく見えた。そして床には枯れ果てた花がこれでもかと敷き詰められていた。」


佐和子「なに、これ。」

翔真「…」


翔真N「ブツ、と音を立ててモニターが表示された。」


アナウンサー「昨夜未明、波打ち際に男女が倒れていると通報があり、駆けつけた海上保安部などによりそれぞれの死亡が確認されました。身元を確認したところ、亡くなられた女性はフラワーデザイナーの巌水燈さんだということが分かりました。現場は未だ騒然としており引き続き検証が行われているとのことです。」


アナウンサー「事故、殺人の各方面で捜査が進められているようですが、この男女、なぜか布のようなものでお互いの手首を縛っていたそうで、まるで心中のようにも見受けられると報道されております。では、現場について、」


佐和子「…これ、フェイクニュース?」

翔真「…」

佐和子「ねえ、愛花。ふざけないでよ何の冗談?」

翔真「ネットニュース見て、」


翔真N「取り出したスマートフォンには速報で流れる“巌水 燈 心中か”の文字。そして」


佐和子「ねえ。なんで何も言わないの?」


翔真N「こんなにも取り乱す佐和子を俺は初めて見た。」


翔真「佐和子」

佐和子「愛花、ねえ、愛花!」


スタッフ「佐藤様。お荷物をお持ちしました。」


佐和子「ひ、」


翔真N「スタッフが差し出したのはガラスケースに入った小さなドライフラワーのブーケと」


佐和子N「人間の腕をオアシスがわりに作られた花籠だった。」


翔真N「その指には見覚えのあるオーバル型の赤い爪」


佐和子「いやあああああああああ」

翔真「佐和子、落ち着け、」

佐和子「やだ、やだああなにこれ、」

翔真「佐和子!」

佐和子「愛、花。まなか、まなかああ」

翔真「…」

佐和子「ごめんなさい、許して愛花、愛花、まな」


愛花「ずっとさわちゃんが好きだったよ」

佐和子「まな、」



翔真N「途端モニター周りの白い花が一斉に嗤った」



________________



譲N「僕が出張から戻ると彼女の左腕は肘から下がなくなっていた。プリザードフラワーにするの。そう言う彼女は今まで1番楽しそうだった。死体防腐処理法、欧米で行われている埋葬と同じように血液を抜き取って防腐剤を入れてオアシスにするんだと話してくれた。彼女の計画は綿密で、1年間いろんなメディアに出演し知名度を上げた。自分が死んだ時トップニュースに上がるようにするためだ。そして」


愛花「花籠にするの。この手と一緒に。あの日のブバルディア、沢山使って。みて、譲。この爪ね、紗栄子ちゃんと同じにしてもらったの。」

譲「紗栄子さんに会ったの?」

愛花「うん。昨日、会いに行った。」

譲「…」

愛花「怖い?」

譲「ううん。楽しそうだなと思って。」

愛花「だって、さわちゃんにどんな事したら覚えててもらえるか考えると嬉しくてドキドキするんだもん。」

譲「そっか。」


愛花「譲?そろそろ始まるよ?行っておいで。」

譲「どこに?」

愛花「チケット、あげたでしょ?」

譲「うん」

愛花「そろそろ行かなきゃ間に合わないよ」

譲「…気、向かなかったから。」


譲「約束したじゃん。僕が満たすって。」


譲N「彼女が最期に選んだのは、彼女の地元。高校近くの海だった。」


譲「愛花。いこう、」

愛花「…ありがとう。」


愛花N「夜の海は、空まで飲み込む全部一色で。轟々と大きな声で泣いているようだった。テトラポットに黒い靴と白いスニーカーを並べ、踏み出すと冷たい波は足首を絡め取っていく。」


譲「冷たいね。」

愛花「そうだね。」

譲「寒くない?」

愛花「寒いよ」

譲「上着貸そうか」

愛花「なんで?」

譲「え?風邪ひいちゃうでしょ」

愛花「死体は風邪ひかないよ」

譲「あ、そっか。」

愛花「ふふ、変な譲」

譲「馬鹿にしたな」

愛花「したよ。」

譲「死んでも付き纏ってやるからな」

愛花「…付き纏ってよ。」


愛花「次は、私も好きだって言うから。」


譲「…うん。」


愛花N「あの日、踏みつけたブバルディア。私が溺死するには十分な理由だった。」


譲N「離れないように、そうお願いして僕が結んだ黒い布は血が滲むほど強く手首を締め付ける。」


愛花N「水面が首までくると後はあっという間だった。ごぽごぽ口から漏れるあぶく。その音はなぜか“許して”と聞こえた気がした。それが嬉しくて、ただ嬉しくて。重い鉛がやっと外れたような気がして隣の譲を見てこう言った。」


愛花「“ ”」(演者のあなたが台詞を入れて下さい)


譲N「ゆらゆら漂う僕らを結ぶ黒い布。最後に見えたのは彼女の笑顔だった。」



______________________


佐和子「ねー。今年こそツリー買おうよ」


佐和子「子供ができたらさ一緒にツリー飾るの絵になるじゃん?」


佐和子「ねえ、聞いてる?」

翔真「佐和子、もう春だよ。」


佐和子「あ!愛花のとこツリーのデザインとかやってないかな?」

翔真「…」

佐和子「久しぶりだし連絡してみようかな」

翔真「ツリーは俺のとこでも探してみるから、とりあえずいいだろ。」

佐和子「そ?あー、でも本当に最近愛花会ってないしついでに。」

翔真「…」

佐和子「あ、ねえ、今度愛花と槙野さん?と4人でご飯行こうよ。あの個展の時以来でしょ?」

翔真「…言っとく。」

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