レベル11 邪龍王殺天昇拳
もう日は沈んでいる。
暗がりに燃えるかがり火。
白木の門。
見張りは2匹。
よし。
見張りを置いてくれたのはむしろ好都合だ。
だって、『サンプル』を残していってくれたワケだからな。
ぐにゅっ……
まず俺はこのスライムの身体をブーメラン状へと変化させて、回転しながら飛び立った。
ヒュンヒュンヒュン!……
そして、オークの動体視力では捉えられない程度の高速スピードでヤツらの背後へ回ると、その太い首の後ろを『トンっ!トンっ!』と連続で打つ。
「……ヴ!」
「ぐふ……」
2つの巨体はその場に崩れた。
ずり、ずり、ずり……
こうして気絶したオークたちを茂みへと引っ張ってゆく俺。
「さて、どっちにすっかな……」
と、一瞬迷ったが、それは別にどっちでもいいので、テキトーに一匹を選び、ソイツの身体へ覆いかぶさった。
でろーん……
俺はスライムの身体をペースト状に伸ばし、オークの全身を包みこんでゆく。
ぐにゅぐにゅぐにゅ……
うっ……やっぱオークの身体を包みこむなんてキモチわるいなぁ。
臭いし。
「む……むぐう、あれ?……へっ?……っ!!」
そのときだ。
気絶していたはずのもう一匹のほうが目覚めやがった。
ソイツは恐怖におののいた眼を血走らせて腰を抜かしている。
「ひ、ひい!マルがスライムに喰われてる!!」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねー!誰がオークなんてマズそうなもの食うか!」
「ひっ……だ、誰か……」
「うるせーよ」
「うっ!……」
俺はすかさずソイツに睡眠魔法をかけて完全に眠らせた。
ふう。
やれやれ、危ないところだった。
そう一息つくと、作業に戻る。
ぐにゅ、ぐにゅぐにゅ……
さて、これで一匹のオークの頭からつま先まですべての形状をスキャンできたワケだ。
俺はオークの身体から離れ、コイツにも念のため睡眠魔法をかけておく。
そして、今記憶したオークの立体形状を、俺の身体でアウト・プットしてゆくのであった。
ようするに、変身してオークに擬態するのである。
モゴ、モゴモゴモゴ……
よし。
完璧、のはずだ。
毛一本まちがいなく再現したはずだからな。
俺はオークになった自分の頬をペシペシと叩きながら、眠っているオリジナルのオークを見下ろした。
◇
門の前。
俺はいかにも『見張り』という感じで『ムン!』っと立っていた。
「おい、マル。交代だ」
しばらくすると、
なるほど。
俺がコピーしたこの個体は『マル』っていうんだな。
まあ。スライムの俺にはオークの顔なんてぜんぶ一緒に見えるけど……
「あれ?見張りお前だけだったか?2匹じゃねーの?カシラの話とちがうな」
ギク……
「えっと……いや、その……ヤツはなんか腹痛いとか言ってさ」
「なんだ便所か。まあ、ご苦労だったな」
こうして、なんとか怪しまれずに
わっはっはっはっは……
中へ入ると、オークたちは酒盛りでドンチャンやっていた。
なにか特別な日なのかな?
そういえばボス・オークが『人間が来てる』みたいなこと言ってたな。
会長とかボディ・ガードとか言ってたっけ。
「おう、マル。ご苦労だったな」
などと考えていると、そのボス・オークに声をかけられる。
「ええと……ああ、カシラ。どうもどうも」
「ん? カクはどうした」
「あっ、カクのヤツなら腹壊したみたいで便所です。どうも」
「なんだよ。せっかく会長がたんまり酒をもってきてくれたのになぁ……。まあいい。マル、こっちきて座れよ」
「はあ」
こうして見ると、このボス・オークも同族の部下に対しては面倒見のイイところがあるような気もするな。
「まあ、飲めや」
と酒を差し出される。
ごく、ごく、ごく……
俺は酒を飲みながら、部屋の様子をうかがった。
……たしかに、人間がふたりいる。
ひとりは白髪で、しかも真っ白な背広を着た老人。
もうひとりは黒づくめの、眼帯をした若い男だ。
おそらく、白髪の方が会長で、若い方がボディ・ガードだろう。
たしか、アイツがすごく強いって話だったな。
邪龍眼のリリトだっけ。
注意しておかないと。
……でも、なんかやたら包帯だらけだぞ。
「
しかも、めっちゃ痛がってるし。
負傷してるんだったら、こっちとしてはありがたいけど。
「カシラ。あの人すげーケガしてんじゃないすか?大丈夫すか?」
「大丈夫だよ。いつものことだ」
「いつもケガしてるってことですか?」
「そーじゃねーよ。痛いのは腕じゃねえってことだ」
「?」
「まあ飲めや」
とボス・オークが言うので、俺はまた酒を飲んだ。
んぐんぐんぐ……ぷはっ!
ウマい☆
「ところでマル。お前そんな酒強かったっけ?」
それはボス・オークがそんなふうに俺へ怪訝な眉を向けたときだった。
「……メントス。この村の作業の調子はどうだ?」
と、白髪が口を開いたのである。
「ザハ会長!それはもう。すべて順調にいっておりますんで」
ボス・オークの腰が急に低くなる。
「スライム製の回復薬は非常に評判がよくてね。コストが安く、大量に作られるから、価格を低く抑えることができる。だからよく売れるんだ」
老人は、白髪をなでて続けた。
「この回復薬事業がある程度成功したら、お前たちオークの地位も、もう一ランク上のものにしてやれると思う」
「本当ですか!」
「ああ。しかし、そのためにはもうひと押しコストを削減しなければならないな」
「これ以上、ですか」
「そうだ。競合する他の商会も回復薬事業に着手しているし、我がA&B商会もさらなる低価格にチャレンジしなければならない」
「わかりました。では、スライムどもの給料を下げましょう」
!!
「しかし、反乱が起きては困るぞ」
「なぁに。心配ありません。ヤツらはもう我々が守ってやらなければ生きていけやしないんですから。それに、この契約書をご覧ください」
そう言ってボス・オークは紙の束を取り出した。
「『給料は能力に応じて変動する』と書いてありますでしょう。つまり、給料を下げるのではなく、能力の判定基準を厳しくしてやればイイのです」
「なるほど、考えたな」
白髪が感心したように唸るので、ボス・オークは嬉しそうにニヤニヤする。
「へえ。それが契約書っすか。オレにも見せてくださいよー」
「なんだマル。しゃしゃってくるな」
「いいじゃないかメントス。部下の教育も重要な業務だぞ」
「は、はあ。会長がそうおっしゃるなら」
ボス・オークが紙の束を俺へ手渡した。
「勉強になるなー。じゃあこれは俺が失礼して」
もぐ……もぐもぐ
と言って、俺は紙の束を食べ始めた。
「なっ!」
「マル!てめえ!!」
「ごちそうさまっす。でも、こりゃマズイっすねー。ゲロ以下の臭いがぷんぷんしますわー」
と言いながら、俺はスライムの姿に戻った。
「あっ!そのぶさいくなツラは……」
「そうです。俺があの超☆美形スライムのスラ様です。そういうワケでお前らはこの村から出ていけ。今日出ていけ。今出ていけ」
「おい、メントス。このスライム、さっさと経験値にしてやれ」
「う……」
ボス・オークは、俺の強さを知っているので足が出ない。
ははっ(笑)こいつら詰みだな。
と、思ったときだ。
「疼く……右腕が」
黒づくめの男が立ち上がり、部屋はにわかに静まった。
包帯の右腕を痛そうに抱えている。
「あの、大丈夫ですか?」
と言った瞬間、その独眼がギロリとこちらをにらんだ。
「う、ううう……邪龍王殺天昇拳!!」
!?
気づくと俺は男の拳に殴られて、すっ飛んでいた。
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