第9話 ギー・シュショットマン

「お前のような探偵がいたとは、王都とは恐ろしい場所だな。今後の教訓にさせてもらうぞ」


「自白と捉えていいんだな?」


「自白とは違う。冥途の土産だよ」


「きゃっ!」


 マンディアルグは無抵抗のルイーズを右腕で拘束して人質に取り、左手で腰に差していた魔方式拳銃を抜いた。これまでにルイーズがその場から逃げ出せなかったのも、マンディアルグの腰に魔方式拳銃が光っていた影響が大きい。逃走を留まらせるには十分な抑止力だ。


「最新鋭の七八型フラム式拳銃。流石は軍属の装備品といったところか」


「お前とその手帳を始末すれば何とでも言い逃れできる。私は治安維持局のエースで市民の英雄だからな」


「俺を始末したところで、お前の本性はすでにルイーズ嬢の知るところだ。どう乗り切るつもりだ?」


「もちろん生きて親元に返してやるさ。ただし、一切証言が出来ぬよう、舌と指を切り落とす。私の姿や名前に反応出来ぬように目と耳も潰す。全てはグリラファールの非道。これで万事解決だ」


「嫌……助けて……」


 この男なら躊躇ためらいなくやる。狂気じみた目つきからそれを感じ取り、人質に取られたルイーズは恐怖に震えている。


「清々しいまでに悪党だな。最初から裏社会で成り上がった方が、出世も早かったんじゃないか?」


「何とでも言え。先ずは手帳を渡してもらおうか。さまなくばこの場で女を殺す」


「急かさずとも、欲しいならくれてやるよ」


「投げずにこちらに滑らせろ」


 投げ渡されたら、手帳に意識が向いた隙に反撃されるかもしれない。マンディアルグは警戒を怠ってはいなかった。


「丸腰の俺の何をそんなに恐れる」


 指示に従い、ギーは姿勢を低くして、地面に置いた真っ白な手帳を地面に滑らせるようにマンディアルグへと届けた。マンディアルグはギーの動きを伺いつつ、視界の端だけで滑ってきた手帳を視認し、足元に届いたそれを片足で踏み止めた。


「ご苦労だったな探偵。後はお前という情報源を始末すればそれで終わりだ」


「苦痛が長引くのは御免だ。やるなら一撃で決めてくれよ」


 立ち上がったギーは、降参するように両手を上げた。


「心配するな。フラム式は着弾と同時に爆炎が広がる。即死は免れんさ」


「ご親切にどうも。だけどそんな代物を気軽にぶっ放してもいいのか? 万が一暴発すれば、痛い目見るのはお前だぞ」


「飄々としているよう見えたが、ここに来て命乞いか? そんなハッタリに惑わされる程、私は甘くはないぞ」


「本当にハッタリかな?」


 ギーが不敵に笑った瞬間、マンディアルグの爪先が何かに触れて、カチッと軽い音が鳴った。反射的にマンディアルグが視線を落とした先にあったのはビー玉サイズの黒い球体。器物を質量を無視して収納出来る魔法具だ。


 爪先との接触がスイッチとなり、中から無数の黒い縄のような物が飛び出し、マンディアルグを襲う。これは魔法で編まれた特製の捕縛縄ほばくなわで、持ち主の意志によって、縦横無尽の動きで標的を拘束する代物だ。


「くそっ! 魔法の縄か」


 マンディアルグに大量の捕縛縄が巻きついていく。ルイーズを抱き寄せていたマンディアルグの右腕にも絡みつき、無理やり腕を広げたことで、ルイーズは拘束から外れて逃げ出した。


「逃がすか!」


 ここで人質を手放すわけにはいかない。マンディアルグは拘束から逃れたルイーズに銃口を向けたが、いつの間にかギーが二人の間に割って入っていった。


「もう一度言うぞ。そんな代物を気軽にぶっ放してもいいのか?」


「これは……」


 捕縛縄な左腕を経由して拳銃にも巻き付き、銃口を塞いでいた。ハッタリではなく、この状況では本当に暴発しかねない。一瞬の躊躇ちゅうちょがマンディアルグの行動を鈍らせる。


「今のはハッタリだよ」


「あがっ!――」


 すかさずギーが強烈な掌底しょうていで、マンディアルグを顎下から突き上げた。脳が揺れ、戦闘不能に陥ったマンディアルグはその場に倒れ込み、無数の捕縛縄で全身をグルグル巻きに拘束された。


 魔法で編まれた縄とはいえ、最新鋭の魔方式拳銃が相手では、射出の瞬間に発生する膨大なエネルギーで縄が焼き切られ、暴発することなく銃弾は射出されていたことだろう。マンディアルグはあの場で躊躇するべきではなかった。


「極限状態でこそ冷静であるべし。もっと周りをよく観察するべきだったな」


 ギーは混乱の中でマンディアルグに踏みつけられて粉々になった、黒い球体の残骸を見下ろした。高額な魔法具だが、ルイーズの命を守れたのだから安い犠牲だ。


 ギーは白い手帳をマンディアルグに渡し、立ち上がる寸前に、捕縛縄を忍ばせた黒い球体をさり気なく地面に置き、坂道の傾斜で自然とマンディアルグの足元に届くように仕向けた。暗い色のスーツを着たギー。暗い夜の坂道。直前に渡された真っ白な手帳。黒く小さな球体の接近を視認するのは難しい。遭遇した時からギーは地の利を得ていたのだ。


「怖い思いをさせてすまなかったな。もう安心だ、お嬢さん」


 恐怖と安堵ですっかり腰を抜かしてしまっていたルイーズに、ギーは優しく手を差し伸べた。


「怖かった! 怖かったです!」


 堪らずルイーズはギーに抱き付いてきた。まだ十六歳の少女が、あれだけ危険な目にあっても自分を律し続けていたのだから立派なものだ。今回は災いの種となってしまったが、行動力や探求心も持ち合わせているし、将来は案外大物になるかもしれない。


「これに懲りたら、今後は軽い気持ちで家出なんかしないことだな」


「肝に命じておきます。お父様のお遣いの方」


「だからお遣いとは少し違うんだが、まあいいか」


 何はともあれ、捜索対象であるルイーズ・ジャックミノーは無事に保護した。結果的には貴族令嬢が犯罪集団に拉致され、それに現役の治安維持局の人間も関わっていた形だ。今後王都に大きな波紋が広がるだろうが、父親の元へ無事に娘を連れて帰れば、探偵としての仕事は無事完了だ。

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