第8話 アメデ・マンディアルグ
「私と一緒にいれば安全です。もうすぐでお屋敷に帰れますからね」
グリラファールに拉致された貴族令嬢のルイーズは、治安維持局所属のアメデ・マンディアルグ大尉に手を引かれ、グリラファールの倉庫群から少し離れた、町へと続く坂道を進んでいた。
不安気なルイーズの前を行くマンディアルグ大尉の表情には、どこか俗物的な品のない笑みを浮かんでいる。そのことにルイーズはまだ気づいていない。
「これはこれはマンディアルグ大尉殿。女性連れで夜のお散歩か?」
不遜な声色にマンディアルグ大尉の足が止まり、正面から足音が近づいて来た。魔導街灯に照らし出されたのは、三つ揃えのスーツを着こなした探偵のギー・シュショットマンであった。坂道で傾斜があるので、マンディアルグ大尉がギーを見上げる形となる。
「何者だ貴様は?」
「探偵のギー・シュショットマンだ。エクトル・ジャックミノー卿からの依頼を受けて、ご息女の捜索を行っている」
「まあ、お父様のお遣いの方ですのね」
「遣いとは少し違うような気もするが、今はそういうことにしておくか」
父親の名前が出たことで、ルイーズの表情が幾分か柔らかくなった。服装は昨日、給仕のバルバラと交換したものと一致している。衣服の乱れや怪我もなく、本人も比較的落ち着いている様子。不幸中の幸いで乱暴な扱いは受けていなかったようだ。
「そうか。ジャックミノー卿は探偵にも依頼を。見ての通りルイーズ様は王国軍治安維持局所属の私が保護した。もう心配はいらない。探偵殿もご苦労だったな」
マンディアルグ大尉は人当りの良い笑みを浮かべて、ギーにも友好的な態度を示した。
「奇妙だな。ジャックミノー卿は、娘の失踪は単なる家出だと考えていた。大事にしないために、探偵である俺に内々に依頼を持ち込んだはずなんだが、どうして治安維持局の大尉がこの件に関わっている?」
「君の言うように治安維持局はルイーズ様の失踪を把握はしていない。私が独自にグリラファールの人身売買ルートを捜査中、偶然ルイーズ様を発見し保護した形だ」
「大尉一人で? 治安維持局の軍人は二人一組での行動が基本だろう」
「私には西方支部所属時からのグリラファールとの因縁がある。単独行動については正直、私情で先走った感は否めない。規定違反なのは事実。処分は甘んじて受け入れる所存だ。事情は概ね伝わっただろう。これ以上ルイーズ様を待たせては申し訳ない。そろそろ失礼するよ」
「確かに今夜は冷える。茶番はこのぐらいにしておくか」
空気を支配しているのは夜の
「ご令嬢は返してもらう。お前のような
「不敬が過ぎるぞ! 不愉快だ」
「軍属でありながらグリラファールと癒着しているような人間に、敬意など不要だろう」
「貴様、何を言って……」
しょせんは町の探偵と侮っていた相手から核心を突く台詞が飛び出し、マンディアルグの表情が見る見る青ざめていく。
世間知らずのお嬢様でもギーの言葉の意味は分かる。ルイーズも警戒感を露わにし身構えた。
「お前は西方支部所属時から、頭目のヴァレリー・ヴァリーに捜査情報を流し、その見返りに多くの手柄を立てていたな。犯罪組織とそれを取り締まる治安維持局の人間が結託すれば、手柄の増産なんて造作ない。お互いの拠点が王都へ移ってからもそれは続き、お前は破竹の勢いで大尉まで昇進。多大な影響力を持っていたドゥヴネットファミリーが弱体化した好機も重なり、グリラファールは犯罪組織として王都で頭角を現していった。お前らにとっては順風満帆だっただろうな」
「妄言だ! 何か証拠でもあるのか?」
「十月二十日二十時二十二分。お前はパンタゴーヌ地区の旧地下道にて、グリラファール構成員ヤン・ウードンと接触。十月二十五日午前十時十六分。ブルイヤル峠で行われていた武器取引の現場にて、いち早く現場に到着したお前が単独で現場を抑え、グリラファール構成員の大多数を確保しているが、取引を主導していたと思われるウードンは捜査の目を掻い潜り、逃走に成功している。
十一月一日には頭目のヴァレリー・ヴァリーが関与した魔物の闇取引に関する証拠の一部が証拠保管室から紛失。これにより捜査は減速。それから五日後に、グリラファールの構成員が廃墟に投棄したケースをお前は回収。中身は証拠隠滅に関するヴァレリーからの謝礼と考えられる。
他にもお前とグリラファールの蜜月ぶりを伺わせる証拠や目撃証言が山ほど存在する。何なら行きつけの店の女性の名前から、ここ一週間の購入品まで全て述べようか? 順調だからと警戒を怠ったな。西部では通用したかもしれないが、王都では通用しないぞ」
ギーは懐から取り出した真っ白な装丁の手帳を、これ見よがしにマンディアルグに見せつけた。そこにはここ三カ月間のマンディアルグやグリラファールの動きが事細かに記載されており、中には決定的な証言も多数見受けられる。
「……なぜ貴様がそれを知っている」
自然と自白を口にしていたことにすら、今のマンディアルグは気づいていない。完璧に振る舞っていたと己惚れていたが、それら全てが、今日初めて出会った男の前では丸裸だった。背後から銃を突きつけられるよりもよっぽど恐ろしい。
「依頼を受けて、この三カ月間ずっとお前とグリラファールの動向を探っていた。それがまさか、新規に受けたジャックミノー卿の依頼とも関わって来るとは、因果なものだな。
想像も多分に含まれるが、今回の一件はお前にとっても想定外だったんだろう。身分を知らずにグリラファールが拉致してきたルイーズ嬢の存在に気付いたお前は、なるべく穏便に済ませるために、職務中に偶然彼女を発見し保護したという体で話しを収めようとした。大方そんな筋書きだろう」
犯罪に巻き込まれた貴族令嬢など、ある意味では危険な爆弾だ。一歩間違えれば貴族権限で王国軍が本格的に介入する大事になる。マンディアルグも最初は扱いに苦慮しただろうが、そんな状況を逆手に取り、自分がルイーズを救ったように見せかけることで名声を高める逆転の一手を思いついたのだろう。
ルイーズが無事に解放される以上、それがグリラファールの犯行であることが
あるいはマンディアルグは今回の件で、グリラファールやヴァレリーに見切りをつけ、それすらも出世のための踏み台にしようとしていたのかもしれない。マンディアルグの立場なら、混乱に乗じて関係のある幹部を消すことも不可能ではない。
ギーは想像も多分に含まれると前置きしたが、マンディアルグが一切反論できない様子を見るに、的確に
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