Chapter.18 再会


土曜日富田先生は朝9時頃私を迎えにきた。どこに行くも聞かされてなかったからなんだか緊張しながら車のドアを開けた。


『おう、乗れ乗れ。』


シートベルトをしながらおはようございますと挨拶した。

昨日はよく寝れたかなど話をしながら途中コンビニに寄って

ミルクティを買ってくれた。


車が高速道路に乗ったあたりで私は尋ねた。


『どこ行くの?今日』


先生はまっすぐ前を向いたまま真剣な顔つきで言った。


『んー…お前、吉井大輝って覚えてるか?』


『あぁ、急に学校来なくなっちゃった男の子だよね…』


吉井君はいつも本を読んでいる人だった。そしてお風呂にあんまり入ってないような臭いがいつもしていた。風呂が嫌いだから、と言っていたと聞いたことがある。そして給食を異常な程食べる人だった。その異様な姿からクラスでは少し避けられていた様な人物だった。


私も特段話したこともなかった人だった。

いつも席で本を読んでいたから目すらまともに合わせた事がなかったかも知れない。話しかけるなってオーラが凄い人だった。


気付いたら彼は学校に来なくなっていた。

気になってはいた。でもいつしか不登校になったって噂を誰もが信じる様になり

私もそう思っていた。2つ下の弟は普通に学校に来ていたからだ。



『何で学校来なくなったと思う?』


『…何でだろう…分かんない』



富田先生は少し言葉が詰まった様に言った。



『大輝、今施設にいるんだよ。』


『…施設?』


『あいつの背中すごい火傷があるんだよ。母親に熱湯かけられたらしい。

日常的に母親に暴力振るわれて今年の春、保護されたんだ。』


『え…だってじゃあ弟さんは?』


『暴力振るわれてたのは大輝だけだったらしい。ずっとクローゼットの中しか居場所がなかったんだと。』


『…そんな』


『で、俺気付いて今回の彩花の時みたく動いたんだよ。大輝はすぐ保護になったんだ。親がシングルマザーだったこともあってな…』


私はショックだった。

同じと言ったら語弊があるかも知れないけれど同じ様な悩みを抱え生きていたのに気付いてあげられなかった事。そして身近にそんな人がいたなんて。


『全然気付かなかったよ…』


『だよな、彩花も誰にもお前の話って出来てなかった様に大輝自身もできなかったんだと思うんだよな。辛い、苦しいって言うのが怖かったんじゃないかな』


『……。』



『今日はな、その大輝に会いに行く日なんだよ。

でな、お前を連れて行こうって思ったのは俺の気まぐれだ。』


『そう…なんだ(笑)

ねぇ何で富田先生は吉井君のそういうのに気付いたの?』


富田先生は熱そうなコーヒーを啜りながら迷わず言った。


『目だな。』


『目…。』


『絵に描いたように目に子供らしい光がないんだよ。彩花もそうだぞ。

誤魔化そうったって目だけは嘘をつかないんだ。いつもな。』


『私、まだ目死んでる?』


『はっはっは!!まだまだ!これからなんだよ。俺なんかみたいなジジィとは違ってお前は。焦んなよ。』


ってことはやっぱり私目死んでるんだ…ってショックだったのは

ここだけのお話にしようと思う。



『私吉井君と話した事ほぼないんだけど気まずいなぁ』


『大丈夫、行く事に意味がある。』


そんな会話をしながら40分ほど走っただろうか。

着いたぞ。と案内されたのは同じ県内でもかなり北の方にある施設だった。


入館許可の手続きなんかを済ませて緊張しながら彼を待っていた。


ドアが開き、入ってきた吉井君が入ってきた。


『お!何だ!ちょっと太ったんじゃないか?飯はうまいか?』


『うん…美味しい。』


吉井君はニコッと笑ってみせた。

こんな声をしていて、こんな笑顔をする人だったんだ、と率直に思った。


『こっちはな、佐原彩花って覚えてるか?同じクラスだったんだけど』


と唐突に私の紹介に入った。


『あぁ…うん覚えてるよ。』


『ひ、久しぶり…』


『彩花もな、かぁちゃんの事で色々あって今日だからお前に合わせようと思って連れてきたんだよ、な!』


『う、うん』


吉井君は少し曇った表情で


『そうなんだ…』


と言った。


『先生からちょっと聞いたけど怪我、大丈夫?』


『うん…まだたまに痛むけどね…大丈夫』


『そっか…』


『その…佐野さんは大丈夫なの?』


『…大丈夫…だと思う』


『……そうなんだ』



と、辿々しい会話のやりとりをしている内に時間になってしまった。


『じゃあな、大輝。またくるからな。』


『うん、ありがとう、佐野さんもありがとう』


『あっ吉井君』


吉井君が席を立って部屋に戻ろうとした時どうしても言わなきゃって

思った事があった。


『吉井君、気付いてあげられなくてごめんね。

話聞いて自己満足だと思うけど謝りたかった。』


吉井君はこくんと頷いて


『それはお互いにそうだよ。頑張ろうな。お互い。』


そう言って彼は部屋へ戻り、先生はその後施設職員の人と話していて

私たちは再び帰路についた。


『彩花、大輝にあってどう感じた?』


『学校にいたときより、顔色良くてふっくらしてて本当によかったって思う。

幸せそうだったと思う。あんまり話した事こそないけど嬉しかった!』


こんな様な答えをしたら何故か先生は『お前は本当に…』と言いながら鼻を啜って泣き出してしまったのだ。



あの時の先生の涙の意味を私は今も知らない。


『彩花、大輝も今トラウマと戦って一生懸命生きようとしてる。

お前も俺がついてるから頑張ろうな。』


『うん。ありがとう…。』



私はこの後臨床心理士さんと話したことやそうなりたいって夢も話した。だから進学して頑張りたいと。先生はとても喜んでくれた。


あんなに喜んでくれたからこそ

本気で頑張っていきたいと改めて思ったのだ。


絶対なろう。

そう決心した。





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