Chapter.17 転換


それからしばらくしてボイラー室に富田先生に昼休み呼ばれた。富田先生はタバコを燻らせながら『どうだ?最近は』と問う。精神科に行った事、今日も受診しに行くと話ししたら少しホッとしたような顔をしていた。


『かぁちゃんも行ってるんだろ?』と言う問いに少し間を置いて

『いや、行ってないよ』と返したら


『え…かぁちゃんも通わすって約束だったんだが…まぁ様子見るしかないのか、お前は大丈夫なんか?』


『大丈夫』


って言うしかなかった。

現に『なんでお前が精神科になんか通うんだ!!馬鹿で売女娘を持った私が行きたいわ!!!!』と毎晩の様に発狂されていたし、夜中部屋に来て私の部屋のものを全てひっくり返し、壊し


『朝までにこれ全部片付けろ』


って事もあの後何回かあった。

母も私に死んで欲しいと思っているんだと思った。

じゃなきゃ あんな事はしない、言わない。


母は私が女に変わっていくのが嫌だったようだ。中学校に上がってもブラジャーを買ってもらえず、透けるのが恥ずかしいと言ってもまだ早い、と言い放ち買ってくれなかった。胸が痛いと言って渋々この前やっとスポーツブラを買ってくれた位だ。周りはとっくにしていた。私も決して発育が悪かったわけではなかったし本当に恥ずかしかった。


そんな私が初体験を終えたと知れば売女呼ばわりしてくるのも当然と言えば当然だったのかも知れない。でも傷付いたし本当になってやろうかなって気持ちにもなった。もう何でもいいやって。どうでもいいやって。


『彩花、土曜日予定あるか?』


富田先生が煙を吐き出しながら言った。


『多分ない。』


『そうしたら会わせたい人がいるから社会科見学に行こう。』


『社会科見学?』


『おう。決まりな!11時に家に迎えにいくから。

父ちゃんには俺から話しとくからさ。』


先生はそれ以上詳細は言わなかった。


『うん、分かった。』



放課後家に帰って病院に行く支度をしていたら母がほろ酔い状態で

『今日は私が連れていく事になってるから』

と言われた。父が母に頼んだらしい。


『うん…お願いします』


胸がザワザワした。

母は飲酒運転でしばしば出かけていた。それが悪い事と分かっていながら怖くて指摘も出来なかった。今日もそうなるようだ。



病院に着くと母は車から降りず1人で行ってくる様に言われた。

『あんなとこいたら頭おかしくなるから1人で行ってきて』

そう言われ車から降りて1人診察へ向かった。


今日はI Qを測るテストをするらしく、臨床心理士の優しそうな女の人が色々なテストをしてくれた。左薬指にはめられた綺麗な指輪がキラッと光っていた。

結婚するのかなぁ、幸せになってね。そんな事を思っていた。


一時間ほどしてヒアリング、テストは終わった。

すると先生は私の手をぎゅっと掴み


『私もね、彩花ちゃんみたいに両親に痛い事、苦しい事。

同級生にもされてきたの、沢山されてきたの。』


先生の目がうるうると涙で濡れてくるのが分かった。


『でね、そんな過去を活かせる仕事に就きたくてこの臨床心理士って

仕事に就いたのね。何回もそれこそ死のうと思ったことも沢山ある。そうやって他人事みたいにスラスラ昔の話が出来る彩花ちゃんを見て私を思い出したの。』


柔らかい手。私のお母さんがこんな人だったら

私はこんな事にならずに済んだのかな


『だから、生きよう。きっと大丈夫。治療ちゃんと受けて自分を褒めてあげよう、よく頑張ったね、辛かったね、ってもう1人の自分が自分を褒めてあげよう。』


ツーっと涙がこぼれてしまった。

自分を褒めてあげる。そんな事した事なかったなぁ

死ねばいい、消えてしまえそればっかだったかもなぁ


『ありがとうございます、頑張ります』


『ごめんね、身の内話になってしまって。

でも忘れないで。孤独に少しでも思わないで。

そんな世界で耐え抜いていってるのは彩花ちゃんだけじゃないよ。』


『はい…』


とても救われた言葉だった。

私だけじゃない、ずっとずっと言われたかった言葉。


富田先生も言ってくれた。この臨床心理士の先生も言ってくれた。

本当に有り難かった。孤独が言える様な気がした。


『先生とはまた会うことが出来ますか?』


『うん、できるよ!主治医の先生ともしっかりお話して一緒に乗り越えていこうね。』


わたしもこんな人になりたい。

今が過去になった未来で私もこうやって誰かの心を救えるような

人になりたい。そう思った。


だから、強くなりたいって、そう初めて強く思った。



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