Chapter.14 帰路


父は今にも帰りたそうな感じだったが富田先生が『少し彩花さんと話がしたいので車でお待ち頂いてもいいでしょうか?』そう父に打診をし父は車に向かった。


『ふぅ』


黒い長椅子に先生が腰掛ける。ギィと鈍い音が静かな保健室にこだまする。富田先生も忙しいだろうに。本当に申し訳ない。


『児童相談所はなぁ、一時保護をしたいって言ったんだよ。やっぱり現状として帰すのはってな。』


天井を見上げながら続ける。


『だがお父さんは自分で何とかしていくって言うんだ、それに関してはどう思う?』


『…うーん。何をどうするのかなって』


『あと約束したのはまず彩花のその精神状態は治癒が必要だから心療内科に必ず連れて行くって約束はしたんだよ。』


『そうなんだ』


私が、心療内科?

まだ中学3年なのに?


そう言うところって大人の人が行くもので私は無縁だと思っていた。この時にも自分の異常さには全く気付いていなかったし何で?って思ってた。


そして私はどうしても〝普通〟な人に聞いてみたい事があった。


『急に頭がぼーっとしてきて、ゲームの中にいるんじゃ無いかって錯覚起こしたり、頭の中で声がする事って、ある?普通の人もある?』


そうしたら富田先生は真っ直ぐに私の目を見て言った。


『正直俺自体が彩花の言う普通なのかは分からない。でも俺はそんな経験ないよ。だからな、やっぱりその専門の先生に見てもらう事が大事だって思うんだよ。』


やっぱりないのか。


気づいた頃にはこの症状はずっとあってそれが私の中の〝普通〟であったから口に出さないだけで誰もがある症状なんだと思っていた。


『そうだね、そう思ったよ』


そう私は言った。


『本当にごめんな。今日お父さんを説得できなくて…でもな、今この現状がゴールじゃないぞ彩花。ここからがスタートだよ。一緒にこの問題立ち向かっていこう。な。』


『うん。ありがとう。』



いいなぁ富田先生は恐怖心なく家に帰れるんだなぁ。私も友達みたいに『早く帰りたーい』って言ってみたいなぁ。何気ない会話だったけど羨ましい一言だった。私にも早く帰りたい家があったなら。


リュックを背負う。今日は普段よりやけに重く感じた。疲れてしまったんだろうか。今日の夜はちゃんと眠れるんだろうか。また起こされて殴られるんだろうか


そんな恐怖心や叫び出したいような葛藤に蓋をし昇降口を後にした。




車の中では父が腕を組んで俯いていた。


『ごめん、遅くなった』


そう言いながら平常心を保つよう自分に念じながら後部座席に乗り込みシートベルトをする。


『彩花、腕は病院に行かなくていいのか?』


父が問う。


『いや、大丈夫。今は出血も止まってるし暫く体育は休む。』


また切るんだろうけど。一生体育できないなぁなんて考えていた。


『さっき先生たちとも話したんだけど、その…なんだ精神の病院に連れて行けって話だったから行こう。』


『うん』


そこからずっと沈黙が続いた。

だから窓の外を見ながら私から切り出した。


『こんな時間まで帰ってこなくて帰ったらお母さんに怒られるかな』


『いや、お父さんからお母さんに話したよ。学校に呼ばれたから行ってくるって。そん時はシラフだったけどなぁ』


『そうなんだ』


なんで今日はこんなに左腕の傷痛いんだろう。

消毒してもらったからかなぁ。


でも何故か傷が痛ければ痛いほど、心が死なずに済んだ。

生きてるって思えたし 痛みを痛みと感じられるならまだ大丈夫だって謎のルールがあったからである。


腕も切ることで心に溜まった膿として涙が出て泣く事がやっと出来る。

そんな感じだった。




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