Chapter.13 間道



それから一時間程してからだろうか。富田先生が校長室に呼ばれる。下校時間はとうに過ぎあたりはすっかり真っ暗になっていた。私は1人で鈍色に光るピンセットなどをぼうっと眺めながらいつだったか父と話した事を思い出していた。


父は山形県の農家の家で3人兄姉の末っ子として生まれた。幼少期から両親は忙しく朝から晩まで働き、寂しくてよく牛と寝ていたと目を細めて話した。

そして末っ子だからと言う理由で獣医を志すも進学させてもらう事が叶わず上京し会社に入る。


世間体をとても気にする人間だった。だからこそ高校に進学しない事を選ぶ私をあんなにも説得してくるのだろうと幼い当時の私は考えていた。それと同時に厳格な昭和の家庭で育った昭和の男と言った人だった。子供は3人産み育てる事、それが男である事と教わったと昔からよく私に話していた。


そして仕事に熱心な人だった。嵐の中でも熱があっても仕事は休まない、そんな真面目な人だった。幼少期家にほとんど居なかったのはやはり仕事が原因だったといつだったか聞く。


父が胃潰瘍で入院中体調を崩し入院していた母と病院で出会い意気投合し出会って3ヶ月で結婚している。父の本当の本籍地も年齢も知らないままだ。


大阪府出身の3つ年上だと聞かされていたらしいが父は嘘を吐いていて実際は山形県出身の10個上だったのだ。頑なに認めないが私がお腹に宿っていたんだと思っている。出来っちゃった婚は幸せになれないと言う教育をそれこそ記憶にあるところからにすれば3歳の頃からされていた。その理由を思春期を迎え理解してくる。あぁ自身の事を言っていたんだな、と。


そうしたら母が酔うとよく口にしていた『お前のせいで』って言葉にも説明がついたからだ。


そして私には記憶こそないが私の曾祖母に当たる人と母を守り抜いて幸せにしてやって欲しいと言われ必ず守り抜くと約束をしたらしい。


山形の祖父からは私が3歳の頃酔った母に殴られている事実を知り今すぐ離婚し私を連れ田舎に帰ってくるように言われたそうだ。だが父は迷いながらもその提案を断った。私から母親を奪うこと、そして曾祖母との契りを破る事。それが出来なかったといつだか話してくれた。どんな形でも母親は特別なはずだ、と。


私には何が正解で何が間違っていたのか当時の私には分からなかった。でもこんな私が出来上がってしまったのも偽りのない一つの事実で。そんな死んだ人間との約束が何だって言うのだ。大切なのは今生きている人間の方じゃないの?と思ったのが率直な感想だった。


ガラガラとドアの重い音がした。

怖くて振り向く事が中々出来なかった。


そこには富田先生と父が立っていて父が言った。


『帰ろう。』


と。



少なからず今の状況を打開出来るのは父だけだと言う事は分かっていた。でも死者との契りが優先せれ私や妹弟が人柱にされてきた現状なのだからこそ、この今の状況の行き先も何となく私も分かってしまっていたような気がするのだ。


私はまたあの地獄に戻る。

抜け出す事など出来ないのだ。


何に期待した?何を期待した?

自分に問う。


どうせ答えなど持ち合わせてないだろう、そう思っていた。

でも私はこの時素直に思ったのだ。




もう 帰りたくない。




でも蓋をした。

そんな感情邪魔なだけだ。



願ったってどうにかなるのか。

ならなかったじゃないか、今まで。



そうやって素直に生きたがる自分を閉じ込める〝もう1人の〟

自分の癖は今もまだ 治ってない。










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