Chapter.5 異変



小学校1年生になると弟の拓也が生まれる。何が恐ろしいかと言えば妹の時も弟の時も妊娠中もほぼ毎晩ベロベロに泥酔するまで酒を飲みタバコを蒸していた事実である。結果論になるが2人とも健康に育ってくれて本当に良かったと思う。


2学期に父が単身赴任で茨城に行ってしまう事になりまた妹の時の様に連日地獄の様な日々だったが程なくして私たちも引っ越すことになった。内心転校の寂しさよりもほっとした。生まれ育った東京を離れ茨城での日々が始まる。


東京で激務だった父も毎日家に帰って来る様にはなったがかといって母が変わる事もなくかすり傷で済んだが母が父を包丁で刺した事もあった。それを泣きながら私たちで止める。




のではなく笑いを堪えるのに必死だった。

もうこの頃から少しずつ私達もおかしくなっていたのかもしれない。

鬼の形相で転げまわって父親を殺めようとしている母親を見て泣くんでも怖がるんでもなく何やってんのこの人達(笑)みたいな感情の方が強くなっていた。


この頃から特に母に殴られている最中だったり怒鳴られたりすると急にポーッと意識が遠くなり、目の前にいる母親が誰だか分からなくなる様なこれはゲームの世界の話でこの人も存在しないし、私も存在しないんじゃないか?


というより、この人誰?


ばかりが気になるという何とも説明の難しい症状が顕著に出る様になった。

意識が半分どこかに行っているのにちゃんと受け答えは出来る。

でも、私が自分で発してる言葉のはずなのに私の言葉じゃないのだ。


そしてそこから戻って来るのが大変だった。腕をつねるなどして意識を戻さないと現実の〝私〟に戻る事が出来ない位だった。この感覚は誰にでもあるものだと思って過ごしていたのだが普通はない症状と知り、後に大人になってから解離性障害の症状であったと知るが現在も尚続いている。


この症状は受け答えは出来ているものの話は全く頭に入ってこない為本当に困るのだ。ただ単にすぐ忘れてしまう人、若しくは話を聞いてない人と捉えられてしまうからだ。


きっとそうやって自己防衛していたのかもしれない。自分から自分を切り離す事で辛い現実から逃れようとしたのかもしれない。今でもひとつひとつの情景を思い出しながらこれを執筆していると手に汗が滲む。全て鮮明に思い出せるからだ。


でも負けたくない。何が辛くて何がそうさせるのか自分としっかり向き合いたいのだ。だから記していきたいと思う。


私は『彩花ちゃん、いつから朝からいた?』とキョトンとクラスメートに言われる位暗い子供だった。でもこのままじゃダメだと何故か思い直し人が変わった様に明るく振る舞う様になり簡単に嘘を吐く癖がつく。行ってもいないのに昨日ディズニーランドに行ったんだよなどとつまらない嘘を吐いた。


3年生の時の担任にはそんな小さい嘘を指摘され『彩花ちゃんはつまらない嘘をすぐ吐く、将来ろくな大人になれないよ!』と度々叱られ母にも電話された。今も母にネタにされ罵られる。でも何故かやめる事が出来なかった。クラスメートも気づかないふりをしていてくれたのかも知れない。


今思えば何でだったのか分からない。とにかく明るくて楽しい話題がいつもある人になりたかった。人を陥れる嘘はいけないけど何で楽しい嘘がいけないのか分からなかった。ただバカみたいに笑って放課後の事を忘れたい。今だけは帰った後の事は忘れたい。その気持ちだけは嘘じゃなかったはずだ。


とある日の下校中聞いてみたかった事を仲良くしてくれていた友人に尋ねた。



『お母さんが、お酒とか飲みすぎて夜中に起こして

叩いてきたり暴言吐かれたりする?』




その友人の曇った表情を見て答えを聞かずとも分かった。

でもお願い、あるよ!って言って。



それで普通だよってお願い、言って。

うちが異常な家じゃ無いって言って。



『そんな事1回も無いよ…何でそんな事聞くの?』




疑惑が確信に変わってしまった。

うちはおかしい。普通の家じゃ無いかもしれない。


いや、普通じゃない。

血の気が引いていく感覚がした。



何となく、本当は何となく気付いていたけど

どこの家も そうやって大人になっていくんだと信じていたから。



私は母に嫌われてるんじゃなくて

そう、信じたかったから。



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