Chapter.4 漆黒


時は流れ私は小学校へ入学し、妹は3歳になっていた。

ランドセルは山形に住む父方の祖父が買ってくれた。


父方の方で私は初めての女孫で祖母は私が2歳の時に不慮の事故で亡くなってしまったらしいが本当に可愛がってくれたと父が目を細め語っていたのを覚えている。祖父も毎年美味しい野菜を沢山送ってくれた。


母方の祖父も既に他界していたが祖父もまた相当酒癖が悪かったらしい。それが理由だったのか定かではないが産みの母秀実は生後間もない母と2つ年上の姉すみれを残し離婚している。育ての母親は母の叔母に当たる父親の妹の節代おばさんだったそうだ。


母は酒に酔ってすみれ叔母さんに電話をしょっちゅう掛けていた。幼少期に生みの母親との手紙を勝手に捨てた事、その時節代叔母さんにチクられツネられた話は毎回持ち出していた。


そして私が幼稚園に上がった頃には『お前が叔母さんに思ってる事全部言え!!』と受話器を投げられ、電話に出るも言いたい事など無く、ただ黙っているしかなかったが黙っていると殴られるので『ママを苦しめないで…』などと言った。


『彩花ちゃん。アナタ可哀想だね、本当に可哀想な子だね。』


すみれ叔母さんはそうピシャッと言って電話を切ったのだ。

こんなやりとりが幾度かあった様に思う。



可哀想なんかじゃない、私は可哀想なんかじゃない。

認めたくないのに涙がポロポロ溢れた。異変に気付いているのなら助けて。


その後母が納得できる結果に出来なかった罰として妹と私は漆黒色のゴミ袋にそれぞれ詰められ、冷たい水が張る浴槽に投げ入れられた。


『ママを助けてくれないお前らなんかゴミ同然だ!死ね!!!』

そうして浴室ドアを閉めバリゲートを張られた。


妹が泣き叫んでいる。早く助けなくては本当に死んでしまうかもしれない。

私は急いで袋を破って出て、妹の袋も破いた。わぁぁぁんと妹の泣き声につられて泣いてしまいそうだったが堪えて大丈夫、大丈夫だから泣かないでと抱きしめた。水に身体が濡れてしまったせいなのか、怖くてなのか実紗のカタカタ震える冷たい小さな身体を今でも忘れる事が出来ない。


『寒いよぅ』


そう訴えたので私のトレーナーを脱いで着させた。


『ママが眠るまで死んだことにしよう、そうしないとまた袋の中に閉じ込められてしまう。ごめんね、もう少し頑張ろう。』


『なんで?なんでママはこんなことするの?』


何も返す言葉がパッと出てこなかった。

その答えは私がずっと一番知りたいからだった。


『分からない…でも今はとにかく死んだふりしよう。』


それからしばらくして音が聞こえなくなったのを見計らって外に置かれた棚をずらして脱出に成功した。実紗を着替えさせ、二人で部屋の端っこで丸くなってもう大丈夫だよ、と母を起こさぬように小声で話しかけながら実紗が眠ったのを確認してから眠りについた。


私は東京都出身で母方に親族も東京だったが母の様子のおかしさに

気付き、真っ向に母を叱り私達を助けようとしてくれたのは後にも先にも遠い山形県に住む祖父とアメリカにいたグランマだけだった。


遠路遥々山形から突発で私達に会いに来てくれた祖父。それこそ国境を超えて会いに来てくれたグランマ。一番近くにいた人達は可哀想だねと言うだけで何も助けてくれなかった。きっと気づいていた。


もしあの時本当に私達が死んでいたら母は子供を虐待し殺した殺人犯である。見て見ぬふりをした周りの人間も一生十字架を背負って生きていく。


たまにふと、思ってしまう。

こんな何十年も経った今も苦しい思いを抱えながら生きていかなければならないのならばいっそ、殺して欲しかった。


憎悪だとかそういった汚い感情を知る前に

この世を去れた方が幸せだったんじゃないか?


生み出した母に〝最愛〟と心の底から思えた頃に

息の根を止めてくれてたら



そう 考えてしまうのだ。

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