Chapter.3 決意


その後は踏切の中でうとうとしていた所近くにあったスナックの方が通報をして下さり温かいオレンジジュースを出してくれたのを覚えている。程なくして警察が母と迎えに来た。母が走って私に近寄って来た。どうしよう、父を見つけられなかったから怒られる、と怯んでいたら


『どこに行っていたの?!勝手に出て行ったらダメでしょう!!!』


と号泣しながら私を抱きしめて来た。

警察にもお母さんに心配かけたらダメだろう?と怒られてしまった。

全てをその瞬間悟ったのだ。これは私の自発的失踪扱いになってる、と。


だが怖くて本当のことが言えなかった。この後あの地獄のような部屋に戻るのだ。この人たちは助けてはくれない。ただごめんなさい…とそう答えるしか無かった。


でも黙っていたおかげか帰ってから母は優しくしてくれ久しぶりに布団で寝かし付けてくれた。神様、明日もこうして1日を終えたい。夢現そう願った。





そして翌年の春私の妹となる実紗が生まれた。初めて会いに行った妹はとても小さくてその細い小さな指で私の指をぎゅっと握られた時



ゾッとした。



母の暴力から自分の身を守るので精一杯なのにこれからこんなに小さくか弱い者も守っていかなくちゃいけないんだ…。私に出来るんだろうか?父は前よりは家に帰ってくるようになってはいたが帰ってこない日はそれでもまだ少なくなかった。


でも妹が産まれた事で何か変わるかもしれない。私のせいで母が泣いたり怒ったりするだけで実紗が産まれた今からは何か変わるかもしれない。

そんな事を可愛いでしょう、と微笑む母の声を他所に考えていた。私にとって実紗は希望と絶望が入り混じった光だったのである。


そんな希望も虚しく母は退院後間もなく元の様に酒に溺れる。昼夜問わず泣き止まない実紗を世話するのは当然私。哺乳瓶を投げつけられ早く泣き止ませろ!!と無理難題を押し付けられる。


『みぃちゃん、お願い、泣き止んで、ね…』


だが止まずのけぞって実沙は泣き叫ぶ。もうどうしたらいいのか分からなくって一緒に泣いた。どうして泣いてるんだろう。オムツだろうか、ミルクも飲んでくれない。でも母はずっと誰かに電話を続け薄暗い部屋に二人ぼっち。



『ゆーりかごのうーたを カーナリヤがうーたうよ』



この歌を歌った時実紗がゆっくり泣き止んで私の目をじっと見て来たのだ。酔ってない時の母が歌っている子守唄だった。聞いている内に覚えたのだ。


『みぃちゃんもこの歌が好き?彩花も好きだよ!』


と話しかけたらにぱっと笑ってくれたのを覚えている。

そうだ、お姉ちゃんの私が泣いていたらいけない。私が守ってあげなくちゃ。

その後ずっとエンドレスリピートに1番しか知らないゆりかごの歌を歌って聴かせた。スッと眠りについてくれた。



だが育児である以上毎回そうだった訳でもなく泣き止ませられずにいると近付いてくる母の足音に怯える毎日だったしおむつ替えを失敗して布団を汚してしまった時にはベランダから吊るされそうになったし本当に今思えば辛かったと思う。


と言うよりも幼稚園や保育所にも通っていなかった私には家という2LDKの世界が全てだった。母の罵詈雑言も暴力も妹の世話を姉がする事も当たり前だしそう思っていた。これは当然でどこの家もこういうものなんだと思っていた。だからこそ、いや、そうしなくては自分を保てなかったのだと思う。


思い込みとは本当に怖い。自分を如何様にも出来てしまう。

良くも、悪くもだ。


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