Chapter.2 雪夜
とある雪がしんしんと降る夜だった。この日も母は相変わらず酒に溺れていて誰かにずっと電話をしていた。その電話を横で聞きながら明日、雪だるま作れるかな?などと思いながら窓の外の銀世界を眺めたりしてできるだけ存在を消して過ごしていた。
暫くして夜もすっかり深まった頃に母の電話が切れた様だったのでずっと不思議だった事を母に聞いて見る事にした。
『ねぇ、ママ。
どうして、パパ帰ってこないの?
どこにいるの?いつ帰ってくるの?』
母の表情がみるみる変わるのが当時3歳の私ですら分かった。聞いてはいけない事を私は聞いてしまったと一瞬で判断がついたが時は戻せない。怖くて目を閉じていたら
『…なら』
『…え?』
恐る恐る聞き返す。
『そんなにてめぇ親父に会いたきゃ探してこい!!ほらぁ!!』
と言い、私の腕も掴み玄関の外に放り投げられ鍵を閉められてしまった。ぶつけた背中が痛くてその場で少し泣いてしまったけどきっと開けてくれないしよし!ママの為に探しに行こう!と思い直し一緒に投げられた靴を履いて父を探しに向かった。
銀世界が広がる夜道を歩き出す。凍てついた空気で肺が痛い。サクサク足音を立てあてもなく歩いていた。当然父の会社の場所や今どこにいるかなんて知らない。夜中に一人で歩いた事なんてなかったし段々不安になってきてしまう。でも帰れば母に怒られる。探してこいと言われたのに帰ったらまた怒らせてしまう。
というよりも雪が積もって居るせいかいつもと風景が全く違って帰り道ももう既に分からなかった。
どうしよう…と立ち止まった瞬間涙がポロポロ溢れてきてしまった。なんでこんなに悲しい気持ちにならなくちゃいけないんだろう。コートも羽織っておらず寒くて意識がぽーっとしてくる感覚があった。踏切の前でふと母がいつも言う『あんたの所為だ』と言う言葉を思い出した。
そうだ、私が死ねば、いなくなればママは怒る事も泣く事も無くいられるんだ。
私のせいってそういうことじゃないのか?
踏切に入れば死ぬ事をもう3歳児の私は理解していた。父を探すのは難しそうだし戻るのは怖いしもう死んじゃおう そう3歳にしてそう思ったのだ。
凍った涙が頬に張り付いて痛い。死ぬのってもっと痛いのだろうか、怖い。そんな事を考えながら踏切の真ん中に座り込んだ。
でも、最後にパパに会いたかったなぁ。ドライブが楽しかった事、お祭りで買ってもらったみぞれ玉美味しかった事、肩車してもらって見た桜がとてもいい香りがした事。
そして母に叩かれて真っ赤に腫れた頬を泣きながら抱きしめて氷で冷やしてくれた事。冷たくて痛かったけどそんな時間も貴重な父との時間だった。
大丈夫。私は大丈夫だから皆で楽しいお話をしようよ。どこに行っていたの?
明日はちゃんと帰ってくる?お願い、ママを責めないで。私が悪い子だから私は怒られてるだけだよ。だから喧嘩しないで。私絵をたくさん描いたよ。3人で色んなところに行く絵いっぱい描いたよ。褒めてよ。そして皆で本当に行こうよ。
小さな心はもういっぱいいっぱいで溢れてしまいそうだった。私が居なくなればママもパパもあんな喧嘩ばっかりじゃきっと無くなる。だからバイバイ。
悲しくて寂しくて声をあげて泣いた。何のために生まれてきたんだろう。そんな感情を初めて抱いたのが私はこの3歳の時だった。大人が思っているよりも3歳児は物事が理解出来ている。それを私が一番痛い程知っている。
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