第109話 代理人

交通事故で君のお兄さんが死んだ。仲の良かった兄妹だった。


彼とは親友だった。俺も悲しみに暮れたが、存外すぐに立ち直った。


日々の生活があったし、あるいは心の麻痺かもしれない。対して君はずっと立ち直れずにいた。


君のことが気がかりで何度も足を運んだ。君は部屋から出てこなくて。


ある日、彼の部屋に置いてあるギターが目に留まった。俺がベースで彼とはバンドを組んでいたこともあった。


懐かしくなってギターを弾く。すると突然戸が開いた。


そこには君が立っている。故人のモノを勝手に使ったのは配慮が足りなかったか。


謝ろうとしたとき、虚ろな目で君は言った。「お兄ちゃん?」と。


俺は固まった。君は正気ではなかった。


だが俺もきっと正気ではなくなっていて。「ああ」と彼の口調を真似てしまっていた。


君は外に出られるようになった。活発だった性格もそのままに。


ただ俺のことをお兄ちゃんと呼ぶ。あいつの死から目を逸らし続けている。


俺は代理人。今は俺が君の兄貴なんだ。


だから俺の恋は実らない。駆け寄ってきた妹の頭を俺は撫でていた。

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