1 封印された悪役令嬢が皇帝にお持ち帰りされるまで(1)

 かつて大陸を統べた古の大帝国は、高い魔力を持つ者がその力を使い国を盛り立てたと歴史書は伝える。

 ノワイユ王国だけでなく他国も含めて、貴族が多少なりとも魔力を有するのはその名残。例外はあるものの、一般的に高い魔力は高貴さとされていた。


(ぼんくらでも王族。魔力は高いのよ。不意打ちの二人がかりとはいえ、百八十年、わたくし完全に眠っていたようだもの)


 新興貴族の台頭や、遺伝的にも倫理的にも大昔のように近親婚が当たり前ではない時代だ。

 血統は薄まり、多くの魔法を修得できるような魔力を持つ者は、上位貴族でもそれほど多くない。

 稀に隔世遺伝や自然発生的に下級貴族や平民が高い魔力持って生まれることはあるけれど、何十年に一人、何千何万人に一人といった珍しさであるというのに。

 貴き血統と力をかろうじて維持していた王族と、突然変異的な逸材が揃って、エレノアを封じてしまったわけである。


(眠っている間に、国も家も滅びてしまうとはね)


 エレノアを封じた二人は、とっくに天に召されている。

 ちなみに国が滅びたのは、彼等の孫が戦争を始めたせいだ。

 ノワイユ王国は負けて滅び、敵国のローズィユ帝国に吸収された。

 かつての王都は寂れた地方都市となり、エレノアが封印された離宮は荊に覆われた廃城といった有様。

 国や民は以前より豊かになっているから、滅んでよかったのではないかしら、と他人事のようにエレノアは思うだけだけれど。

 王族やそれに連なる家も粛清され、シャテルロー公爵家もそれを免れてはいない。しかし記録を確認した限りではエレノアの両親や兄や甥は天寿をまっとうしている。

 その後、傍系が公爵家を継承し、粛清されたのはその者たちであるから、彼女としては特に思うところもない。

 王太子に凍結封印される不始末を起こした娘について、はなから存在しない者扱いしたらしい家族には大いに腹が立つけれど、貴族としては仕方がないことでもある。エレノアが彼等の側であれば、たぶん同じようにしただろう。


(それに、わたくしは滅んではいないもの)


 目を瞑ったままエレノアは、来訪者達が離宮の外に出たのを確認すると、彼等が切り開いた荊の蔓を魔力を使って動かし侵入路を塞ぎ直した。

 介抱というより、屈強な男達に捕えられた獲物として丸焼きにでもされそうな格好で運ばれていた伯爵殿は目を覚ましたらしい。

 腹を貫いていた氷も、傷も、跡形もないことに驚いて首を傾げている。

 そこまで確認すれば十分だ。エレノアは遠見を行っていた集中も解く。


(百八十年……)


 彼女にかけられた封印は、二人がかりでその魔力を重ねがけした王家特有の封印魔法。

 そのためか、意識は覚めても体は眠ったままで動けない。

 幸い、魔力は動かせて、体は眠った状態ながらも多少の魔法も操れる。

 封印を完全解除しようと色々と試みたものの、どうやらかけられた時と同様に、もう一人、他者の魔力の干渉が必要らしい。

 誰かに頼もうにも知人はすべて故人となっている。あてがない。

 いまの状態でエレノアが他者に届けられるとしたら声だけだが、得体の知れない声に魔力をくれと言われても、無理な相談である。


(誘い込んで魔力を奪うしかないわね)


 その後のことも考えれば、強い魔力の持ち主であれば誰でもいいわけでもない。

 起きて、相手に百八十年前の公爵令嬢だと訴えたところで頭のおかしな女になるだけだ。信じてもらえたところで異端審問送りだろう。

 身分どころか身元も示せない、働くことを知らない若い娘が行き着く先など碌なものではない。

 封印を解除できる程度の魔力、エレノアに自由と身分を保障し彼女を世話できるだけの立場や権力。

 この二つを持っていることが絶対条件。


(色々探っていたおかげで、遠見の魔法の熟練者になってしまったわ)

 

 封印される前と比べても、高い魔力を継ぐ貴族の数は随分と少なくなっているようだ。

 エレノアが最も適格と目をつけたのは、若き皇帝だった。

 数年前に帝位につき、まだ三十にも満たない。

 おまけにその立場で驚くべきことに、皇妃も婚約者もいないらしい。


(さぞや多くの思惑ある貴族や女性が、卑しく群がったのでしょうね)


 高い魔力を持つ賢帝と評判な一方、警戒心や猜疑心が強く、側近以外は容易に人を近づけさせないようにしているらしい。遠く離れた帝都の宮殿をエレノアは少しだけ覗いたけれど、本当に、必要なければ側近以外は社交程度であしらっている様子だった。

 離れた場所を見るのはかなりの集中力を要するし、魔力の消耗も大きい。

 宮殿を覆う魔法障壁もあるし、あまり長く探るのも危うい気がしてすぐ引き上げたから、エレノアが覗いたのはわずかな時間ではあるけれど。

 こうして必要な情報を集め、考え、目を付けた男を誘い込むための“噂”をエレノアは仕掛けた。

 ローズィユ帝国第十三代皇帝ハインリヒ・ノトルガウを誘い込むための罠を。


(彼の古の大帝国を引き合いに、魔法絡みでご自分以外の“選ばれし者”なんて現れたら……為政者としては困るはず)


 相手は皇帝だ、家臣を代わりに寄越されても困る。

 本人が来てくれなければ意味がない。それに他者の魔力を勝手に動かすには体液を介した接触がいる。

 眠り姫は王子のキスで目覚めるもの。

 その姫が、魔法仕掛けな人ではないもののように思える語り口なら興味も持つだろう。


(高い魔力を持つ者にありがちな、珍しい魔法の知識を集めるのがご趣味なようだし)


 あの噂は、「高い魔力を持つ貴き者に為政者としての権威を与える、魔法仕掛けの何かが存在する」とも読み解ける。

 滅ぼされし国の都、荊に護られた廃城、と。

 場所の特定に必要な情報も懇切丁寧に盛り込んである。


(わたくしが凍結封印されたことは、記録上なかったことにされている。けれど消し切れるものではないわ。調べれば王族に絡むなにかがあったと察せられるはず)


 その耳にさえ届けば、必ず来るとエレノアは確信していた。

 だからこの離宮の荊を切り開いて侵入してきた、これまでの冒険心溢れるならず者とは明らかに身なりの異なる、騎士連れのお貴族様ご一行を招待・・してあげたのである。


(だって、“豚”って役に立つものですもの)

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