灰の街 番外編SS1

四章二、三話の話を致します。最後は七、八章あたりです。




「一葉ちゃん、あのね」

 別れ際、未悠は頬を赤く染めて俯き唇を震わせた。

「私来週結婚式なの。一葉ちゃんにも来て欲しいな」

 目を丸くしてしばし身動きがとれなかった。十八での結婚は今時何ら珍しいことではなく、そろそろちらほらそんな話をし出してもおかしくはない。しかし私の周りでそんな話をする人がいるとは……

「相手は誰」

「春人。ほら、五年の時に転校してきた黒髪のイケメン」

「……」

 春人、か。よりによって彼と付き合っていたなんて。


 ――俺、お前のこと、その……好きだ

 遠い日の思い出が呼び起こされた。昔の話だが、私は春人が好きだったし、付き合っていたこともあった。告白は向こうからで、別に嫌いになる要素は全くなかったので深く考えずOKした。

 次の日から恋人生活が始まって、色々なことをした。無論小学生の恋愛なのでたいしたことはしていないが、休み時間も放課後も一緒にいた。ただ皆にどやされるのは恥ずかしかったので、教室からちょっと離れた廊下の柱の陰にいたり少し離れた公園にいたりと隠れていた。

 とても楽しかったのをぼんやりと覚えている。そうだ、授業を一度だけバックれて遊園地に行ったこともあった。シューティングで私が勝ってしまって、春人が拗ねたんだ、少しかわいくて愛しかった。


 付き合って一年くらいしたとき、春人は別の学校へ転校してしまった。もう会えないかもしれないから、とくれた色違いのアクセサリーはずっと大切に……

 転校……? 違う、これは私の記憶じゃない。春人とはあまり喋ったことがなかったんだ、仲の良いクラスだったが彼だけには避けられていたから。

 ――死にたくない!

 私が、いや、春人の恋人だった妹が喉を枯らして叫んでいる。悲痛な叫びはH型の事件のあった時刻のものだった。ちょっと同調するとちゃちなアクセサリーが握られているのが分かった。

 ――たすけて春人

 二人を切り裂いたのは私だ。お前さえ居なければ、という怒号が今でも鮮明に聞こえてくる。


「おめでとう」

「ありがとう。私今とっても幸せだよ」

 私は恋をしたことがない。ただ他人の記憶を覗いているだけだ。もしあの子が今も生きていたら、なんて言っていただろう。約束してたのに悔しいと思うだろうか、心から祝福するだろうか。

「結婚式には行けそうにないわ。その代わりと言ってはなんだけど、渡して欲しいものがあるの」

「彼に?」

「ええ」


 次の日、自室の隣の部屋に忍び込み、机の上のものを取った。きっと彼女ならこれを望んでいるから。

「なあに、これ」

 昨日の場所で待っていた未悠の右手に握らせたのは妹の遺品だ。

「春人に。捨てても良いし、取っておいても良いわ」

 未悠は安っぽいアクセサリーを摘まんで掲げる。端っこの方にH×Fと刻まれていた。


 嗚呼、貴方はH-02二葉ね。

 ――何故私が死ななきゃいけないの

 一方的に話しかけてくるだけの声に話しかける。貴方の元彼は幸せを掴んだらしいわよ。

「ごめんなさい、私のせいで」



 冬のある日、そんなこともあったと思い出した。あのアクセサリーがどうなったかなんてどうでもいいが、春人が二葉のことを覚えていたら嬉しい。

「なあ一葉……お前は人を好きになったことはあるか。……俺は、なかった」

 質の悪いアルコールを入れた終希が独りごちた。時計を見るといつの間にか日付は変わっていて、部屋の温度が下がりつつあった。

「叶さんは違うの」

「憧れと恋は違うんだ」

 額に手を当てて懐かしむように笑う。

「馬鹿だったよ、ガキだった」

 飲みかけのグラスを奪って一口含む。辛くて苦い。

「私も似たようなものよ」

 眉を下げて目を細める。終希はグラスの残りを一気に煽ると寝室へ消えていった。きっと今日も一人で泣いているんだろう。

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