ケヤキ

 子供のころ、それも小学校低学年くらいのときの話だ。


 通学路の真ん中に3本のケヤキが植わっていた。うん、確かケヤキだったと思う。

 それは物心ついたころからずうっとそこに立っていた。樹齢何年だかは全く分からないが、大人が腕を回しても足りないくらいの太さだ。


 サクラのように特段綺麗なわけでもなく、面白い虫がいた訳でもない。あれはただそこに立っていただけだ。

 しかし私にとってあれは町のシンボルであり、なくてはならない宝物だった。



 ある時学校から帰ると、一番手前の1本が下から伐採されて切り株になっていた。横断歩道を渡ってすぐ、つまり帰って来たら真っ先に向かい入れてくれていた木だ。


 ショックだった。それはもう本当にショックだった。「次の木が切られたら死のう」と子供ながら決心するくらいにはショックだった。




 あれは私の御神木だったのだ。




 時は流れ私も中学生になり、高校生になってケヤキの存在など頭から完全に抜けていた。

 親友と仲違いをし、新しく友達が出来た。奥歯を噛み締めてこの世を呪い、魔術で悪い奴らを制裁した。イマジナリーフレンドに依存し、授業を抜け出して知らない土地へ自分を探しに行った。


 それら全てを色々拗らせた少年時代だと笑って流し、つまらない大人になった。引っ越したことも相まって、故郷がどうなっているのか知ることも無くなってしまったのである。




 この間数年ぶりに地元に戻った。


 以前住んでいたアパートは取り壊され、区画整理されて一軒家が立っていた。自転車で行くには怖かった坂道も鬱蒼とした林も、友達と作った秘密基地さえも消えていた。


 私の学生時代、当たり前のようにあったものはほとんど無くなっていた。楽しかったことも、死にたくなるほど辛い経験も、重機で簡単に取り壊され廃棄されてしまったのだ。





 しかし今でも御神木ケヤキはそこに立っている。それだけで生きる意味があるというものだ。



2022/10/23

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