第14話
14
ミリアはロープを使って兵士たち全員を縛り上げた。
そのまま付近の小屋に押し込む。
「畜生、解きやがれ!」
「この淫売!」
「死ね!」
「ローウェルに連絡はしてやる、運が良ければ助かるだろ」
兵士たちの雑言には取り合わず、ミリアはそう言って小屋の扉を閉めた。
「すまん、助かったよ」
ぼくは礼を言った。
「いや、礼なら魔女たちに言ってくれ」
ミリアはポリポリと頬を?いている。
「あたしは頼まれて着いてきただけなんだ」
「そうか」
ぼくは言った。
「でも、お前にも礼を言いたい。ありがとう」
「なんだよ、水くさい…」
ミリアはちょっと赤面してるようだった。
照れくさいのだろう。
「なんでまた皆で来たのさ?」
如月が言った。
「なんか胸騒ぎがしたんだよ」(水無月)
「だから、魔道書を使って皆でゲートを開く魔法を使ったんだ」(卯月)
「あ、ミリアさんは案内役ね」(長月)
「ゲート付近にいるとは思わなかったけどね」(弥生)
魔女たちはペチャクチャとしゃべっている。
「女三人集まれば姦しい」とはよくいうが、煩いことこの上ない。
「大丈夫か、トラビス?」
ぼくはトラビスを見た。
トラビスはずっと黙ったまま、切り株に座っていた。
「……ぼくは、これからどうしたら?」
トラビスはうなだれている。
トラビスの言いたい事はよく分る。
神殿のために汚い仕事をこなして来たのに、都合で捨てられた。
そればかりか「神殿の敵」宣言を受けたのだ。
神聖騎士たちを殺さない以上、それは神殿に伝わる。
「もうお終いにしたい」
トラビスはぼくを見た。
懇願するように。
「ぼくを殺してくれ、アルフレッド」
「できるかよ!」
ぼくは叫んだ。
「お前は大事な仲間だトラビス。一緒に魔王を倒す旅をしてきた仲間なんだぞ?」
「だからこそ、君に頼みたいんだ」
トラビスは言った。
「ぼくの事を思うなら」
「ムリだ」
ぼくは頭を振った。
仲間をこの手で殺すなど出来る訳がない。
「……」
トラビスはうなだれた。
「トラビス」
ミリアがその肩に手を置いた。
「あたしと一緒にあちらの世界に行こう」
「え?」
「そこで己を見つめ直すんだ」
ミリアは言った。
「あちらの世界にはお前を知る者はいない。やり直せる」
「……」
トラビスは目を見開いた。
絶望の中に一筋の光を見いだしたかのようである。
「…分った」
『決まりだな』
気付くとタリサが立っていた。
ぼくの横に。
「ふ…タリサは変わらないな」
ミリアが苦笑している。
『な、なにが…?』
「いや、なんでもない」
*
一度、戻ることにした。
ゲートを通って世界をまたぐ。
「スカラーさん、申し訳ありません。エドワードの責はぼくの責でもあります」
ぼくは謝った。
「……謝ってくれるな、アルフレッド殿」
スカラーは言った。
ため息をついている。
「ずべて運命だよ。私たちはどのみち、魔族狩りに捕まっていたんだ。だから気にするな」
スカラーはすべてを諦めていた。
日光に当たった瞬間に燃え尽きる吸血鬼は、いつ滅ぶとも分らない存在である。
「願わくば、我々にも魂があって、冥福が彼らに訪れるように」
「……はい」
ぼくはそれしか言えなかった。
「エドワードを助けたい」
ぼくは言った。
『それは難しいな』
タリサは目を伏せた。
『王国を敵に回した。戦争になるよ』
「戦争は数だよ」
如月が言った。
他の魔女たちは帰宅している。
今いるのは、ビクトールさんの隠れ家だ。
そして、いつものメンバーとミリア、トラビスがいる。
「なら、数を揃える」
ぼくは言った。
王国の状況を見て見ぬ振りはできない。
「ビクトールさん、手を貸して頂けませんか?」
「……うーむ」
ビクトールさんは唸った。
「助力するのは、少しためらいがありますな」
「大義名分は?」
ミリアが口を挟んだ。
「せめて、それがないと格好もつかないし、誰も認めてくれない」
「……王国に虐げられる魔族の解放、エドワードのような己の意思に反して王国に隷属する者の解放」
「どこの魔族だよ?」
『魔族の解放など唱えたら王国の敵になる』
タリサがフードの中で目をチカチカさせている。
『止めた方がいい』
「いや、やらざるを得ない」
ぼくは言った。
「奴隷狩りなど認める訳にはいかない。解放を目指すんだ」
「個人的な理由だな」
ミリアは興味をなくしたようだった。
両手を頭の後ろへ回している。
「トラビス、いくぞ」
そして、トラビスを連れて部屋を出た。
それから、ぼくは勉強した。
「あちらの世界の資源を、安い人件費で得る」
「こちらの世界の技術を売り、生活水準・衛生面の向上などをはかる」
政治・経済、社会、理科などなど。
おあつらえ向きに学校は知識の泉である。
知識を得て、アルバイトなどの仕事を通して実践をする。
半年が過ぎた。
ぼくは、ビクトールさんを説得した。
「あちらの世界の資源は手つかずです。人件費も安いですから価格はぐっと抑えられます」
「ふむ、商売としては成り立ちますな」
ビクトールさんはうなずいた。
「しかし、そう簡単に商売ができますかな?」
「はい、それに関する事も考えてあります」
ぼくは怯まない。
「銃器の威力を持って威圧してゆきます」
「僧侶の神聖魔法を使われたら無力ではないですかな?」
「それはありますね。でも、向こうの人口比率から言っても僧侶は少数派です。補給さえできれば消耗戦になっても問題ありません」
ぼくは考えを述べた。
「ふむ」
ビクトールさんは少し考えているようだった。
「銃器が有用だと知れば、あちらの世界の権力者はこれを欲しがるでしょう。そこでも商売が成り立ちます」
「武器の売買は危険ではないですかな?」
「どのみち、交流が進めば銃器は流出してしまいますよ」
ぼくは言った。
「それなら、しっかり供給元を押えてリスクコントロールをした方が吉です」
「なるほど」
ビクトールさんはうなずいた。
「分りました、協力しましょう」
「ありがとうございます」
ぼくは頭を下げた。
「ときに勇者殿」
「はい?」
「アイナの事はどう思われてますかな?」
「え?」
「勇者殿は、度胸もあり、実力もあり、知恵も持ち合わせておりますな」
「は、はあ…」
「孫娘を任せるにはこれ以上の人物はおりませぬ」
「い、いや、そういうことは本人の意思とかが……」
ぼくは思わぬ展開にしどろもどろになる。
「まあ、心の片隅に置いといてくだされ」
ビクトールさんは、いたずらっぽく笑った。
そして、再び異世界渡航をすることになった。
今度は部隊を組織している。
ヴラド家をメインとした吸血鬼部隊。
12人の魔女姉妹。
ぼく、相沢、剣持、タリサの4人。
「えー、わたしはそっちがいいんだけどー」
『ワガママいうな』
如月がブーブー文句を言ったが、タリサがたしなめた。
しかし、その胸中では「しめしめ、ライバルが1人減った」と思っている。
「やあ、アルフレッド」
「ぼくらも行くよ」
声がして、ミリアとトラビスが現れた。
「なんだ、お前らあっちには行きたくないんじゃなかったのか?」
「最初はそう思ってたんだけど…」
トラビスは少し言いにくそうにしていた。
こちらに来たばかりの時は不安定だった精神も、半年の時間が経った今、安定してきていた。
ひたすら瞑想をして、己を見つめ直したのだとか。
結局、神殿の規律を捨てきれなかったのは皮肉というか、業というか。
「あたしはトラビスの付き添い」
ミリアはぶっきらぼうに言った。
本当は皆のことが気になるのだろう。
「ふーん」
「あ、信じてねーな!?」
ミリアは顔を真っ赤にして怒った。
*
校長に許可をもらいに行った。
異世界渡航計画を提出して、目的をしっかり伝える。
「ふむ、なかなかどうして、勉強の成果がでているじゃないか」
校長は感心しているようだった。
「ありがとうございます」
褒められて悪い気はしないものだ。
ぼくはガラにもなく照れた。
「ところで、今まで隠していたが私は魔王の子孫なのだ」
「え?!」
「驚くのもムリはない。魔王は君と違ってこちらの過去の世界に移行してしまったんだ」
校長は言った。
「魔王……私のご先祖は苦労したようだな。だが、なんとか生き延びたらしい。そして代々勇者に関する事を口伝手で残した」
「はあ…」
「もし勇者に会うことがあれば、手助けしてやれ、とな」
「……なぜです?」
ぼくは聞いた。
「なぜ、魔王が勇者を手助けしてやれ、なんて言うんです?」
「意図はよく分らない。だが、個人的にはこう思っている」
校長は一呼吸置いた。
「自身が苦労したから、勇者も苦労するだろうと思ったのだろう」
「……魔王は良いヤツだったんですね」
「いや、最初は運命を呪ったんだろうな。だが、こちらの世界で生きてゆく内に戦う空しさに気付いた」
「……」
ぼくは言葉が見つからなかった。
なぜなら、ぼく自身そういう経緯を辿って来ている。
だから魔王の気持ちがよく分った。
「その気持ちは分るような気がします」
ぼくは言った。
「うむ、似たような境遇にあるということだな」
校長はうなずいた。
「雑談はここまでだ。気をつけて行ってこい」
「はい」
ぼくは一礼して、校長室から退出した。
*
ぼくたちはエクセルライド王国へ行った。
まずはローウェル近辺に拠点を作る。
兵站というヤツだ。
そして、魔族を雇い入れて行った。
魔族を訓練し、軍隊を編制した。
魔王軍の生き残りが多いことはよく分っていた。
実質、魔王軍である。
軍隊を投入して徐々に街を制圧してゆく。
だが、乱暴は許さなかった。
そういう事をした者は容赦なく処罰した。
だんだんと魔族も規律を学んでゆき、統制の取れた軍隊になった。
王国との戦闘が発生したが、近代兵器を使って倒していった。
弾丸が補給できるので、負けることはなかった。
兵站があればこそである。
しばらくすると、王国側は休戦を申し込んできた。
*
ぼくたちはすぐにエクセルライド市を訪問した。
王宮を訪問するのはビクトールさんを始めとするいつものメンバーだが、市外には自軍が待機していた。
ぼくたちに何かあれば、すぐにでも攻め入る手筈である。
休戦協定を結ぶのが主な目的だが、それ以外にエドワードを探すことを考えていた。
「アルフレッドよ、また会えて嬉しいぞ」
王であるギルバートは社交辞令を述べた。
王国の勇者から、敵将にジョブチェンジしたぼくに媚びへつらう姿は滑稽である。
だが、ぼくは寂しさしか感じなかった。
「オクセルライド王よ、お久しぶりです」
ぼくは社交辞令を返し、交渉に入った。
銃器の販売をエサに、できるだけ条件をつけてゆく。
その条件の一つに、エドワードの身柄引き渡しをねじ込んだ。
「あー、その者はどうなっておったかな?」
ギルバートは王女のサラに聞いた。
覚えてないらしい。
……忠義の結果がこれか。
「確か、その者は塔に幽閉されておりますわ。お望みならすぐにでも解放したします」
サラは答えた。
明らかに以前とは態度が異なっており、媚びを売っている。
吐き気がする。
この人は、こんなにも態度を変えられるのか。
分っている。
国のためにやっているのだということは。
だが、ぼくには割り切れない。
サラは自ら案内を買って出た。
「アルフレッド様、以前は失礼いたしました。今後はどうぞよしなに」
双方の護衛がいるにも関わらず、サラはチラとぼくを上目遣いに見ながら言った。
女の武器を全開にしている。
「はい」
ぼくは素っ気なく返事したが、
「ちょっとあんた」
相沢がズイッと割って入った。
「馴れ馴れしく話しかけないでよね」
「そうだぞ、アルくんにアプローチするとは良い度胸じゃないか」
剣持もジロリと睨み付けている。
「いえ、わたしはそのような…」
2人に睨まれて、サラは怯んだようだった。
「てか、あんた、いつからアルくん呼びになったんだお?」
「もう勇者くんじゃおかしいだろ」
「んだからって、アルくん呼びはないなぁ」
バチバチ。
相沢と剣持の間で火花が散っている。
「こら、2人ともやめろ」
「ふーんだ」
「べー」
2人は子供のような態度である。
サラはドン引きしていた。
「エドワード!」
ぼくは部屋に入るとエドワードに駆け寄った。
エドワードは虐待を受けていたようで、自分では立ち上がれずベッドに横になったままだった。
糞便の処理もされてなく、食事も悪いようでガリガリに痩せていた。
蝿が山のようにたかっている。
吐き気を催す光景だ。
「ここから連れ出す」
「おk」
「任せて」
ぼくが言うと、相沢と剣持が手伝った。
サラは部屋にすら入らず、ハンカチを口に当てて遠巻きに見ている。
王族は良いご身分だ。
「はい、どいてどいて」
「邪魔ですよ」
相沢と剣持は軽々とエドワードを持ち上げ、運んでゆく。
「サラ王女」
ぼくは言った。
「エドワードはぼくの仲間です。その仲間に対する扱いは覚えておきますよ」
「……え? しかし、あの者は王国に仕えるもので……」
サラの顔色がさっと青くなる。
「それはあなた方の言い分だ」
ぼくは受け入れなかった。
「エドワードは正式に我が邦の民に迎え入れる予定です。我が邦の民に対し、この仕打ちとは」
「ですが、あの者はまだ王国民でして……」
サラは慌てて弁明する。
「あの、その……」
ぼくはそれきり黙って踵を返した。
エドワードは後遺症が残った。
足が動かず、杖をつくことになった。
自室で佇んでいることが多い。
「エドワード」
ぼくが様子を見に行くと、
「やあ、アルフレッド」
気さくに挨拶はする。
「食事を持ってきたよ」
「いつも済まんな」
エドワードは礼を言って、立ち上がる。
杖を使っていた。
ぼくは、エドワード救出の詳しい経緯は話していない。
エドワードが聞きたくなったら…と思ってのことだ。
「……なあ、アルフレッド」
「なんだ?」
「オレたちは何のために戦ったんだろうな…」
「またそれか」
ぼくはため息をついた。
エドワードは会う度にこの質問をしている。
よほど起きた出来事を消化できずにいるのだろう。
「ぼくにも分らない」
ぼくは答える。
毎回同じ答えだ。
「だが、起きたことはもう取り返しがつかない」
「そうだな」
エドワードはうなずいて、食事に手を付けた。
パンとシチューという標準的な食事だ。
「うまい」
エドワードは言った。
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