第9話

9


ついにその日がやってきた。

準備を重ねて、異世界へ旅立つ。

ぼくとタリサは元の世界へ戻るってだけだが。

場所はやはりビクトールさんの所。


『書よ、次元の扉を開き給え』

タリサが簡単な呪文を唱えると、ぼくたちの目の前に光の歪みのようなものが現れる。

次元を超える門だ。

『はい、これで向こうに行けるよ』

タリサは言った。


ビクトールさんと一族から厳選されたボディーガード3名。ヤマブキ、ニードル、マウンテンという名だ。

相沢、剣持、如月、タリサ、ぼく。

9名が異世界渡航のメンバーである。


「では、行きましょう」

ビクトールさんが促す。

『大分術式を調整してきたから、渡航はよりスムーズになっていて、身体への負担も少ないよ』

「それは良かった」

ぼくは言った。

皆で門を超える。


以前、味わった衝撃のようなものが身体に降りかかってきた。

目の眩む光が満ち、すぐに消える。


見慣れた景色。

長閑な風景。

ここはもう日本じゃない。

エクセルライド王国に戻ってきた。


ぼくたちは、木々の中に出現していた。

森林だな。

『次元の門は閉じておくよ』

タリサが言って、呪文を唱えると光の歪みは消えてしまった。

なんでも、存在はするが消えたように振る舞っている、のだとか。

意味が分らない。


「森の中だとするとモンスターが出る可能性があります」

ぼくはビクトールさんに向かって言った。

「では安全な所まで移動ですかな」

ビクトールさんはうなずく。

『弱いモンスターを避ける術をかけるよ』

タリサが言った。

以前、散々お世話になった便利魔法だ。

「うん、頼むよ」

『おk、「弱きものを退けよ!」』

タリサが術を使う。

目には見えないが、バリアのようなものが周囲を取り囲む。

『いや、くさい臭いで寄せ付けないんだ』

「なんだそれッ!?」

ぼくは思わず突っ込んだ。

そういう理由だったのか…。

「ここ、マナが満ちてる……」

如月がつぶやく。

『うん、あちらで使えなかった魔法が使えるはずだ』

タリサがうなずく。

「ベギラ…」

「おい! そんな凶悪な呪文、森で使うんじゃない!」

ぼくは如月に向かって叫んだ。

「へいへい、魔女娘さん、火事になるお」

相沢も止めに入っている。

「じゃあ…」

「今は、やめておけよ」

剣持が言った。

「MPを温存しとけ」

「ゲームかい」

相沢が突っ込む。

「分った、練習はまた今度」

如月は肩をすくめた。



ぼくたちは森から出た。

農村がチラホラと見える。

「車がないから不便だねぇ」

相沢がグチをこぼした。

「文句言わずに歩く」

ぼくは相沢をたしなめるが、

「地面がデコボコしててあるきにくーい」

相沢はしゃべり続けている。

思った事をそのまま言ってるようだ。

ビクトールさんたちは、ただ黙々と歩いている。

なんとなく軍隊の兵士を思わせる。


ぼくたちは付近の農村に向かっていた。

ここで戦士と会う予定だ。

いや、今は将軍か。


タリサが村人になにやら話しかけると、すぐに大きな家に通された。

村長の家のようだ。


……タリサがリッチだと知れたら大騒ぎになるだろうな。


魔術師はフードを目深に被っている事が多いので、バレてはいないようだ。

村長の家には、身なりの良い男が待っていた。

背が高く、イケメン、筋肉質。……ちょっと太ったようだ。

「アルフレッド!」

そいつは喜びを露わにして、ぼくに駆け寄ってくる。

「やあ、エドワード」

「よかった、ホントに生きてたんだな」

エドワードは目に涙を浮かべている。

少しお調子者だが、良いヤツなんだよな。

「ああ、別の世界に飛ばされた」

「タリサから連絡が来た時にはビックリしたぜ」

『時空を超えて通信するのに時間がかかった、一世紀くらい』

「はあ?」

エドワードは首を捻っている。

「100年だ」

「ひゅう~、なげえな」

ぼくが言い換えると、エドワードはおちゃらけて見せる。

冗談だと思っているらしい。

「ま、それはいい」

『私たちがこっちに戻ってきたのは、このヴラド氏の要望があってのことだ』

「吸血鬼なんだっけか、信じられないけど」

エドワードは比較的冷静に言った。

「魔族だ!って怒らないのか?」

ぼくは聞いてみた。

「……最初聞いたときは驚いたさ」

エドワードは肩をすくめる。

「でもな、オレだって好きで魔族と戦ってきた訳じゃない。

 オレたちが生き残るためにやるしかなかった。

 でも、今は分らなくなった。

 オレたちは一体何をしてきたんだろうってな」

ぼくは、何も言えなかった。

エドワードもミリアと同じことを言ってるのか……。

「あ、いや。こんな話はいい」

エドワードは笑い飛ばした。

「君らがいられる場所を用意した。まあ、いわゆる潜伏場所だな」

「ありがとう、恩に着るよ」


それから、ぼくたちは昔話に花を咲かせた。

潜伏場所は、ここから最も近い街にある。

ローウェルの街だ。

平地にある街で、交易が盛んだ。

ぼくらも勇者パーティー時代によく訪れていた。


エドワードはそこの駐屯軍のトップらしい。

……ていの良い左遷か。

ぼくは思った。

死闘を繰り広げ、功績を上げた結果がこれか。



「ローウェルは、魔族の領域と王国の境界線のすぐ近くにある」

エイドワードは言った。

「魔王を失った魔族は、王国に蹂躙されている。貴族どもは魔族を奴隷化している。

 オレはそれを見てきた。何もできなかったよ」

「……」

言葉が出てこなかった。


ぼくは衝撃を受けていた。

魔族の軍勢とは何度も死闘を繰り広げた。

倒さなければ倒される戦いだった。

魔族の将たちは命を掛けて挑んできた。

卑怯なヤツもいれば、堂々たるヤツもいた。


どちらかが負ければ滅亡の危機に瀕する。

確かにそういうものかもしれない。


だが、負けたとはいえ魔族をぞんざいに扱うなど……


己が全霊をかけ戦ってきたぼくたち。

同じく全霊をかけ戦ってきた魔族の戦士たち。

怒りや憎しみ。

負の感情こそあったものの、そこには己が種族を守るという大義があったはずだ。


「……ぼくらは何のために戦ってきたんだ」

つぶやく。


『それはともかく、まずはヴラド氏の要件を』

タリサが言った。

「そ、そうだったな」

ぼくは気を取り直して居住まいを正す。

「ローウェルを拠点に魔族の領域に入り、同族を見つけたいと思います」

ビクトールさんは表情を抑えたまま、言った。

ぼくたちに気を遣ってくれているのだろう。

事務的に事を進めてくれるのは、ありがたい。

目的に向けて進む。

今は余計な事を考えるな。

ぼくは自分に言い聞かせた。


「では、すぐにでも出発しましょう」

ビクトールさんは言った。

先を急ぎたいようだ。

「我々、異世界人は土地勘がないですからな、勇者殿、宮廷魔術師殿、道案内は頼みましたぞ?」

そして、

「分りました」

『お任せあれ』

ぼくとタリサはうなずいた。


すぐにローウェルへ移動した。

宿屋の一室を借り切っている。

スウィートだ。

冒険時代では使ったことなどない。

パーティーの財務のやりくりには苦労させられた。

そういやミリアがそういうのは上手かったな。


……役立たずみたいに言ってゴメン。

ぼくは心の中で謝った。


「王国の奴隷狩り部隊には気をつけてください」

エドワードが忠告する。

「見境なく捕まえて売り飛ばす連中です」

「分りました、気をつけましょう」

ビクトールさんはうなずく。


ビクトールさんたちの装備はあっちの世界の物、つまり銃だ。

拳銃と小銃、それからナイフに絞って持ってきたらしい。

爆弾はないようだ。

身を守るためだけの装備に徹してくれたのだろう。

ぼくと話した内容を覚えていてくれたんだな。

まあ、ビクトールさんとその仲間たちは高位の吸血鬼っぽいから、銃なんてなくても大丈夫なんだろうけど。


こちらの吸血鬼と違うのは、みな陽の光を浴びても平気だということだ。

「それは、我らの祖先の中で淘汰があったと記録されておるのです」

ビクトールさんの答えは、そんな感じだった。

陽の光に耐えられる者だけが生き残り、その性質が受け継がれたと。

確か、学校の授業で生物の進化について習った。

進化論とか言ったか。

まあ、そんなことはいい。


ぼくたちは準備を整えた。

「では、行くよ」

出発の挨拶をすると、

「気をつけてな」

エドワードはそう言って見送ってくれた。



道案内は主にぼくが受け持った。

正直言うと、タリサは方向音痴の気がある。

それ以外はすごく有能なのだが、なぜか地図を読むのが苦手なのだ。

本人は諦めているようである。


「この先に洞窟があって、そこがダンジョンになってます」

ぼくは記憶を頼りに皆を案内して行く。

冒険の中盤頃に立ち寄った所だ。

あまりにお使いが多くて、何で立ち寄ったか、ほとんど覚えてないが。

吸血鬼、ワーウルフ、リッチ、勇者、魔女なんて凶悪なパーティーには普通のモンスターは近寄らない。

忌避魔法をかける必要もなかった。


ダンジョンに入っても、それは変わらなかった。

チラと姿を見ただけでモンスターたちは逃げてしまう。

「楽だな、これ」

ぼくは気楽に言ったが、

『私たち、かなり苦労したところなのに…』

タリサは意気消沈している。

「確かに、この洞窟型ダンジョンには苦労させられた」

ぼくはうなずく。

「謎解きやら、強敵やら、罠も多かったよな」

『今のレベルなら平気だけど、当時はまだレベルが低かった』

「昔話に花が咲いてるところ悪いけど」

剣持が言った。

「吸血鬼のお出ましだぞ」

「え?」

通路の向こうに、それらしき影が見えた。

複数いる。

「同族らしいが、何者だ?」

影の1人が話しかけてきた。

吸血鬼は人並みかそれ以上の知性を有している。

会話が成り立つ種族である。

……魔王の軍勢に所属していなければ、だが。


「ヴラド・ビクトールと申します」

ビクトールさんが丁寧に挨拶した。

笑顔になると鋭い犬歯がチラリと見える。

「これは、アイナ、ヤマブキ、ニードル、マウンテン」

「はーい」

「「「どうも」」」

4人が挨拶した。

すっげぇ奇妙な光景だな。

「そいつらは? なぜ、人間や犬どもがいる?」

「犬とは失礼な物言いだな」

剣持が反応したが、

「この方々には道案内と警護のために同行してもらっている。種族は異なるが、我らは敬意をもって接している。あなた方もそれに習って欲しいですな」

ビクトールさんが少し語気を強めて言うと、

「……よかろう」

影は渋々ではあるがうなずいた様子だった。

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