第8話
8
細かいプランは後で詰めることにした。
「メンバーは、ぼく、ビクトールさん、タリサで良いですか?」
ぼくは確定の人名を述べた。
話の流れ的にこの3人は外せない。
「あたしもいくー」
「私も勇者くんを守らねば…」
「ご先祖様の身の回りのお世話をしなければ」
相沢、剣持、如月が即座に言った。
「ダメだアイナ、危険だ」
ビクトールさんは難色を示した。
ま、身内を異世界になど行かせたくはないだろうな。
「いくもんッ」
相沢はむくれる。
「いや、おまえらは学校あるだろうが」
「いくもん!」
ぼくは言ったが、相沢は全然聞き入れない。
『あんたは残れし』
タリサも子孫に言ってるが、
「いやです。私もご先祖様の世界を見てみたいですし」
如月は聞き入れようとしない。
……まさか、姉妹12人ついてくるとか言わないよな?
「校長に許可をもらう」
剣持は何か決心したかのような顔で言う。
「ヨッシ、決まりィ」
「……その手があったか」
相沢と如月が同調する。
3人を置いてくのムリっぽい。
てか、如月ってそんな素振りなかったよな。
「それはですね、私たちはご先祖様の話す勇者の物語を聞かされて育ってるんですよ」
如月は眼鏡をくいっと押し上げる。
「いや、なんで考えてる事がわかるんだよ!?」
「私たちは勇者に憧れみたいなものを抱いてます、多かれ少なかれ」
「あ、そーなの?」
「そうです。私は勇者くんを一目見てビビッときたのです」
『なにを力説してんだ』
タリサが咎めるように言う。
「いや、原因つくったのお前だろ」
『だって、勇者に会いたかったんだもん』
タリサはそっぽを向く。
「こら、そこぉっ!」
相沢が叫んだ。
「アルくんにくっつかない!」
『べーっ』
またかい。
話が進まない。
*
剣持は校長の許可をホントに取りやがった。
計画を提出して、公欠扱いにしてもらうようだ。
この学校はやっぱりおかしい。
いや、異世界出身者のぼくがそんなこと言えるほど、この世界を知らないんだけど。
「ところで、盗賊は回収するんだろ?」
ぼくは気になっていた事を言ってみた。
「……どうかな」
如月はふいと視線を逸らす。
「どういうことだ?」
「本人が今の生活を気に入ってるようなんだよね」
「はあ?」
ぼくは思わず声が出た。
とんでもない情報だ。
「勇者くんの出身地はお世辞にも住みよい場所とは言えないようだね」
「……」
「そこに比べたら、こちらは居心地がいいんだとか」
「でも路上生活だろ?」
「向こうでは路上で生活できる?」
「……」
ぼくは黙った。
確かに。
路上で生活できるなんて、あちらではあり得ない。
いや、そういう人々はいるにはいる。
身体が強くて生き残る者もいる。
でも、ほとんどはすぐに居なくなる。
数日も持たないのだ。
寒さ、飢え、不衛生。
劣悪な環境で死ぬ。
「でも、顔を見るくらいならいいだろ?」
「それはご自由に」
如月は肩をすくめた。
ダンボールで作られた家。
ぼくは、その前に来ていた。
ダンボールでよく器用に作るもんだ。
結構、暖かいのだそうだ。
生活も何かと大変だろうが、それなりに暮らせるようだ。
学校のPCでネット検索したら色々と分った。
環境がしっかりしているからこそ成り立つのだろう。
ぼくは、あちらの世界を知ってる。
人が生きるってことは分ってるつもりだ。
「……あ」
背後で声がした。
振り返ると、そこに盗賊が立っていた。
長い髪、長身痩躯、すり切れてヨレヨレの服、細長い印象の女。
ビニール袋を手にしている。
夕飯か?
「勇者…」
盗賊はつぶやいた。
「お前もこっちに来てたんだな、ミリア」
ぼくは振り返る。
「……ふん、何しに来たんだ?」
「顔を見に来るくらいいいだろ、仲間だし」
ぼくが言うと、
「チッ、折角来たんだから茶くらいだすぜ」
ミリアはダンボールの家に入っていった。
ペットボトルのお茶、といっても中身は水だが、ミリアはそれを一口飲む。
「で、昔話でもしようってか」
「いや、お前がこの生活を気に入ってるのは聞いてる」
ぼくは言った。
「あー、確かに気楽だよ」
ミリアは伸びをうった。
「仕事も楽だし、生活もそこそこ楽しい」
「ならよかった」
ぼくはうなずく。
「……ぼくはあっちに戻るつもりだ」
「はーん、何を好き好んであんなところへ」
「……お前がそういうのは分ってた」
「こっちの世界じゃ、皆がそれなりに生きていける」
ミリアはつぶやく。
「言いたいことは分る。あっちじゃ弱い者は生き残れないからな」
「そもそもなぜ魔王と勇者が戦うんだ?」
「それ言っちゃうか」
「おかしいと思ったことはあるだろ」
ミリアはぼくを見た。
「…ないと言えばウソになる」
ぼくは煮え切らない言葉しか言えなかった。
勇者としては自分の存在意義を失うような事はいいたくない。
だが、最近のぼくは……。
「こっちに来てから勉強した」
ミリアは目を伏せる。
「なにをだ?」
「知識だ。民族抗争というのだな、魔族と人族は争っている、それぞれに言い分がある」
ミリアはタンボールの天井を見た。
「どちらが間違ってるとかいうことはない」
「……」
ぼくは何も言い返せなかった。
「勇者システムなんぞに頼らなければ成り立たない文明社会など、まともな形だとは思えない」
「でも、そうしなければ人は滅ぼされていた」
ぼくは抗弁した。
そうしなければ、ぼくたちのやったことには意味がなくなる。
「その代わり、魔族を滅ぼした。いや、ほとんど滅ぼしたって状態かな」
「……」
ミリアは言った。
その表情は冷たく凍っているようでもある。
ぼくは目を閉じた。
そして、言った。
「どうしてそんなことを言うんだ」
「この世界へ来て、少し冷静になった。一歩退いた所から物事を見れるようになった」
ミリアは水を一口飲んだ。
「あたしは何のために戦ったのか、分らなくなった」
「……必要な事だったんだ」
ぼくはため息混じりに言った。
自分に言い聞かせているようなもんだった。
「もう帰るよ」
「ああ」
ぼくが外へ出ると、ミリアも一緒に外へ出る。
「迷ってんならさ」
ミリアはつぶやくように言った。
「あんたもこっちに残れば、アルフレッド?」
「……分らない」
ぼくはそう言ってダンボールの家を後にした。
*
「ダメだったでしょ?」
食堂にいると、如月がやってきた。
開口一番に敏感な話題かよ。
午前の授業が終わって、昼休みである。
「ああ、その通りだ」
ぼくはうなずく。
「あ、やっぱダメだったん」
相沢がぼくの隣でスパゲッティーを食べている。
「だよね」
剣持もぼくの隣でチャーハンを食べている。大盛りだ。
昼食だ。
ぼくはうどん。
元の世界では小麦粉系の主食が普通だったからか、パンや麺類が好きだ。
「ラーメン、世界で一番旨い食べ物だよ」
如月はテーブルに自分の盆をおく。
この世界でいう中華風の麺料理。
確か、チャーハンもそうだ。
「こちらは食べ物が豊富だ」
ぼくは言った。
「教育も優れてる」
「いつになくシリアスだね」
如月はちょっとおどけた風に返す。
「盗賊さんに、なにか言われた?」
「ああ」
ぼくは少しためらった。
「…なぜ勇者が魔王と戦うのかって言われた」
「おう、キツイねぇ」
相沢がオーバーに言う。
「それ言っちゃうのか?」
剣持も乗ってくる。
「ぼくは王国のために、人々のために戦ってきたつもりだ。だけど、分らなくなってきた」
「世の中はそう単純には割り切れませんからね」
如月が訳知り顔で言った。
「どうしたいかは、勇者くんが決めるべきです」
「……」
ぼくは答えられなかった。
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