第6話
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次の日、またビクトールさんに呼ばれた。
勇者よ、よく来てくれた。
勇者よ、頼みがある。
勇者よ、死んでしまうとは情けない。
故郷でも同じような事ばかりだった。
お使い体質は一生治らないらしい。
「勇者殿、今日はフレッシュロマンがあるぞ」
いきなりビクトールは猫なで声。
相沢から嫌われたくないらしい。
「お爺ちゃん、これ美味しいよね」
相沢はビクトールに対してだけ猫被り。
「ぷぎゃー」
剣持が相沢を指差している。
「あと今日は魔女殿に同席してもらってるが、構わないよね?」
「やあ」
『ふん』
如月とそのご先祖様が一緒にいた。
「ああ、まあ、いいけど…」
どーせもう知らん仲じゃないし。
あと、この宮廷魔術師に聞きたいことが結構ある。
王国のこと。
どうしてこっちに飛ばされたか。
どうやって戻るのか。
等々。
『勇者よ、またあったな、クソッタレ』
魔術師はまだふて腐れてる。
「ご先祖様、ちゃんと話を…」
『あー今日も良い夜だなぁ!』
「あの、何しにここへ来たと…」
『フレッシュロマン美味しいなぁ!』
如月とご先祖様はなんかやってる。
こちらの世界でいうお笑いの中のコントだろうか。
如月は僕を見て、肩をすくめた。
なにがしたいんだろうな、この宮廷魔術師。
「では、もう一度、勇者殿にお願い致す。我らが勇者殿の故郷へ渡航するのに同行し、向こうの世界での道案内をしてくださらぬか?」
ビクトールは貴族らしく丁寧な態度で言った。
「もちろん、護身用以外には、こちらの世界の武器は持ち込まぬ。誓って侵略などしない」
「ビクトールさんは一族のルーツを知りたいのでしたね」
「左様。我が一族のルーツを探るのは私のライフワークにして、ビクトール家の悲願」
「では魔女さんたちは何が目的なんですか?」
「私達は、ご先祖様が戻りたいというので、仕方なく協力…あいて!」
ぽこっ。
ご先祖様が子孫の頭を叩いた音。
『王国など、どうでも良くなった』
魔術師はプイッとそっぽを向く。
「ああ、まあ、目的は達成…」
『黙りゃ!』
魔術師は激昂して喚いた。
『はあ、はあ…。だが、ビクトール殿と我らは友好関係にある。協力は惜しまぬ』
ふーん、なんかよく分からないな。
コイツ、王国出身者のくせに、戻らなくてもいいとか。
以前は戻りたかったっぽいんだけど。
わからん。
『私の魔術がなくては異世界渡航できぬからなぁ』
魔術師は、ふふふと忍び笑い。
な、そうだったのか。
なんで、そこに早く気付かなかったのだろう。
ぼくの場合は、魔王が最後の力を振り絞って使った術で飛ばされた。
つまり魔王並みの魔力がないと、この術が使えない。
宮廷魔術師、どんだけ凄いんだよ。
「そう言って頂けると幸いですな」
ビクトールはそつなく感謝の意を表してる。
『ビクトール家とはこれからも仲良くしてゆきたいですな』
はっはっはっ。
二人はお互いに笑い合う。
『如月、本をこれへ』
「はい、ご先祖様」
如月が荷物から本を取り出す。
見れば、ごちゃごちゃとしたカバンやらポーチやら沢山持ってきている。
魔女って意外と荷物多いのな…。
「この世界はマナが少ないから、マナを物に籠めて魔力源とするんだよ」
『もしくは元々マナを多量に有する物体な』
魔術師が補足する。
『この本はいわゆる魔導書というヤツだ。神話級のものといえば各々方には分かるであろう』
「なにそれ?」
『あーもう!世話が焼けるな、まったく!』
魔導師はプンスカ怒りながらも説明。
『あのね、神話級ってのは闇の世界の神々のエピソードに出てくるものという意味。本ならば狂えるアラブ人アルハザードのネクロノミカンや星の図書館に蔵書されるセラエノ断章など、こんなに有名じゃなくともチラッと出てくるのも神話級だから』
「チラッとの方ってことだよ」
如月が更に補足。
『余計な事は言わんでよろしい』
「あ、はい」
「てことは、マナを多量に有する物体か」
「相変わらず理解が早い」
如月はうんうんと頷いている。
『そう、この膨大な魔力で術式を構築してゲートに仕立てあげる』
「成功率は?」
『そこは大丈夫。これは私があちらから来た時に使用しているので実績がある』
「ん?え、自分でこっちに来たの?」
『……う、わ、悪いか!?』
魔導師は一瞬怯んだが、すぐに虚勢をはった。
「いや、悪くはないけど、ナンデ?ねえ、ナンデ?」
『う、うるさいうるさいうるさい!』
あー、またこれかよ。
コイツ、都合悪くなるとすぐ喚き散らすよな。ガキかよ。
ぽこっ。
いて。
魔導師はぼくの頭を叩いた。
まあ勇者には効かんがな。
*
一応、話は一通り済んだ。
あとは校長にこの話を通すのだとか。
校長って何者だよ?
「え、如月って名前なの?」
「名字かと思ってた」
「ああ、姉が睦月で、妹が弥生、卯月、皐月、水無月、文月、葉月、長月、神無月、霜月、師走の12人姉妹」
如月はさらっと言った。
「すげーうるさそう」
相沢はげんなり。
「私は男兄弟しかいないからよくわからん」
剣持は首を傾げる。
ぼくは独りっ子だから、そういう感覚がよく分からないけど。
まあ、冒険の仲間がそういう家族代わりだったんだろうなぁ。
そういや皆、どうしてるんだろうか。
やはり帰ってみたい。
そういう思いが強くなってきている。
相沢や剣持には悪いけど。
「ところで名字は?」
ぼくは何気に聞いた。話題がないので適当に言ったつもりだったが、
「えっ…」
如月はパッと魔導師を見た。
『……』
魔導師はちょっと考えていたが、
『まあ、そのうち分かることだから言ってしまうが…』
なんかゴニョゴニョ言ってから、
『私は、タリサ・ラングドシャナ。お前と一緒に魔王を倒した魔法使いだ』
「はぁっ!?」
ぼくは頭が追い付かなくて、すっとんきょうな声を上げてしまった。
え、こいつ、タリサなの?
確かに凄い魔法使いだったけど、宮廷魔術師じゃなかっただろ。
てか、なんでこんなとこに?
いやまて、ご先祖様ってゆったら、相当昔からいたってことだろ。
『言いたいことはわかるが、異世界渡航の時間軸設定を間違えて過去に飛んでしまったんだ』
タリサは言った。
震えが混じっている。
相当、苦労したにちがいない。
目深に被ったフードの奥で視線がチカチカしている。
『勇者がいなくなって、私達残された者は王国に帰ってそれぞれの職務に戻った。私は功績を認められて国の魔法院から宮廷魔術師に抜擢された。僧侶は神殿の神官長に任命され、戦士は軍に入って将軍になった』
ん?盗賊は?
『宮廷魔術師は王宮が管理する魔法図書館で勤務する。そこで私は偶然、異世界渡航の術を発見した。私はすぐに勇者の探索を願い出た。
王は私達勇者一行を讃えてはいたが、その実、自分の権力が脅かされるかも…と思っていたから、私の申し出には反対しなかった。体の良い厄介払いだ。
私は魔術書を使用して魔力を補い、異世界渡航をした。だが、過去の時代へ飛んでしまった。
この世界はマナが少ない。なので、私はエンチャント系の術を駆使した。いつしか魔女と呼ばれるようになった。
そのうちに私は仲間が欲しくなった。この世界の人間の従者はいたが、マナに乏しくまともな魔法は使えないのだ。だから自分の複製を作る事にした。サンデー、マンデー、チュール、ウォドン、ソー、フレイヤ、サタンの7人を作った』
「7魔女ですね。親から教わりました」
如月が言った。
てことはこいつ、フルネームでは如月・ラングドシャナなのか。
「7人の魔女はそれぞれ様々な男たちと結ばれ、子孫が繁栄した。歴史の陰に隠れてはいたけどね」
『うむ、その名残が伝統化しちゃって、コイツらみたく何かのグループの名前をつけたがるようになってしまった』
「いいじゃないですか、私はこの伝統に誇りをもってますよ」
如月はフンとそっぽを向く。
タリサはやれやれという感じでため息。
『その後、私は異世界渡航してきた者に出会った。それがこの世界の吸血鬼の始祖となる初代ビクトール殿だった』
「うむ、私も聞き及んでおります」
ビクトールはうなずく。
「ちなみに私は10代目ですぞ」
いや聞いてねえし。
『ビクトール殿にヒントを得て、私は肉体をエンチャントする事にした。人の寿命はすぐに尽きてしまうからな』
「なに?」
つまりそれって…。
『魔法使いが究極の存在になるって話は聞いたことがあるだろう?』
「つまり、リッチになったのか」
ぼくは言った。
『そう』
コイツはバカか。
ぼくを探しに来て、見つからないからリッチ化して…。
『だが、そのお陰で勇者にまた会えた』
「救いようのないバカだな」
『……』
ぼくはある種の感情が奔流となって体内を駆け巡るのを感じた。
「辛かったな」
ぼくはタリサを抱きしめた。
『うん…』
タリサは黙ってぼくの胸に顔を埋めた。
「はっ、とんだ愁嘆場ですね」
「ほーんと」
「くだらん」
如月、相沢、剣持はバカにしたように言ったが、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
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