第5話

5


如月が手を振ると、何かが掌からこぼれ落ちた。


これは…!


ぼくは立ち上がる。

呪文詠唱はない。


が、


パキパキッ


乾いた音が鳴り響いて、床に落ちた何かは急速に大きくなる。


竜牙兵。

3体。

魔法で動く化け物。

味方なら心強いが、敵になると嫌なモンスターの筆頭だ。


しかも武器がない。

危険だからと校長に取り上げられたのだった。


くっ…。


「やめろ如月、こんな事をしなくても」

「竜牙兵だよ、剣持」

「ああ、あたしも舐められもんだね」

「ちょっと遊んでやる?」

「いいのか、相沢」

「えぁ?」

「勇者くんの前で、おしとやかにしなくて?」

「あにいってんだおっ!ぼけー!」

相沢と剣持は立ち上がり、ぼくの前に出る。

「さー掛かってらっしゃい」

剣持がクイッ、クイッと手招きする。


竜牙兵は敵を認識したらしい。

剣持へ近寄って、爪を叩き込む。


ドゴォッ


だが、次の瞬間吹っ飛んだのは竜牙兵の方だった。

剣持のパンチが逆に叩き込まれていた。

竜牙兵は壁に激突してバラバラになる。


「遅い」

相沢は竜牙兵の攻撃を見切って紙一重でかわしていた。


ドカッ


横殴りのパンチで竜牙兵がバラバラに吹っ飛んだ。


残り1体。


「ホールド・パーソン!」

如月が叫び、ぼくの身体が動かなくなる。

しまった、魔法か!

「確保!」

如月の命令で、竜牙兵はぼくを肩に担いだ。

「あ!」

「勇者くんを拐うとかおかしいだろ」

確かに、普通は拐われるのは女の子だしな。


「撤収!」

如月と竜牙兵は逃走。

食堂を出て廊下へ出る。


「こらぁ、廊下をはしるなー」

相沢がよく分からない事を叫んでる。

「待てー」

剣持は月並み。


おかしい。

こんなに大きな音を立ててるのに、誰も様子を見に来ない。

もしかして皆グルなのか?


「違うな!」

如月が走りながら解説する。

「これは結界だ。中途半端にファンタジー入った現代ものでは必須の魔法だ」

「ゴメン何言ってるか分からない(汗」

「あー戯れ言だよ」

如月は走りながら器用に肩をすくめる。

「つまり、学校側とは別の勢力ってことか」

「なにその超理解?」

「勇者だからな!」

ぼくは威張ってみたが、いかんせん体が動かないので、情けないことこの上ない。


「まあ理解が早いのは悪いことじゃないな」

如月はやはり走りながら言った。

息が切れない所をみるとかなり体力がある。

「私達と校長は違う勢力だ。校長は得体が知れないがなんとなく魔族っぽい感じがする」

おいおい、校長まで異世界出身とか言い出すんじゃないだろうな。

「ぼくをどうするつもりだ?」

「なに、威力交渉ってやつだよ」

「穏やかじゃないな」

「簡潔に言おう。私のご先祖様が勇者くんに会いたがってる」

「宮廷魔法使いが?てかご先祖って言わなかったか?生きてるのか?」

「会って確かめるといいよ」

如月が言ったところで、校舎正面玄関から出た。

校庭には生徒の姿はない。

いるのは高級そうなローブ姿の人物。

高価そうだが、エクセルライド王国ではよく見られる意匠の服装だ。

フードを目深に被ってるので、顔は見えない。

「あれが宮廷魔術師…」

「勇者くんを下ろしなさい」

如月が命ずると竜牙兵はぼくを下ろした。

「解除」

ホールド・パーソンを解く。

「じゃあ私はあの二人と遊んでるから、ごゆっくり」

如月は竜牙兵を連れて追ってきた相沢と剣持の方へ向かって行った。



『勇者よ』

ローブの人物は曇った感じの声で言った。

念話か?

なぜそんなものを使うんだ?

「宮廷魔術師と伺ったが」

ぼくは聞いてみた。

『昔の話だ』

ローブの人物はふと視線を逸らす。

『もっと早く会いたかったぞ』

「それはどういう意味だ?」

『いや、こっちのことだ。気にするな』

そう言われても…。

訳が分からん。


「手荒な真似をして済まぬが、我らの組織を手助けして欲しい」

「…ビクトールさんにも同じ事を言われたよ」

ぼくは言った。

『ふむ、なら話が早い。我らの力に…』

「だが断る!」

ぼくは断言。

『……』

ローブの人物は一瞬、固まった。

怒りだすかと思いきや、


『うー』

唸りながらしゃがみ込んでしまった。

『な、な、なんでイヤなの?私が何かしたか?』

「え、いや、あの…」

なんだよ、その反応…。

魔女のご先祖様なんだから、もっと威厳を持てよ。

宮廷魔術師なんだし。

『あ、そっか。魔術師なんかの言うこと信じらんないよねー。そっかー。……クソムカツク!』

「あの、そんなにいじけなくても…」

『うっせ!お前、人がちゃんと頼んでるのになんなんだよ!勇者だから偉いんか、ボケ、カス!』

「なんだよ、そんな事を言われる筋合いはないぞ」

『うるさいうるさいうるさい!』

ローブの人物は駄々っ子みたいに両手を振り回す。

『もういい!帰る!』

プンスカ。

という擬音が見えてきそうな怒りっぷりで、宮廷魔術師は呪文を唱えた。

『テレポート!』

シュミミン。

という効果音を残して、魔術師は消え去った。


「あ、ご先祖、自分だけズルい!」

如月が叫んだ瞬間、

「隙あり!」

剣持の足払いが炸裂。

「ぎゃっ!?」

如月はバランスを崩して転倒。

「よっと」

剣持に取り押さえられてしまった。


「あーいざわパーンチ!」

相沢は危険な感じのする技名を叫んだ。

竜牙兵は強烈な一撃を受けてバラバラに壊れる。


「アル君、大丈夫ぅー?」

相沢が聞いてきたが、あんまり心配してる様子はない。

「ああ、大丈夫だ」

ぼくは服を叩いて埃を落とす仕草をしてみせる。

「勇者だし!」

「……」

「……」

一瞬の沈黙。

「こいつどうーする?」

剣持が如月を指差した。

黙殺かよ。

「人を指差すなよ!」

「まあ校長んトコつれてくかー」

相沢が面倒くさそうに言う。

「面倒だけどしゃーねーなぁ」

「聞けよ、人の話!」

如月はギャーギャー騒いだが、暴れたりする事はなかった。


で、校長室。

「如月さん、今後は気を付けるように」

校長は穏やかだが有無を言わさぬ迫力で言い聞かせた。

「は、はい…」

「私はあなた方とは友好的にやってゆきたいのですが、今回のように校内で勝手な事をされるとそうもいきませんからね」

「申し訳ありません」

如月は平謝り。

校長ってホント何者だよ。

「怪我人も出てないようですし、今日はもういいですよ」

「はあ」

「いや待てよ、帰しちゃうのかよ?」

「被害もないし、友好的に対処してるのですがね」

校長はジロリとぼくを睨む。

「う…」

その視線に恐怖を感じて、思わず口ごもってしまう。

やっぱ校長って魔物かも。


校長の一存で如月は帰って行った。


「で、勇者くん」

校長はぼくに向き直る。

「ヤツらに協力するか?」

「……断ろうと思ってました」

ぼくは言った。

「でも、ちょっと分からなくなってきました」

「ほう、それはなぜ?」

校長は聞いた。

「さっき会ったのは、ぼくの故郷のエクセルライド王国の宮廷魔術師でした。いや、自称だから真偽は定かじゃないんだが…。要は異世界渡航の目的が侵略じゃなければ、手助けしてもいいかなと」

「ふむ、興味深いな。勇者ともあろう者がそんな考えを持つとはな」

「おかしいですかね?」

「当初の目的は学術的な理由だったとしても、渡航した後で心変わりしないとどうして言える?」

校長は冷たく言い放った。

「銃火器を数丁持ち込むだけで絶大な威力だろう。魔法しか知らないヤツらには対応はできんだろうよ」

「校長の言う通りです」

ぼくはため息。

「ぼくが協力してもしなくてもヤツらは渡航する、そうでしょ?」

「うん、その通り。ヤツらは種族こそ違えど悲願はじ同じ、異世界へゆくことだ」

沈黙。

誰も口を開かない。

「ならば勇者よ、行くしかあるまい」

「……校長、あなたは一体…」

「さて、話は終わりだ。考えておけよ?」

釈然としないが、どうやらぼくは故郷に戻る運命らしい。

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