第4話 仮面

 結論を述べれば、ゼンジンは中学一年のときの大会、勝てなかった。

 対戦相手が実力者であったし、そもそもダブルスペアが急造だった。


 一年生のうちにスポーツの実力を見せるというゼンの計画は狂ったが、それでも弱者に寄り添ったという実績はできたと自分に言い聞かせて、ゼンはほがらかに笑った。


「負けはしたがいい試合だった! 大舞台に立つのも悪くないだろうジン!」


「うん……いろいろ課題も見えたし……」


 ジンはぶつぶつと、陰気に言う。


ゼンは基礎体力に頼りすぎてるから、もっと精度を上げて攻めた方が得点につながるし……

 フットワークも、まだ改善の余地があるよね……」


 ぴくりと、ゼンジンの言葉が引っかかった。


(何を……言っている?)


 ゼンの目が、ジンの陰気な前髪に向いた。


(指摘されている? 僕が? ジンに……格下のスクールカースト底辺の人間に?

 いや、指導してくれと言ったのは僕だ、こいつはそれにバカ正直に従っているだけ……)


 ジンはただ淡々と、述べる。


「まあまだ俺ら中一だし……これから練習すればまだまだ伸びる……ゼンも、これから欠点は、克服できるよ……」


 欠点。

 確かにそう言った。


(この完璧な僕の、言うに事欠いて欠点?

 そりゃあ確かにトップクラスの選手には劣るが、それはあくまで本腰を入れないつなぎの競技だからであって、本気でやれば当然僕はもっとうまく……

 そもそも基本的な運動神経では僕より劣るこの男が、ここまで指摘できる立場か? 何様のつもりだ?)


 ジンはそこで、気がついたように言った。


「ああでも、これからもずっと卓球続けてくれるならって話だけど……

 ゼンっていろいろできるし、将来の目標とかいろいろありそうだしなぁ……」


 前髪に半分隠れた陰気な目が、ゼンに向いた。


「卓球やりながらじゃ、辞めちゃっても仕方ないよねぇ……」


 ぴきり。と。

 ゼンは自分に芽生えた感情が怒りだと、すぐには気づかなかった。




   ◆




 二ゲーム目。


(半田兄弟、手練れではあるが問題ない! 一ゲーム目と同じように押し切る!)


 開幕からトップギア。そもそもローギアなど備わっていない。

 前陣速攻。それがゼンジンのスタイル。

 前へ出る。ただそれだけだ。

 隣に並び立つパートナーよりも!


(流れもタイミングも完全につかんだ! このまま一気に――)


 ピンポン玉が、ゼンのラケットをすり抜けた。


 四対二。

 リードは、半田兄弟。


 六点ごとに訪れる汗を拭く小休止、ゼンジンは並んで汗を拭いた。

 拭きながら、ジンは言った。


「当然、気づいたよね、ゼン


 その言い回しにカチンと来ながら、ゼンは笑顔を保って答えた。


「もちろんだとも。あの双子、そっくりだが卓球のクセは瓜二つでは


 卓球ダブルスは一ゲームごとにコートチェンジに加え、ラリー順の入れ替えが起こる。

 同一ゲーム内では誰からサービスが始まろうとも、相手ペアのうちの同じ相手からの球を受け、同じ相手に攻撃を加える。

 そのローテーションが二ゲーム目では変化するため、今まで攻撃していた相手からの球を受け、攻撃されていた相手を攻めることになる。

 当然この試合もそうなっているが、半田兄弟は瓜二つ。ローテーションが変化しても、見た目は変わらないが――。


「面倒だなぁ……なまじ見た目がそっくりだから、球筋のちょっとした違いで感覚がバグる……」


「おやジン、弱音か? まさか対応できないとでも言うのか?」


「そうかもねぇ……何しろ俺はスクールカースト最底辺の人間だから、まぁできないことがあっても当然っていうか、できたらすごいって感じかもだけど……」


 そしてジンは、半分隠れた目でゼンを見上げた。


「でもゼンはできて当然だよね、優等生なんだから」


 ゼンはにっこりと表面上は笑いながら、その皮膚の裏で表情筋がイラッとした。




 休憩終わり。

 ゼンは快活な笑顔を崩さずに、黙考しながら構えた。


(言ってくれる。確かに僕の能力をもってすれば、対応は可能だ。

 だがジンにあおられてそうするのは、いいように扱われているようでシャクだな――)


 半田から打球が迫る。

 ゼンは――前のめり。


(――だが、やらずに見下されるのはもっとシャクだ!)


 完璧に合わせる!

 相手にペースを与えない前陣速攻、敵フィールドに深く鋭く突き刺さる!

 半田のペア交代が間に合う、しなやかな腕が繰り出す反撃、遅い! ジンはもう台に張りついている!


「っァ!」


 ほとんど無声の気迫の吐息、グラスの氷に水を注いでヒビが入るがごとく瞬間的なピンポン玉の侵略が、半田のラケットを置き去りに駆け抜けた。


「……っよし!」


 ゼンジンに向けてガッツポーズした。

 ただのポーズだ。弱者に優しい優等生というキャラなら、これくらいやるのが自然だ。


(ともかく、いい流れだ! このまま行く!)


 流れに乗る!

 相手にペースを握らせない前陣速攻、勢いで押してしまえば相手につけ入るスキなどあるまい。

 押し切ればいい。このまま――


「アハァ」


 半田の仮面的微笑が、ねっとりと開口した。


 変化。ゼンはそれをまず、肌で感じた。

 逃げる。ピンポン玉が。回転による軌道変化。

 抜ける。相手の攻めが。的確に突かれたコース。

 外れる。こちらの攻めが。敵の打球をいなしきれなかった。


(対応するしないのレベルは、もう過ぎた)


 ジンが打球に追いつききれず、ネットに返球をはばまれるのを見やりながら、ゼンは戦慄した。


(半田兄弟……素の実力が、単純に高い!)


 十一対六。

 第二ゲームを取ったのは、半田兄弟。

 卓球台の向こうで、兄弟はまったく同じポーズをして、仮面的微笑はずっとこちらを向いていた。

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