第3話 怪奇、半田兄弟
中学。
スクールカーストの低そうな人間が集まる卓球部の中でも、
「やぁキミ! 一人で練習しているのかい?
僕は今年初めて卓球をやるから、よかったら僕に卓球のやり方を教えてくれよ!」
初めてなのは事実であった。
ただし運動神経のいい
そのうえで、自身の上達は
予定通り、
当てが外れたのは、それで
あろうことか、大会が近づいても、
なればこそ、それを出場させる気にさせれば自分のアピールポイントにできると思い、
そこで
「ダブルスやるなら……大会、出てやってもいいよ」
完璧な自分のため。
ダブルスでなければ大会に出られない気弱な人間を連れ出すための、なんと優等生らしい行動か。
――ダブルスやるなら……
◆
二対〇。三対一。五対一。五対三。
試合は進む。リードするのは
(くすくす……なかなかどうして……やる!)
仮面的微笑を保ったまま、半田兄弟は汗を散らし、内心で舌を巻く。
前陣速攻。シンプル。シンプルに強い。
そして前傾姿勢は技術だけではない。精神的貪欲さも!
(卓球台を挟んでいるのに……こちらに飛びかかってきて、食らいつかれそうな気分だよ)
強打速攻!
決して後ろに引いたりしない前のめりの攻撃一辺倒、反射神経を酷使する電光石火の攻撃をひたすら
汗が背中に流れる。前のめりの気迫に振り落とされるようだ。
激しい攻撃のバックブラストのように、汗は蒸気となって舞い上がり、翼のように白く広がった。
その中で。
(なるほどこれが半田兄弟。やりにくい!)
瞬時に駆け抜けようとするピンポン玉に、半田のラケットは追いついた。
(ヤツらの異様な柔軟性。関節を外してリーチを伸ばし、守備範囲を広げているのか!)
半田の厄介さはそれだけではない。
卓球ダブルスはテニスなどと異なり、ペアが必ず交代交代で打つ。
当然半田もそうしているが、二人は双子。交代しても見た目が変わらない。
まるでだまし絵だ。
(そしてあの気色悪い顔、絶対に視線をそらさないな……!)
開始前のラリー練習でも感じたやりづらさ。
毛をすべて剃り落とした、仮面のような微笑。
どこに打とうがどんな体勢で返球しようが、その顔は常にこちらを見ている。
二人とも、まったく同じ顔で。
(なるほどこれは、気が狂う……)
(それがどうしたッ!!)
卓球台に乗り上げかねない超前傾!
ピンポン玉がはずんでくるのすら待ちきれないと言わんばかりの超攻撃的返球が、半田の守備を割り超えた。
打球の余韻で
その背後、
観客席。
シルクハットにぴんと立った口ひげの男、星賀高校卓球部顧問・ピエール田所は一人うなった。
「
見せてみよ。その実力、気迫、余すことなくさらけ出すがよい」
試合は続く。打球音が、シューズの摩擦音が響く。
動く。戦う。熱くなる。体が、心が、試合全体が。
運動量は汗となり、汗は熱気で蒸気となり、試合会場をまるごと霧に包まんとする。
包み切れるものか。この熱気を。殺意を!
(これで……決まりだ!)
三ゲーム先取の一ゲーム目、十一対七で、
「よしッ!!」
観客席の部員たちが、いい試合ぶりを見せる一年生にエールを送る。
なごやかにベンチに戻る二人の姿は、息の合った素晴らしいペアだ。
少なくとも、観客席からはそう見えた。
「
タオルで汗を拭きながらの、
ぴきり。
(また僕に指摘か? 指図するのか?
「なるほどそうだな! 参考にして戦術を組み立てよう!」
「よろしく頼むよ、
「当然、やれるよね、優等生だから」
ぴきり。空気が割れる。
そして
かたや、逆サイドのベンチ。
「ねえ兄者。取られちゃった。一ゲーム目、取られちゃったね」
「ああ弟者。取られちゃった。その分、長く試合を楽しめるよ」
くっつく。絡みつく。互いの体に。
右腕に右腕を。左腕に左腕を。足を、胴を、絡めてひとつに重なるようにくっついてゆく。
半田兄弟は、全身の毛を剃り落としている。
そのなめらかな肌は、汗の湿度もあいまって、タコの吸盤のようにぴったりと吸いつく。
その肌に軟体さも加わって、一切の隙間のないよう、二人は絡み合う。
それは二人にとって、神聖なる儀式。
双子の二人がひとつになるための、大切なメディテーション。
「次は取れるよね、兄者」
「当然だとも、弟者。そのための仕込みだ」
ほおをすり寄せ、瓜二つの仮面のような微笑で、兄弟は見つめ合う。
重ねる。体を。心を。
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