第3話 怪奇、半田兄弟

 中学。

 スクールカーストの低そうな人間が集まる卓球部の中でも、ジンはとりわけ陰気だった。

 ゼンは彼を自身の評定アップにつなげる標的とすべく、接近した。


「やぁキミ! 一人で練習しているのかい?

 僕は今年初めて卓球をやるから、よかったら僕に卓球のやり方を教えてくれよ!」


 初めてなのは事実であった。

 ただし運動神経のいいゼンは、わざわざこの男に教わらなくともすぐにそこそこまで上達できるだろうという自信があった。

 そのうえで、自身の上達はジンのおかげだと褒め称え、気をよくさせて陰気さの改善につなげようともくろんでいた。


 予定通り、ゼンはすぐに上達した。

 当てが外れたのは、それでジンを持ち上げても、さして喜んだりせず陰気なままなことだった。

 あろうことか、大会が近づいても、ジンはそれに出場しようという意欲も見せなかった。

 なればこそ、それを出場させる気にさせれば自分のアピールポイントにできると思い、ジンに出場するよう説得した。

 そこでジンは、こう言った。


「ダブルスやるなら……大会、出てやってもいいよ」




 ゼンは提案を受けた。

 完璧な自分のため。

 ダブルスでなければ大会に出られない気弱な人間を連れ出すための、なんと優等生らしい行動か。

 ゼンはそう考えた。そう考えたことにして自分をごまかした。




――ダブルスやるなら……いいよ。




 ジンが自分を見下しているなど、考えないようにした。




   ◆




 二対〇。三対一。五対一。五対三。

 試合は進む。リードするのはゼンジン


(くすくす……なかなかどうして……やる!)


 仮面的微笑を保ったまま、半田兄弟は汗を散らし、内心で舌を巻く。

 前陣速攻。シンプル。シンプルに強い。

 そして前傾姿勢は技術だけではない。精神的貪欲さも!


(卓球台を挟んでいるのに……こちらに飛びかかってきて、食らいつかれそうな気分だよ)


 強打速攻!

 決して後ろに引いたりしない前のめりの攻撃一辺倒、反射神経を酷使する電光石火の攻撃をひたすらゼンジンは打つ、打つ、打つ!

 汗が背中に流れる。前のめりの気迫に振り落とされるようだ。

 激しい攻撃のバックブラストのように、汗は蒸気となって舞い上がり、翼のように白く広がった。


 その中で。


(なるほどこれが半田兄弟。やりにくい!)


 ゼンは内心、舌打ちをした。


 ゼンの痛烈な打球!

 瞬時に駆け抜けようとするピンポン玉に、半田のラケットは追いついた。

 ゼンはそのとき、半田の腕が伸びたように見えた。


(ヤツらの異様な柔軟性。関節を外してリーチを伸ばし、守備範囲を広げているのか!)


 半田の厄介さはそれだけではない。

 卓球ダブルスはテニスなどと異なり、ペアが必ず交代交代で打つ。

 当然半田もそうしているが、二人は双子。交代しても見た目が変わらない。

 まるでだまし絵だ。


(そしてあの気色悪い顔、絶対に視線をそらさないな……!)


 開始前のラリー練習でも感じたやりづらさ。

 毛をすべて剃り落とした、仮面のような微笑。

 どこに打とうがどんな体勢で返球しようが、その顔は常にこちらを見ている。

 二人とも、まったく同じ顔で。


(なるほどこれは、気が狂う……)


 ゼンはそして、踏み込んだ。


(それがどうしたッ!!)


 卓球台に乗り上げかねない超前傾!

 ピンポン玉がはずんでくるのすら待ちきれないと言わんばかりの超攻撃的返球が、半田の守備を割り超えた。

 打球の余韻でゼンは汗をまき散らしながら、品行方正を体現したような完璧な笑みを浮かべてみせた。

 その背後、ジンはただ冷ややかに、ゼンを見やる。


 観客席。

 シルクハットにぴんと立った口ひげの男、星賀高校卓球部顧問・ピエール田所は一人うなった。


ゼンジン。我が卓球部に来たる期待の新星よ。

 見せてみよ。その実力、気迫、余すことなくさらけ出すがよい」


 試合は続く。打球音が、シューズの摩擦音が響く。

 動く。戦う。熱くなる。体が、心が、試合全体が。

 運動量は汗となり、汗は熱気で蒸気となり、試合会場をまるごと霧に包まんとする。

 包み切れるものか。この熱気を。殺意を!


(これで……決まりだ!)


 ゼンの一撃が勝負を決めた。

 三ゲーム先取の一ゲーム目、十一対七で、ゼンジンペアが奪取!


「よしッ!!」


 ゼンは観客席へ振り向きながらガッツポーズをし、ジンも同じ方向へ控えめにサムズアップをしてみせた。

 観客席の部員たちが、いい試合ぶりを見せる一年生にエールを送る。

 なごやかにベンチに戻る二人の姿は、息の合った素晴らしいペアだ。

 少なくとも、観客席からはそう見えた。




ゼン、試合運びだけど、キミはどうしても強く抜き去ることばかり意識してるから、ときどきペースを外して俺に回してくれた方が……」


 タオルで汗を拭きながらの、ジンの小言。

 ぴきり。ゼンのこめかみに青筋が立つ。


(また僕に指摘か? 指図するのか? ジンの分際で?)


 ゼンはしかし、なごやかに返す。


「なるほどそうだな! 参考にして戦術を組み立てよう!」


「よろしく頼むよ、ゼン


 ジンはそして、汗で張りついた前髪の下から、じとりと見やった。


「当然、やれるよね、優等生だから」


 ぴきり。空気が割れる。

 そしてゼンは、優等生の快活な笑顔で返す。




 かたや、逆サイドのベンチ。


「ねえ兄者。取られちゃった。一ゲーム目、取られちゃったね」


「ああ弟者。取られちゃった。その分、長く試合を楽しめるよ」


 くっつく。絡みつく。互いの体に。

 右腕に右腕を。左腕に左腕を。足を、胴を、絡めてひとつに重なるようにくっついてゆく。


 半田兄弟は、全身の毛を剃り落としている。

 そのなめらかな肌は、汗の湿度もあいまって、タコの吸盤のようにぴったりと吸いつく。

 その肌に軟体さも加わって、一切の隙間のないよう、二人は絡み合う。


 それは二人にとって、神聖なる儀式。

 双子の二人がひとつになるための、大切なメディテーション。


「次は取れるよね、兄者」


「当然だとも、弟者。そのための仕込みだ」


 ほおをすり寄せ、瓜二つの仮面のような微笑で、兄弟は見つめ合う。

 重ねる。体を。心を。

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