第2話 博士「やはり新しいものはワクワクするな!」

 須藤与作すどうよさく。およそ200、一時期世界を震撼させた稀代の天才博士の名である。いや、『消えた天才』と呼んだ方が正しいか。約200年前、彼によって作られた数々の発明品によって当時の世界戦争の技術は飛躍的に向上した。


 文字通り人間を蘇生出来る蘇生薬に相手の火器を使えないようにするジャマー、火薬庫だけを100キロ先から狙い撃ち出来る火薬探知形高速弾道ミサイルなど、とても強力な発明品を彼は軍の依頼で作った。国は彼を英雄だの賢者だのともてはやし、軍に彼の発明品を次々に取り入れては戦争で白星を稼いでいく。


 だが一度ひとたび戦争が終わると、軍は手のひらを返したかのように彼を危険視して適当な罪を着せて彼を処刑し、歴史書にも一切名前を出さないように情報統制を行った。彼は世界によって、「存在してなかった」事にされたのだ。


 これが『消えた天才』と呼ばれた須藤与作という不憫な男である。彼は本当に天才であった。国からの無茶な命令に対して的確な解答を実物で持ってこれる程に。

 ……さて、もう気づいてるのかもしれないが一応言っておこう。


「博士、もう発明品を売るの辞めようと思うの」

「ふぁー、ふぉうっふふぁ」

「助手、食べることと喋ることは両立できないからどっちかにしなさい」

「もぐもぐもぐ……」

「『食べる』を優先しちゃったよこの子!ねぇ助手?博士の話ってパフェ食べることよりも優先順位低いの?」


 ファミレスで白衣を着た男女が向かい合ってパフェを食べている光景を珍しい物を見るかのように周りの客がチラチラと博士たちを盗み見ている中、一心不乱にエクストリームジャンボパフェ(税込3160円)を食べている助手に頼むから聞いて下さい、と情けない声を出して懇願こんがんしている博士。なかなかにカオスな状況だ。


 そう、この情けない姿をさらしている博士こそがあの『消えた天才』須藤与作なのである。いや、厳密に言えば200年前に存在した須藤与作本人ではないが。


 彼はあのとき、消される事をすでに予測していた。国軍からの厳しい監視の目の中で、まだまだ研究したいことが山ほどある!と、なんとか自分という存在を残そうと思い至った博士は秘密裏に研究室の地下にとあるものを創造していた。


 Androidプロトタイプ型、名を「ヨサク」。容姿は人間の須藤与作と全く同じだが、体は博士の研究の集大成と言わんばかりに博士の発明品などが搭載されている。それでいて永久的に動作をし続けられるためにエネルギーの供給源を食事によって摂取出来るようにこのヨサクはAndroidではあるが人間の臓器を有していた。


 ……まあ、このヨサクに『威厳』や『カリスマ性』を搭載とうさいするのはいくら天才と呼ばれた須藤でも無理だったようだが。


「研究にはお金がかかるからと発明品を売ったりしながら切り盛りしてたが、最早お金も使い切れないほどに貯まったうえに博士も地球上で研究するものが見つからなくなってきた」

「もぐもぐ……」

「ついには博士の注意を無視して基地ごと爆破する阿呆も出てくる始末」

「あーん……」


 博士が白衣のポケットから森で見つけた金属の筒を取り出す。その筒は内側から破裂した後が。

 この金属の筒は熱及び指紋反応型爆弾、「いや、触らないで!」(博士命名)だ。全体像はこの金属の筒にペン先がついて万年筆になっている。


 対象の指紋を登録した状態で対象がいや、触らないで!を握った瞬間、内部の2つの薬品が混合し、対象の体温で反応、爆発……といった発明品だが。


「登録する前に不用意に素手で触れてしまうと、その瞬間に登録されて爆発すると言ったのに……」

「あ、博士。それ食べないなら私がもらうっすよ」

「待って!?博士のチョコクリームパフェそっと持ってかないで!?」


 真剣に博士が話している間、ずっとパフェを食べ続けていた助手。うれいた目をして話していた博士が完全に『痛い人』みたいになっていた。必死に若干じゃっかん溶けかけてるチョコクリームパフェ(税込1200円)を助手の魔の手から守っている博士に対し、助手は深いため息をつく。


「はぁ……私のチョコクリームパフェが」

「いや博士のだからね!?くっ!こうなれば博士の胃袋に全部入れちゃうもんね!うおおおおおおおお!」


 チョコクリームパフェをき込む博士。この後どうなるかが予想できてしまった助手は呆れながら言う。


「博士ー、そんないきなり掻き込んだら……」

「頭が!頭が痛い……っ!」

「博士の頭が痛いのは元からっすよ」

「さらっとディスられた!?痛っつ~……」


 頭を押さえてうめく博士。なんでこんな博士の助手になったんすかね私、と助手がジト目で博士を見ながら呆れていると博士がふと思いついたかのようにガバッと顔を上げた。


「そうじゃん、研究したいことが地球上にないなら別世界に行けば良いじゃん!」

「ああついに博士の思考回路がショートしたっすか……まさか死因がパフェだなんて」

「死んでないし博士の頭は正常だから!」

「で、別に行くのは良いっすけどどうやって行くんすか?」

「え?頑張って」


 何を至極当然なことを言っておるのだ、とキョトンとした顔で助手を見る博士。あまりの無計画さにドン引きである。


「計画性ゼロっすか……」

「あー!さては呆れているな助手!」

「さては、じゃなくて確実に呆れてるんすよ」

「案ずるな助手!実は博士、すでにこの地球と同じ気質の惑星を暇な時にやっていた天体観測と暇な時にやっていた計算で座標を割り出している!」

「暇な時にやっていたもののレベルが高すぎるっすね……で、どうやって行くっすか?」

「え?頑張って」


 何を至極当然なことを言っておるのだ、とキョトンとした顔で助手を見る博士。あまりの無計画さにドン引きである。


「……」

「待って!5分だけ時間を頂戴ちょうだい!?その間に方法見つけるから!」

 

 助手がそっと「退職届」と書かれた封筒を取り出したので博士は慌ててテーブル横に設置されていた「お客様質問カード」と書かれた紙をがさっと引っ張り、備え付けのボールペンでガリガリと記入していく。


「博士ー、すごく店員さんが迷惑そうな顔してこっち見てるんすけどー」

「座標の指定……ワームホール……プラズマ亜空間の安定化……」

「あ、これ聞こえて無いっすね」

「指定の座標に直結させる方法……身体強度が耐えられる為には……」


 口元に笑みを浮かべながらブツブツと独り言を言いつつ紙に数式を所狭しと書いていく博士。助手は食べかけの博士のパフェに手を伸ばす。


「これだと……ダメだ必要電力が多すぎる。ならこっちで……」

「あーん……うん、こっちも中々……」

「後は小さく、いや向こうに行くだけだから小型化の必要はない……!」

「ごちそうさまっす。さて博士、5分経ったっすよ」


 博士のパフェを食べきった助手が博士に声をかける。博士はドヤ顔で助手に紙を見せるが字が汚すぎて読めない。


「字が汚すぎて読めないっすけど博士のその無性に殴りたくなるドヤ顔を見る限り、方法は見つかったようっすね」

「ああ、字が汚いは余計だがその通りだ助手!ラボに戻って制作するぞ!」

「はいはい、じゃあお会計よろしくっす」

「ん?博士まだパフェ食べきってない……ってあれ?博士のパフェは?」

「おいしかったっす」



|閑話休題博士のパフェ……



 2ヶ月後、博士と助手の前には巨大なゲートがそびえ立っていた。


「ついに完成したぞ……片道切符の転送ゲート、『異世界の神』が!」

「ネーミングセンスがない事も、博士が異世界ファンタジー系のライトノベルにはまらなければもう1ヶ月早く完成していた事もこの際置いとくっすけど・・・なんで片道切符なんすか?」

「ん?どれだけ頑張ってもこのゲートが閉まる際に半径2キロの物質全てがプラズマ亜空間に取り込まれるからだ。もちろんゲートもそのときに亜空間に吸い込まれるぞ」


 この「異世界の神」は言ってしまえば亜空間物質転送装置であり、人のような質量および体積の大きいものをワームホールという時空間のトンネルに通すためにあり得ないぐらい巨大になったゲートである。現時点で亜空間への転送に耐えきれる物質がないためにゲートが破壊されるので片道切符でしか行けないのだ、と博士は満足げな顔で語る。助手はため息をこぼしながら横で旅行カバンに生活用品を詰めていた。


「ん?助手も来るのか?」

「当たり前っすよ。博士は研究開発に関しては天才っすけど、そのほかはポンコツなんすから」


 それに……と助手は博士の方を向きニヤリと笑って言う。


「そんないかにも楽しそうな所、博士だけいくなんてずるいっすよ」

「ふっ……助手も分かってるではないか」


 博士もカバンに最低限の実験器具と生活用品をカバンに詰め、ゲートを起動する。ヴンッ!と音がするとゲートが開き真っ暗な次元が顔を見せた。その瞬間、博士たちの体がゲートに引きずり込まれ始める。


「さあ、行くぞ助手。新たな世界に!」

「ちなみにその世界が私たちの体に合う確率は?」

「32%だ!」

「すごくめたくなってきたっす!」

「もう遅い!つかまれ助手!」

「なんでいつもこうなんすかああああ!」


 ラボが崩壊していく中、二人は手を握りゲートに吸い込まれる。その先に何が待ち受けているのか、博士は自分の体がどこかに向かって流されている感覚を覚えながら笑みを浮かべた。

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