真実も迷信も大きく括ればどちらも世界の歴史

 この祭りは夜が本番。

 夜が近づくにつれ、街の賑わいも一層強くなっていく。

 何も知らないラストのために、エスがこの祭りについて話してあげる。

 ラストはとても興味深そうに聞いていた。

 この祭りは星の祭り。

 星に願い、空の上に居る神様たちまでその願いを届けてもらうお祭り。

 街に飾り付けられた木々には、その星に願う人々の願い事が綴られた様々な紙があっちこっちに括りつけられている。

 祭りの起源は諸説あるが、その中でも有名なものをエスは語った。

 年にたった一度だけ、出逢うことが許された想い合う男女の恋の話。

 ラストはとても悲しげな表情を浮かべた。いや、実際は表情はあまり変わっていないのだけれど。

 純粋なラストの心は切なさと悲しみで満ちていた。

 エスは、その男女は神様だから、大丈夫だと笑った。

 人間には推し量ることもできない永遠を生きる神様にとってはきっと、年に一度でも、週に一度くらいの感覚だろうと笑った。

 エムは馬鹿馬鹿しいと鼻で笑った。

 星々ほしぼしの動きにそれっぽい話を取ってつけただけだと鼻で笑った。

 ロマンもデリカシーもないと怒るエスだったが、ラストにはそんな一見冷たいだけのエムの言葉が、なぜかどこか慰めに聞こえて、小さく笑った。


 悲しい物語なら作り話の方が良い。

 年に一度会える、それは救いなのかもしれないが、今を生きるラストにはそれでは納得できなかった。

 年に一度じゃ、少なすぎる。

 会いたいと思った時、会えなきゃ救いじゃない。

 それに、日付が決められた一日、それも夜だけなんて。

 気持ちを共有したいその季節に、寂しくなったその時に、何かに傷ついたその瞬間に、寒さに震えたその隣に、いてあげることができなければ、ハッピーエンドじゃない。

 けれどこの結末が、悲恋が好きな誰かが作った作り話なら、恋を知らない誰かが想像した物語なら、恋を知りすぎた誰かが綴った夢物語なら、その方が良いとラストは思った。

 それなら、ラストが納得できない結末を迎える寂しい恋は端から存在しないし、もし、想い合う男女の恋が本当にあったとしても、今は幸せな物語の真っ只中にいるのかもしれないのだから。


 賑わう街で祭りを楽しむ者たちは、空を見上げる回数が増えてきた。

 夕焼け空は深い紺色に色を変えて、黒く染まるのもそう遠くない。

 想い合う男女のために繋げられた星々の道が姿を見せるのを、今か今かと待ちわびて空を見上げているのだ。


「ラストも願いを叶えておきなよ?」


 エスが小さい紙をラストに差し出しながら、ニッコリと笑って言った。

 エスから紙を受け取りながら、ラストは頭を巡らせながら、うーん、と喉を鳴らすようにうなった。


「そんなにまともに悩む必要なんてないだろう。どうせ迷信だ」


「こら!またそんな罰当たりなこと言って!」


「だってそうだろう?星が願いを叶える?神が願いを叶えてくれる?そんなところ見たこともないし、体感したこともない。少なくとも私はいつだって、私の願いは私自身で叶えてきた」


 エスは忌々しそうに、ラストの手に持たれた紙を睨めつけて、次の言葉を吐き捨てるように言った。


「それなのに、もし星なんぞに願ってしまったら、星や神が叶えたのだと錯覚するだろう?叶えたのは間違いなく私なのに、叶った時に、私が私の力で叶えたと言いにくくなる。願いを叶える力があるかどうかも怪しい星とやらに手柄を取られ大きな顔はされたくない」


 そう、エムが言い放った時、後ろからとても美しく鈴を転がすように楽しげな声が聞こえてきた。


「ふふふ、自惚うぬぼれやさんですねぇ」


 その声に弾かれたように、三人は勢いよく振り返ると、そこには美麗な男が立っていた。

 エムとエスは困ったような呆れたような表情で、その男を見たが、ラストはキョトンとしていた。

 ラストにとって目の前の男は面識がなかった。


「こんばんは~。お祭りが盛況で楽しそうだったので思わずつられてきちゃいましたぁ」


「えぇっと、こういう場合どうすればいいんだろ?と、とりあえず、あの方に言って来賓席を用意してもらったほうが」


「いえいえ、お気遣いには及びませんよぉ。ちょっと、このお祭りの空気感を楽しんだら、すぐ帰りますから」


「そうですか。それでも来るならば来ると一報が欲しいものです……今日は、お姿を変えずに来たんですね。今日こそ変えてきたほうが良かったと思いますがね」


「すみませんねぇ。でもあの姿だと小さくて空が見えにくいし、街でぴょんぴょん跳ねてたら目立つでしょう?」


 ラストには何の話をしているのかわからなかったが、二人がこちらに紹介しないということは、自身が知る必要がないのだろうと納得し、また自身の願い事について頭を巡らせた。

 目の前に突然現れた者の存在に頭を悩ませるエスとエム、紙にどんな願い事を書こうかと悩むラスト、そんな三人の姿を瞳に映した精霊王は、小さく笑った。


――面白い組み合わせ……ですねぇ。


 その微笑みは、どこか楽しげに、どこか安心そうに、どこか懐かしそうに、とても柔らかいものだった。





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