迷い人も案内人も大きく括ればどちらも旅人

 ラストとともにエスとエムは祭りに賑わう街の中を練り歩く。

 露店で売られている食べ物、華やかに飾り立てられた街中、今日ばかりは普段着ない祭りのための伝統服に身を包む人々、そこに広がる光景のどれもがラストには新鮮なようで、普段はあまり動かない表情はどこか煌めいてみえる。

  しかしそのせいで、ラストはキョロキョロと辺りを見回しては、気になるものを見つけると、あっちへこっちへ勝手に歩き出してしまう。


「こらぁ!ラスト!また迷子になっちゃうから、何も言わないでどっか行っちゃわないでってばぁ」


「あ、すまない。つい……」


「祭りは今日だけじゃないんだから、そんなに慌てないで大丈夫だよ!確かに今月の中では今日が特に盛り上がるお祭りだけど、来月にはみんなで踊るようなお祭りもあるし」


「そうなのか?僕はその……踊りはあまり知識がないのだけれど……参加できるのだろうか?」


「うん、もちろん!もともとそんなに難しい踊りじゃないし、昔はともかく今は子供も大人も楽しければオッケーな感じで、雰囲気で踊ってる人も少なくないよ」


「そうか。なら、来月も足を運ばせてもらうね」


 そう声の色を明るくして言うラストに、エスは苦笑混じりに言葉を返した。


「ラスト、また迷いそうだし……今度は待ち合わせしない?」


 その提案に迷うことなく頷くラストを見て、エスは楽しげに笑った。

 そんな二人の様子を横目で見やりながら、エムはため息を吐く。


――こんな毎年開催される恒例の祭りを知らない奴がいるわけないんだがな。この男、よほどの田舎者か、もしくは、やはり……この国の人間では……


 ラストの存在を訝しがるエムは思案していた。

 エムの思考が真相に近づいた気がした瞬間、突然鼻をくすぐる醤油を焦がしたような香ばしい匂いに、思わず我に返る。


「はい。美味しいよ。エスに買ってもらったんだけど、一口あげる」


 焦がし醤油の匂いを漂わせ、貝やエビが刺さった串を差し出したラストが、薄く微笑う。


「はっ?いらん。そのような低俗な物が食えるわけがないだろう?私はエスに引っ張ってこられただけで、祭りや露店などには興味がないのだから」


「美味しいのに。エムって損してるね」


「なんだと?」


「だって、美味しいものは美味しいでいいのに。低俗とか高貴とか、そんなに囚われること?格式高い、それこそ王族が集まる公の場ならわかるけど、国民が楽しむお祭りでしょ?それに今日は無礼講だって聞いたよ?」


 素直なラストの的を得た正論に、エムはこめかみに血管を浮き上がらせながら、苦虫を噛み潰したよう表情を浮かべた。

 深く眉を寄せて、右側の頬だけを引くつかせたエムは、ラストを見て小さく鼻で笑ってから、彼のその手に持たれた串からホタテを一つ齧り取る。


「お前のような無知で短絡的で方向音痴で脆弱な者にこの私を推し量れると思うなよ。愚か者」


 言葉では恨み言にも似た不満を言い放ってはいたが、口の中に広がったホタテと香ばしい醤油の旨味と匂いにエムの表情はかすかに緩んでいた。

 ラストは少し困ったように柔らかく微笑んで、串を持った手を自身の口元に近づけた。

 今エムが齧り取ったホタテの下に刺さっているエビを食べようとした時、ラストの手は半ば乱暴に引かれ串からエビが消えていた。


「エビは俺がもーらい!エムばっかり食べるのはズルいからね!」


「おい、お前が買ってやったんだろ?なら、コイツに食わせてやったらどうだ?」


「エビ、一個しかなかったのに……」


 表情こそあまり動いてはいないが、誰が見てもしょんぼりと肩を落としたラストの姿に、エムはちらりとエスを見やり、エスはあわあわとしながら慌てて謝った。


「ごめん!ラスト、エビが好きだったんだね……」


 無言でコクリと頷くラストに、エスは申し訳無さそうに眉尻を下げて、もう一度謝る。


「本当にごめんね!今すぐ、戻って新しいのエムと買ってくるから!ちょっとここで待ってて!」


「なんで私まで……」


 ぶつくさと言いながらも、エスに引かれた腕を振り払うこともなくエムは、彼の後をついていく。

 ラストはその二人の後姿をみつめながら、まだ串に残っていた貝を齧り取った。

 そして、周りをふと見回す。

 晴れた空、賑わう街、笑い合う人々。

 まさに平和そのもの。

 そんな光景を、陽の光で煌めいた瞳に映していた。





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