願いも呪いも大きく括ればどちらも囚われ縛られる感情
突然現れた精霊王への対応に頭を悩ませたエスとエムだったが、気遣いは無用という相手の言葉を尊重する形で、見て見ぬふりをすることにした。
しかし、ただ見て見ぬふりをしているだけだと、なにか問題が生じた時に国交に大きな影響をもたらすので、同行はすることにした。
「そういえばぁ、さっき私、君のことを自惚れやさんって言ったじゃないですかぁ。お星さまがその姿を完全に見せる前に、その真意についてお話しておきますねぇ」
星が綺麗に見える場所に来た四人。
空を見上げながら、エムの横に立つ精霊王は薄く微笑んで言った。
「何でも自身で叶えてきたと豪語する君は、相当の自信家なんだと思います。そして同じくらい視野が狭い世間知らずです。自身の力のみで何でもできるなんて、ちゃんちゃらおかしいですよぉ。君がただそこに立っているという事実すら、誰かの紡いだ歴史に支えられていると言うのにねぇ」
顔は空を見上げたまま、視線だけを隣に立つエムに向けた精霊王は、微笑むを絶やすことなく、言葉を続ける。
その声はどこか冷たく、そして、どこか寂しそうにも聞こえた。
「もちろん、君の言う通り、自身も努力をして叶えた願いばかりなのでしょうが……周囲に目を向けず、願いを叶えたものが自身の力のみだと、何故思うのでしょう?自身が動けるように陰日向で支えている存在がいないなんて、どうしてわかるのでしょう?空の上の星々や神々が何もしてないなんて、誰が知ることができるのでしょう?」
声音も口調もその表情すら、柔らかいままであったが、その纏う空気は、その場にいる誰もが冷ややかなものに感じていた。
精霊王の纏う空気とは比べようもないが、エスとラストは冷たく静かに、エムに言う。
「エム、怒られてるよ?」
「謝りなよ……」
普段はこの二人に何を言われても、冷たくあしらっているエムも、今回ばかりは図星を突かれ、小さく唸りながら唇を軽く噛む。
ぐうの音も出ないとはこのことである。
暫しの沈黙の末、エムは空気に掻き消されるほどか細い声で謝罪の言葉を呟く。
「……申し訳ない」
いつも威風堂々にて傍若無人なエムのそんな珍しい姿に、エスとラストは小さく微笑み、精霊王は柔らかく微笑み、首を横に振った。
「いえいえ、私こそ老婆心が騒いでしまいまして、すみませんねぇ……歳をとるといけませんね。若い子たちが眩しくて、思わず口うるさくなってしまう」
気恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる精霊王に、ラストは率直な言葉をぶつけた。
「そんな言うほど歳をとって見えないけれど……」
「ふふふ、ありがとうございます。若い子に若く見られるのは気恥ずかしくもありますが、嬉しいものですね。でも、私は君のお祖父さんのお祖父さんのそのまたお祖父さんよりも歳上ですよ?」
ウィンクをしながらお茶目に言い放った精霊王の言葉に、ラストは目を丸くした。
「長生き……だね」
「えぇ。私、人間ではないものですから。長命なんですよね。かつての大きな争いを経験したのはもう、私だけになってしまいましたねぇ……」
精霊王の言うかつての大きな争いとは、その昔、この世界で勃発した大戦争のことだ。
世界は三つに分かれ、森、地の底、そして地上にてこの大国が建国された、その大きな争いで、今、生き証人として残っているのは精霊王のみだ。
地の底で魔王となった男も、地上に大国をつくり、初代国王となった人間も、寿命のもとこの世を去った。
「けれど、今日はいいものを見れました。大満足ですよ」
嬉しそうに目を細める精霊王を三人は、小首を傾げて見つめる。
精霊王の瞳に映るのは、悲しい記憶とかつての栄光と穏やかな日々。
少しばかり感傷的になるのは、年をとった証拠なのかもしれない。
そんなことを思いながら、かつての戦、かつての出会い、かつて笑い合っていた友人との記憶が頭の中に溢れ出し駆け回る。
感傷に浸る精霊王を一瞥してから、エムが眉を顰めて言い放つ。
「お祭りはこれからですよ」
エムの言葉で、半ば強引に現実に引き戻された精霊王は、少しだけ目を丸くしたまま何も言わない。
何も言えないの方が正しいかもしれない。
飾り気などなく、敬意や穏やかな言い回しなどもない、ぶっきらぼうなエムの言葉が、なぜかストンと精霊王の心に落ちた。
溢れ出した記憶の数々も、まるで乾いた土に染み込み消えていく水のように、静かに胸の奥に帰っていった。
何も言わず、ただエムをみつめるだけの精霊王に、今度はエスが、賑わう街に負けないくらい明るい声音で声をかける。
「もうすぐ星がたくさん見えますよぉ!その前に大満足なんて言ってたら……ほら、えっと、こういうときなんて言うんだっけ?」
エスの言葉を引き継ぐようにエムが、ため息混じりに呟く。
「身が持たない」
「そっれだぁ!いやぁ、スッキリしたぁ」
「馬鹿で言葉知らずなお前が、できもしないのに人並みに慣用句を使おうとするから、私がいちいち言葉を引き継ぐことになる。反省しろ」
「ひどい言われようっ!!」
エスとエムがいつものように、口喧嘩を始める。
それは、精霊王やラストから見れば、ただのじゃれ合いにしか見えない。
二人のことなど気にすることもなく、ラストが隣にいる精霊王に向かって小さく言う。
「でも、エスの言うとおり、もうすぐ一番星が見えてきそうだよ」
「本当ですねぇ……あの子達っていつもあんな感じですけれど、飽きないんですかねぇ……」
「仲が良いってことなんだと思う」
「そうですねぇ。他者から見ればただの喧嘩でも、実は犬も食わない痴話喧嘩ってところでしょうか。たしかに傍目から見るとわからないことでも、近づくと真意が見えてくることもありますよねぇ」
「そうだね」
「ラストくんは何が見たくてここに来たのかはわかりませんが、近づいてみて、何か見えましたか?」
精霊王の言葉を聞いたラストは、その言葉の意味が見えず、困ったような表情を浮かべた。
表情の動きは、他者ではわからないほど微弱ではあったが、間違いなく困った表情を浮かべていたラストは、心の中だけで精霊王の言葉を復唱した。
そして、その問いに答えるように言葉を紡いだ。
「僕は星が見たくてここに来て、まだ星は見えてない。一番星、まだ見えないから」
言葉に抑揚はなく、表情も動かさず紡がれたラストの言葉。
けれど、ラストは大真面目にそう答えている。
そしてその答えが間違いではないと本気で思っている。
おそらく精霊王が聞きたかったことは、そういうことではなかったはずだ。
比喩とか暗喩とか、そういうもので包んだ問いかけは、ラストには伝わらず、今の現状をそのまま答えられてしまった。
しかし今更、真意をわかりやすく伝える事も質問の意図を訂正する事も精霊王にはできない。
なぜなら、こんなにも自信満々に答えられてしまったのだから。
表情や声音から見える感情は乏しく、目に見えた心の動きはなくとも、わかる。
ラストは素直な性格であること、そして、あまり隠し事に向いた性格ではないこと。
無表情のことが多く、本来ならばポーカーフェイスに向いているはずなのだけれど、それは顔の筋肉が動いていないだけで、驚くくらい彼の表情には感情が乗って見える。
人の感情の機微に
「早く見えると良いですねぇ……」
結果、精霊王は絞り出すような声で、そう言うしかできなかった。
それから間もなく、空に一番星が浮かんだ。
街の賑わいは一層大きくなり、祭りを楽しむ者たちは皆、空を見上げ、願った。
――お金持ちになれますように。
――あの人に振り向いてもらえますように。
――出世できますように。
――素敵な出会いがありますように。
――家族が健やかでありますように。
――これからもずっと一緒にいられるよう、願う。
――俺だけのものになりますように。
――みんなが楽しく暮らせますように。
――末永く平和な日々が続きますように。
――我が国が、この世界の頂点になりますように。
老いも若きも、男も女も、善人も悪人も、誰彼問わず、例外なく、自身の身に巣食う願いを、星に乗せた。
神に届けてくれと星に乗せた。
我が願いこそ叶えよと星に乗せた。
希望は欲望となり、願いは呪いとなり、正反対のようで同一、遠いようで近く、いつの世も隣り合わせにある。
人は過去の惨状に、過去の栄光に、自身が持て余す感情に、自身に都合の良い勘定に、幸せと死合わせを紙一重に、囚われ縛られて生きている。
星の祭りは静かに幕を閉じて、願いの綴られた紙は火に焼べられ、数多の願いを乗せた煙が空に光る星々に向かって伸びていった。
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