犬猿の仲も大きく括ればどちらも動物


「ちょっと!!攻撃くるよっ!!防御壁の魔術を張ってよ!」


「あぁ!?私に命令するな!!お前が攻撃を全部避ければいいだろうっ!」


 エスは体格の良さに反した俊敏さで、エムの言う通り、全ての攻撃を躱しながら真っ当な文句をぶつけた。


「うわーーんっ!!エムの馬鹿!鬼!悪魔!!」


「やかましいっ!!お前の雑音のせいで詠唱に集中できないだろうがっ!!」


 エムに理不尽に責任転嫁されたエスは健気にも、言われた通り口を噤み、それでも抑えきれない不満を頬を膨らませながら、エムをじろりと睨んで目で訴えるにとどめた。

 そんな視線を気に留めることもなく、エムは静かに詠唱し、焔を纏わせた矢で目の前の敵である魔物を貫く。

 魔物は小さな悲鳴をあげ、苦しげ身を攀じる。

 そして追撃しようとエムが詠唱を始めた時、その時を待っていたかのように敵が毒煙を放った。


「だめだよ……」


 そう呟いたエスは大きな剣を勢いよく振り下ろし空を切るとその風によって毒煙は魔物のもとへと戻っていった。

 エスの防御によって詠唱を止めることのなかったエムの魔術と、自身の毒煙をまともにくらった魔物はパタリと体勢を崩して倒れ、立ち上がることはできなかった。

 戦いの終わりを告げる音がして、目の前に倒れた魔物は小さな木の人形へと姿を変えた。

 いや、姿を戻したと言ったほうが正しい。

 そして背後から、まるで小さな火鉢の中で爆ぜる炭や薪のかけらのように乾いた音がして二人が振り返る。

 そこには彼らのよく知る男が手を叩き、乾いた音を鳴らしながら、笑顔で立っていた。


「訓練、お疲れ様。さすがはこの国唯一のエスとエムだね。でもあえて苦言を呈してもいいかな?」


 二人は、にこやかなまま立っている男の言わんとしていることがわかっているようで、エスは申し訳無さそうに、エムはうんざりとした表情で、話の続きを待つ。


「あのねぇ、二人とも息合わな過ぎでしょう?お互い誰と戦ってるか分かってる?君たち同士で戦わせてるわけじゃないからね?」


 にこやかな笑みの美しい男は大仰に困った表情と声を作り、首を横に軽く振ってから、真っ直ぐ二人を見て言う。


「あと……君たち逆じゃない?」


 微笑んだままズケズケと紡がれる言葉を、二人は遮ることはなく大人しく聞きつづけた。


「本来は魔術が防御、剣が攻撃に長けてるんだよ?騎士と魔導師の共闘のあり方って昔からそういうものだし。そもそもねぇ、代々エスとエムはたいてい尊敬しあってるから普通は息も合う。この国の長い歴史の中でも君たちみたいのは珍しいっていうか問題ありっていうかねぇ……」


 そこで男は言葉を止めて二人の様子を伺う。

 訓練用で作られた人形を面白くなさそうな顔で靴の先で弄るエムと、その靴から人形を離し優しい笑顔でゆっくり拾い上げるエス。


「エムぅ、この方のお話はちゃんと聞かなきゃ!あと足蹴にしたら人形さんがかわいそうだよ!」


「やかましい。話は聞いていた。邪魔したのはお前の方だろ。そもそも人形に感情なんてあるわけ無いだろう!」


「あーぁ!いつか人形さんに怒られるから!!」


「そんな呪いの人形は俺が燃やし尽くしてやる!」


 犬や猿のようにぎゃいぎゃいと騒ぐ二人にこれ以上の言葉はないとばかりに一人男は呟く。


「全く私の話を聞いていないね」


 柔和な面差しに高貴さを湛えつつ、喧嘩する二人の姿を崩れない微笑みと、つい漏れたため息を混ぜて見つめているこの男は、この国で最強と謳われる二人の上司に当たる。

 そろそろ二人の間を取り持とうと、ゆっくり二人に向かって歩みを進める。

 穏やかで優しく、醸し出される優雅な振る舞いと美麗な出で立ち、まるで強さや力とは真逆の位置に立つ、この男。

 彼こそ今、この国の頂点に立つ国王の子息、つまり王子であり、王族の中でも王位第一位の称号を持つ次期国王なのだ。





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